39匹目 ネズミ、ライド中
「……ぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁ……!」
ドップラー効果だ。
ハジメは今、ベルとともにザクロに担がれ、台風みたいな猛スピードで地平を駆け抜けている。
叫んではいるが、半分失神した状態だ。なんなら全部の意識を失ってしまえたら、どれほどいいことか。
ベルは、その身体を担ぐザクロがジャンプして大きく振動が起こる度に、その小さな細っこい頼りない首をガックンガックン揺らしている。無抵抗に。──大丈夫だろうか?
(ああ……なんでこんなことになったんだろう──)
ハジメは追想する。それが走馬灯とならないことを祈りながら。
事は、一時間ほど前まで遡る。
■■■
「王都に行きましょう」
「……嘔吐?」
ザクロが唐突に誘った。ハジメは前回の色々が残り、引きずっている。
ダンジョンである。夜が明け、朝になった。空気の流れが生じ、何処からか吹いてくる風が、洞窟の中をゆったりと撹拌した。
と、それに合わせて昨夜の『草』の匂いが再び巻き起こる。
ハジメは記憶が巡り、戦慄した。
「わ、忘れよう……」
「あら。薬草、結構効いたみたいね。完全回復って感じ?」
「だああああああ、もう! 人がせっかく忘れようとしてるのに!」
「何よー。別にいいじゃない。器の狭い男は嫌われるわよ。ね? ベ〜ルちゃんっ」
「ひゃ」
「ん〜〜。ベルちゃんほんっと、可愛いわー、すりすり。は〜ん、食べちゃいたい……」
「……ちう」
ベルに飛びつくザクロ。朝支度をしてる最中に急に抱きつかれた当人は怯えたように硬直する。
が、ハジメには手が出せなかった。
『取引』。
ハジメは雷術をもらう。=ザクロはベルを存分に可愛がる。
ザクロは依然ベルに同意を求めるように、その身体的接触を続行する。
「ねー。ホント、器のちーーーちゃい! 男よねー?」
(おれはお前の『器』じゃないんだが……)
皮肉めいた言葉を、しかし喉で飲み込む。ハジメの心には、昨夜ザクロの『器』になった精神的疲労がまだ滞留している。
が、肉体のほうは、たしかに完治していると言っていいほど回復していた。
「なあザクロ。満身ぶっ掛けられたとはいえ、一晩でこんなに治るもんなのか?」
「ああ、薬草のことね。まあほぼ原液で摂取させたからね。理論上はこれが一番いいのよ。これでも旅の時は重宝したのよ?」
「原液、ね……ハハ」
要はほぼ毒みたいなもんだから、それを皆やらないだけで。事実、効果覿面であった。
(旅──復讐の旅か)
と、ハジメはザクロの言葉に少し思い出す。昨夜の彼女の語り。過去。
今はそんな面影もなく、普通の女の子同士みたいにベルと戯れている。
……一方的に。
「──で、王都に行きましょう」
「ああ、その話に戻るのか。すっかり忘れてた。つか唐突だな。え、このダンジョンを進むんじゃないのか?」
ハジメはザクロに尋ねる。彼女は石みたいになったベルにアンナコトやコンナコトをしつつ答える。
「いや、もうあんたらの実力とか偏僻な能力とか判ったし。特に留まる理由も無いしね。前々々回くらいから展開が滞ってるから、巻きで行きましょう」
「はあ。王都? そんなものがこの世界にはあるんですか?」
「……もうあんたの無知にも慣れたわ。ま、とりあえず外に出ましょう、外外。ずっと暗いとこにいんのもなんだし。太陽の下に出るの。ビタミンDよ、ビタミンD」
■■■
「王都──デレウロ。こっから北と西にちょっと行ったほうね。行く宛ないんだったらそこへ行ってみたら? 多分あんたのスキルの測定、そこが一番マシにできると思うから」
ザクロ語り。
ダンジョンは割とすぐに出られた。昨日来たときはハジメやベルの腕試しのために時間が掛かったが、今回はザクロが向かう敵を全て瞬殺(電気ショックで気絶)させたため、一瞬だった。
その彼女は言った方角に、人差し指をそれぞれピ、ピと指す。
「スキル測定? ……でも《術》もゲットしたし、別にもうする必要は無いんじゃないか?」
「ハッ、あんた馬鹿ねえ。そんなの応急措置に決まってるじゃない。それに、その力はわたしの分から分け与えたモノなの。ずっと貸してるわけにはいかないでしょう?」
「……おお」
そうか……いつか返さなきゃいけないのか。まあ、当たり前なんだけど。
その時は──いつなんだろうな。
その時は──ザクロはもう自分の側にはいないのか。……
それぞれの人生。それぞれの道。──
「えっと──ベルさんは」
チラリ、とハジメはベルに視線を投げる。
彼女は朝から全然喋らない。幽霊みたいに二人の後を付き、ダンジョンを出たはいいものの。
「……ベルさん?」
「…………」
ベルはハジメを無視している。顔を背け、視線を背ける。その表情が見えにくい。
ハジメは正面に向き直して、再び「ベルさん?」と呼び掛ける。が、プイとそっぽを向く。少し追撃してみる。
「ベルさん?」
プイ。
「──ベルさん?」
プイ。
「ベ、」
ププイ。
「…………」
追撃不能──珍しい。
彼女がこんなに意地っ張りになったことがあったか?
そもそも、何故目を合わせようともしない?
朝からずっと静かだし、ここ三話分くらい、まともに会話してない気がする。
挙げ句には、ザクロの背中に隠れてしまった。ハジメが覗こうとすると、すぐさまその反対側にササッと移動してしまう。
「あらベルちゃんわたしを頼ってくれるの? きゃー嬉しい! ね、ベルちゃんも一緒に来る? 用事とかある? 王都、行かない?」
友達を映画に誘うような軽い口振りでザクロは言った。
さすがにザクロのその質問に応えないわけには行かなかったらしい。ベルはやっと開口する。
「荷物が……あります」
と言った。ザクロが反復する。
「荷物?」
「持ちものが……家にあるから。色々、用意したいものもありますし……」
「ああ、そういえば」
と、ハジメは思い出す。
そういえば──昨日、朝ザクロに声かけられて、そっから直接出たっきりだったのだ。
なるほど、さすがに今から王都とやらに直行ってのは無理な話だ。
「なるほどね……このまま王都まで行こうと思ってたんだけど。ま、そういうことならそうしましょう。目指すは街、エンダム! 一旦帰って、準備が出来たら、次に王都! 決まりね」
「うん? というか、あのダンジョン(自宅)って違法物件なんじゃないのか。戻っていいの?」
意気揚々と方針を定めたザクロに、しかしハジメは冷静な合いの手を入れた。
昨日の朝、散々やり取りしたことだ。ダンジョン個人所有は違法。バレたらやばい。
これじゃあ犯人現場に立ち返るの法則というか……いやまあ、違うけど。
「まあ、バレないわよあんなとこ。わたしですらベルちゃんがいなかったら一生気づかなかったし。向こう百年は誰も足を踏み入れやしないわ」
「ははあ」
ネコは冷静に解説した。そんなに穴場だったのかあそこ。よく見つけたな。
ああ、チュー三郎が見つけたんだっけ? というか、あいつ今どうしてるんだろう。ベルのオトモ的キャラだとずっと思ってたが、結構いない率高いよな。全然登場しない。
この物語のキーパーソン(ラット)じゃないのか?
と、ザクロがにわかに指を顎に当てる。
「うーん。でも、また馬車呼ぶのもなんだわね。時間掛かるし。……よし。ここは省略しちゃいますか!」
「は? 省略?」
「さ、ベルちゃん! 乗って!」
「……え?」
ザクロはニコっと歯を見せ、笑って言った。おもむろに手を差し伸べる。対するベルはいきなりで困惑している。
──『乗って』?
「わたしが担いで行くわ。そっちの方が十倍速いし」
「か、担ぐ!? ザクロお前何言っt」
「にゃん」
「「!?」」
ザクロが二人を担いだ。そのままスタコラと発進し始める。
「うえええええ!? こ、このまま行くの? 行くんだなそうなんだなお前はそういう奴だよぉアハハハハ!」
「うあ……あ、ああ……」
「もうあなたたち動揺し過ぎねー。別にこんくらい普通じゃない」
「「普通じゃ」ねーだろ!?/ないと思います……」
なんかザクロはよくある異世界最強系主人公みたいなこと言ってやがった。
……もうこいつが主役でいいんじゃないのかな?
「ま、あんたらはのんびり景色でも楽しんでなさいな。ホラ、風が気持ちいいわよ。こういうところで楽しめないと、人生生きてる意味なんて無いわ」
「……はあ」
ハジメは溜息を吐いた。同じく搭乗したベルも、狼狽えつつも現状を受け入れたようである。
「…………」
爽やかな風だ。周りは長閑な草の原っぱが地平線の先まで広がっている。無限に緑色の世界みたいだ。
ネコの速度は自転車に似ていて、振動といえばたまに岩を避けるのでジャンプするだけだ。効率よく、あくまでも直進して突っ走るつもりらしい。
つまり、少しエキセントリックな乗り心地だが、これはこれですごく気持ちいい。
(ああ──楽しい)
傍から見たら少し滑稽な光景だろう。
ネコの両腕に人二人担がれて疾走。
だが、このときハジメは十何年ぶりに初めて、何もかもを忘れて今この瞬間の時間を感じられた。
ただひたすらに、その心地よさに身を任せ、純粋に浸ることができた。
異世界に来てから、一週間。
今を生きるハジメの目は輝いている。
『王都』──異世界っぽい響きだ。
なんだか、ワクワクしてきた。
■■■
「……べろ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ぇ」
冒頭に戻る。
正確を期すと、その少し後だ。ザクロが街の近くに停車した後。
あれから結局馬鹿みたいに加速して、物凄いスピードでザクロワゴンは進んだ。
「ぐ……ハア、ハア……う」
「はあー。まさかそんなにノックアウトだなんてね」
「──おン前頭おかしいだろ!? 何なんだよあのスピード! ストップって言っただろ!」
「えーいいじゃない。時間短縮術よ。走ってるシーンはもち割愛で。カットカット」
本人はけろりとしている。指をチョキチョキしながら。
酔うほど振動が激しかったわけじゃない。ただ、四、五時間馬車で掛かった道のりを、ほんの十五、二十分ほどで着いたことから、その運転の苛烈さを知ることができるだろう。……十倍どころじゃない。
あれだ、女性の胸の柔らかさに到達するという風速を、もはや遥かに超越していた。
「……うぷ」
さすがのベルもすごく気持ち悪がっている。
可哀想に。……
なんか前回に引き続き汚いネタばっかだな。
「──クソッ。誰の性癖だ!?」
筆者の性癖です。




