37匹目 ネコ、異世界講義中⑦
ネコがプロットにも無い即興でベラベラと……
字数が無駄に稼がれます。展開が進みません。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
苦節一週間。全く異世界っぽいハイパー能力とは無縁の彼でした。剣も魔法も使えず、攻撃手段といえば素手、それのみ。
そして今、待ちに待った魔法。やっとまともな攻撃手段。
「そう……それが雷術。それが魔力」
右手の上に雷球を浮遊させたまま、反対の左手でハジメを指差すザクロ。
同じく右手に雷球を浮かばせているハジメ。その指された当人は恐れ慄いて自らの新たなる力が全身に漲るのを体感し、その鼓動を深く噛み締めている。
と、フッと雷球を消したザクロがにわかにハジメに近づき耳打ちする。その柔らかな吐息が彼の耳介を優しい悪魔のようにくすぐる。
「……で、その代わりに『ベルちゃん』よ。いいでしょう? 少し可愛がるだけ……」
「う、うむ……」
ハジメは恍惚とした表情をハッと切り替え、その取引に弱々しく応じた。すっかり懐柔されている。その手に依然雷球がポッツリ浮かんだまま。
美女はあそこに転がっている、自身の知らない内に勝手に取引材料にされた、哀れなネズ耳少女を見つける。
男は再びうっとりとして自身の掌に浮かんだ雷球を見つめる。
新しい玩具を手に入れた二人は、それぞれ下卑た微笑みを浮かべる。ダンジョンの薄闇にその表情がハジメの雷球と岩壁の鉱石とで不気味に照らし出された。
■■■
「あれ……まだ起きてたのか?」
ハジメはザクロを見つけた。ザクロは大きな岩の上に寝転んでいる。
『取引』が終わると、夕飯の後片付けをした。もちろんベルは気絶していたから、ハジメとザクロの二人で、である。
ベルはそのまま目覚めることはなかった。衝撃の電撃キッスを目撃してから、今もなおその眠りを継続させている。
よほどショックだったのだろう。今は、何もかもを忘れておやすみ。きっと明日からはネコによる地獄のような毎日が訪れるのだから。
ハジメはベルが結局夕飯を食べていないことに心配したが、明日の朝ご飯は自分が(なんとかして)作ろうと思った。それでいっぱい食べてもらおう。
で、本日はそのまま就寝することにした。元々今日のダンジョン攻略はここまでと決めていたからである。安全そうな場所の用意は出来ていたのだ。
ハジメとザクロは自身の服をベルの布団として宛てがい、自分たちは最低限健全な範囲内の格好となって固い地面へと眠りに落ちた──ハズだった。
「うん……まあね。ちょっと目が冴えちゃって」
ザクロは仰向けで、比較的平たい巌の上に横たわっている。ハジメが来ても視線は上に向けられたままだ。
その顔はなんとなく憂いを帯びているようである。
ハジメはふと、その横二メートルくらいに離れて座った。理由は自分でもわからない。
「さっき馬車でも話したけどね。……その続き」
と、口火を切ったザクロ。問わず語りだ。
その様子はボーッとしている感じで、あまり深い意図も無さそうである。彼女の唇から紡ぎ出された言葉は、なんら計略のない無色透明な音響となってハジメの鼓膜に届く。
■■■
「わたしの両親は、ネズミ族の残党に殺されたの。当時わたしは四歳だったわ。
旅をしていてね。パパもママも放浪者だった。世界各地を回って──『商人』だったかしら? ちょっと忘れちゃったけど。……
二人とも、旅の途中で出逢ったみたいね。それで生まれたのがわたし。たぶんね。で、その赤んぼも馬車でガラガラ連れられて、色んな所を行ったってわけ。
楽しかったわ。色んなことが知れた。毎日が新しかった。それに、パパとママはすごく優しかった。いつだって守ってくれた。──わたしは、愛されてた。
でもね、あれは何処だっただろう? ネッフェンビアとセジウムの境界かな? 違う気もする。……ごめんなさい、あまりよく覚えてないわ。
そこで皆殺されちゃったってわけね。皆っていうのは、その時たしか、キャラバンで動いてたから。奇襲よ。ネズミ族の。
わたしはパニックで何も覚えてないわ。たぶん小さかったから、どっか荷箱にでも隠されてたんだと思う。馬車のね。気付いたら全部無くなってた。
……ちょっとその時の光景が曖昧なの。なんか地面が赤かった。それと、歩いてる脚がぐちゃぐちゃして凄く生臭かった。それだけ。
それからのこともあまりよく覚えてないの。実はね、そっから十年くらい記憶がない。
パパとママを襲った、ネズミの耳と、ネズミの尻尾。それだけははっきりと覚えてる。
何でだろうね? フフッ、不思議……」
ザクロは言う。
ハジメはいつからか彼女と同じふうに寝転がり、上を観ていた。
天井には岩壁に無秩序に挟まる緑色の鉱石がキラキラと波打つように輝いている。
その景色はまるで、星空のように。
「戦争が終わった跡のね、無法地帯みたいなとこだったの──そこ。砂漠みたいな所よ。人がいない辺境の地。だから奇襲も仕掛けやすかったのね。
わたしはいつも飢えていたわ。そこら辺にあるものを食べた。草も木も土もモンスターも。ほとんど野生動物ね。いや、それ以下かしら?
スキルが無かったらお腹壊して死んでたわ、ふふっ。言葉だって忘れてた。ただの獣よ。
で、ある時人間が来た。これはギルドの調査員ね。後から知ったんだけど、両親はギルドのナンチャラ組合に正式に入会してたらしいの。その被扶養者であるわたしも、ちゃんと戸籍があったみたいね。ま、管理なんか割と雑多なんだろうけど。
一匹の獣は施設に送られた。といっても、わたしみたいなのは稀有な例よ? そこまで世の中無作法じゃないわ。普通の子どもは普通に暮らしてる。学校に行って、帰る家があって、両親と暮らしてて。まともに、ね。
言葉を覚えたわ──何年ぶりでしょう? 地道にヒトに戻っていった。なんか施設の人たちは、わたしが大変だったらしいけど。覚えちゃいないわ。
で、その時に獣人奴隷とか《術》のこととかを教わったのね。この世界の一般教養くらいはなんとなく知れたわ。完全に獣ってわけじゃないし、四年間の幼い時代があったから。それと、結構知識の吸収率は良かったみたいよ、わたし。ふふ、ちょっと自慢ね。
意識が言葉とリンクした。わたしはザクロ。ネコ族のザクロ。……記憶が始まったのは、だいたいそっからね。
で、わたしは色々と思い出すの。大好きな人を殺されたこと。犯人は、ネズミ族」
彼女は所々でつっかえたり、休み休みで話し続ける。どう伝えたらいいか迷うように。子どもが難しいパズルを組み立てていくように。何回か、懐かしむような、どこか他人事のような、しかし爽やかな笑みを挟みつつ。
大きく息を吸って、吐く。
「それで、復讐する為にわたしは外に出たの。勉強がしたかった。冒険者ギルドに入って、レベルを上げたわ。元々素地があったのね、いっぱい食べて殺してたから。
効率の良いレベルの上げ方って知ってる? 自分よりギリギリ弱いモンスターを狙って殺すの。何匹も、何匹も──ちょっと気が遠くなるくらい、ね。で、わたしにはそれが出来た。【補食】スキル様々ね。
強くなって、お金を稼いで、本や教科書を買い漁った。どうやら世界は、わたしが思ってたより平和らしかったわ。
戦争は何十年も前に終わっている。わたしが幼い頃出くわしたのは、その残り香ってわけ。
もしかしたらネズミ族だってのもわたしの捏造かもしれない? 全部悪い夢だったかもしれない?
……思おうとしたわ。でも無理ね。憎しみは膨らむばかり。
ネズミを根絶やしにする。その為の力を。……」
空気中の塵が触れたか、ネコ耳がピクッと跳ねる。目を瞑っている。
ゆったりとした雷のような、ゴロゴロといった音が流れ始める。下腹部は微かに上下し、連動するように、その低周波は心地よい倍音をともなってダンジョンの暗室を反響する。
「旅に出た。今度は両親は無く、わたし一人で。奴らを絶対に殺せるように。
わたしはA級になった──ちょっと完璧主義なのよ。
パーティを組んだこともあったわ。誘われてね。その人たちの名前すら覚えちゃいない。だってすぐモンスターにやられて死んじゃったもの。
それに、いっつもわたしの攻撃──雷術ね。に、巻き込まれてた。正直言って邪魔以外のなにものでもなかったわ。一人でやったほうがマシ。わたしの雷術は、一人のほうが力が出せるもの。
で、わたしの周りに人はいなくなったわ。それでいいと思った。弱いやつは弱いやつ同士で組めばいい。嫌いだった。わたしが強くなればなるほど、その懐に入ろうとする輩もいた。
ハッ、今更? わたしはいつだって助けを求めてたわ。それに応えなかったのは誰?
……いや、違うかも。嘘言ったわ、ごめんなさい。わたしは本当に、助けを求めていたのかなぁ? ……
いつか、強さに奢っていた。ネズミはまだ憎い。でも、ベルちゃんは好きよ。
もういいの。だって、過去は今とは関係ないから。……」




