36匹目 ネコ、異世界講義中⑥
「臭! めっちゃ血の味がする、びっくり! ハッ。さっきのトカゲか!? おえー」
「ヒドイ! ちょっとあんた最低よ、女子が自ら恥を偲んで、キ……してやったのに!」
「自ら? 恥を偲んで? つーか女子!? あんた一体いくつなんですか!」
「二十一よ」
「割とあっさり教えてくれた!?」
ハジメとザクロの問答が始まる。
生臭さの正体は先程ザクロがつまみ食いしたトカゲモンスター(野生、ダンジョン産)であった。
ハジメはゴシゴシと唇を腕で拭い、這這の体で後ずさる。
ベルはというと、気絶したままザクロの傍らら辺に転がっている。
ハジメは謎のハイテンション(後に深夜テンションとわかる)で驚愕しつつ、距離を取ったザクロと対峙する。
「つーかじゃああなた、おれより四つも下じゃないっすか。意外!」
「意外って何よ? 失礼ねー」
「えーでもマジっすか。じゃあ何でおれ敬語遣ってんでしょうね。ちょっとこれから普通に会話していいですか?」
「何でって……知らないわよ。ま、いいんじゃない? そこら辺はあんたの自由よ。尊敬の情は言葉の端くれなんかに証明されるほど薄っぺらなものじゃないしね。そっちのほうが面倒くさくないし。タイピングが」
「わかりました。──つか、何でいきなりキ……したんだよ! 脈絡ないにも程があり過ぎるだろ!」
「脈絡ならキッチリあったじゃない。ちゃんと文章読んでよ。なんなら今なら早いうちだから、スクロールして<前へ押してもいいわよ」
「は!?」
ハジメは若干怒りつつある。ファーストキッスがトカゲ味。二十五歳現役童貞にとって、これほど悲しいことはなかった。
それと、何故かキスという単語が言えない二人。
「それに意外ってのはこっちのほうよ。何、あんたしっかり成人なのね。十六くらいだと思ってた」
「うそ……俺ってそんなに若見えしちゃう?」
「いや、精神年齢が」
「……確かに高校時代くらいから時は止まってるかもだけど!」
「その代わり──雷術」
「へ?」
と、途端にザクロは話題を変えた。
真剣な表情になる。
「あなた《術》使えないんでしょ? それって冒険者としては結構致命的よ。下手をすれば身分証剥奪になる」
「……え」
「驚くのも無理はないわ。だって何もかも無知なんでしょうからね、あなた。
でも、知らなかったんです、じゃ済まされない。
あなたのその奇っ怪な能力、きちんと証明するには魔力測定とかして、かなり手間が掛かるからね。何なら現在の技術力じゃ、良い結果も出ないかもしれない。
ギルドによってはその主張すら受け容れられず、レベル詐欺だって認定されるわ。あなたからしたら、一方的にね。
自身のレベルを偽って登録するのはギルド契約に違反する。何故なら冒険者ってのは広義の保安職業従事者で、級別に受注出来るクエストによっては人の命も預かるからね。級ってのはレベルのこと。だから違反したら大犯罪よ。
あなたは良ければC級から降格、悪ければ永久的な冒険者資格及びギルド管轄組合への就業停止、もっと最悪なら……」
ここでザクロは言葉を区切った。それ以上は言わない。
その数秒の沈黙が、ハジメを無上の現実感に陥れた。『ギルドは世界的な組織だ』という今朝の彼女の言葉を思い出す。
「……おれは危ない橋を渡ってるってことですか?」
「だったらもうとっくに落ちてたわね。そうならない為に、今わたしが対策を講じたってわけ」
「『対策』?」
「あなたのギルドカード。通信によって定期的に更新されるから、『それ』、もう出てるんじゃない?」
と、ザクロはハジメの懐を指す。ギルカを入れているポケットだ。
ハジメはごそごそと探り、その手のひらサイズの薄い金属板を取り出す。
■
氏名 ハジメ
スキル【みじめ】
術《雷術Ⅲ》
従魔
レベル65
■
「──雷術? 従魔?」
「よかった。主人のほうは初めてやったし、成功するか心配だったけど……為せば成るものね」
「えーと、これは一体……?」
ハジメは新たに表示された異世界文字を検分する。
これは何だ。先程までは、確かに存在しなかった文字だ。
追加されたのは、その二項目だった。
ちなみに『ハジメ』という部分は馬車に乗る前にギルドのカウンターで、ハジメが慣れない異世界文字を手書きで書いたものである。
「これ。わたしのカード」
と、ザクロが差し出す。
■
氏名 ザクロ
スキル【捕食】
術《雷術Ⅴ》
主人 従魔=ハジメ
レベル107 A級
名称 −−−−
■
「従魔……ハジメ!?」
ハジメが驚愕の叫びを上げる。
従魔。主人。
急激に追加された異世界設定に少々混乱している。
「そ。あんたはたった今、契約従魔になったわ。主人はもちろんわたし」
「ちょ、展開に追いつける自信がないんですけど……」
「で、ちなみに主人であるわたしがOKって言うまであんたは一生従魔だから」
「…………」
ハジメは脳みそフル回転モードに突入する。つまり……わからない。
かろうじて口を開き、言葉を紡ごうと試みる。
「ど、奴隷ってこと?」
「いいえ。奴隷と従魔は似て非なるものよ。起源は一緒だけどね。奴隷は人間が獣人を非倫理的に使役するための制度。違法ね。
で、従魔契約はまあ一応違法ではないわ。若干グレーゾーンなところだけど。裏技みたいなもんよ。ちょっと高度でマニアックなプレイとしてそういう方々に愛され続けてナンバーワンってとこね」
「そういう方々って誰ですか?」
男はちょくちょく敬語に戻っている。だいぶ参っているようだ。
美女はふ、と自虐的な笑みを零しつつ、なあなあにぼかす。ハジメから視線を逸らしている。
「まあまあまあ。そこら辺は置いといて、ね? えっとほら、ドリーがやったやつよ。ま、その時わたしは無理矢理従魔にさせられたんだけど」
「ドリー?」
「あ、名前知らないのね。ほらあのヤギの子。一昨日の」
「ああ……」
ハジメはフラッシュバックした。一昨日。ヤギ娘。
ドリー。そんな名前があったのか。といっても、今更なのだが。きっと、もう会うこともないだろう。
「まああれも特殊な例だけどね。スキル主体だから。
たぶん、『自分よりレベル上位の個体を人類・モンスター問わず強制的に召喚、または服従させる』って能力ね。だから、厳密に言ったら従魔契約とは違うけど。
でも方法は一緒よ。主人の体液を契約者となる従魔へ体内摂取させる。
あの子の場合は血液だったわね。全く、冗談じゃないわ。本当に嫌だった!」
「た、体液……? 何でそんなマニアックなプレイみたいな方法なんだ?」
「……まあまあまあ。あんたも血ィ飲まされるよかマシでしょ?」
「いや十分飲んだよ! それももっと酷い、モンスターのだ!」
おえー、と再びハジメは嘔吐く。まだ口内から生臭い爬虫類の風味がする。鼻から鉄の臭いが抜けない。これはもはや、一日くらい消えなさそうだ。
と、ザクロが目を泳がせながら言う。長いカーキ色のサラサラとした髪を弄りつつ。
「いいじゃない別に。わたしだって、初めてだったんだから……」
「……それは従魔契約の主人役が、と捉えていいな?」
「……はあ。好きにしなさいよ」
ザクロは嘆息した。ネコ尻尾がだらんと垂れる。
と、キリッとにわかに面を上げ、切り替えるように言う。
「わたしはあんたに雷術を渡したわ。こういう事もできるから、裏技って言ったのね。
で、何か代償が必要なんじゃないの? あんたにも」
「え? 代償?」
「ベルちゃん! いいでしょ、わたしにちょうだいな!」
子どものような笑顔で言い放った。年上のお姉さんでないことはわかったが、二十代の女性とは思えない無邪気な表情である。
「いや、ちょうだいなって……」
「わたし雷術あげた。あなたベルちゃんあげる」
「いやいやいや! そんな単純な理屈じゃないだろ。もっと世界は複雑に狡猾にサイケデリックな法則に基づいて超長期的に展開されてるんだぜ? 例えばベルは道具ではない!」
「まあお客さん。こういうの欲しくなーい?」
バチバチッとザクロは唐突に電撃球を出現させた。
手のひらに踊るようなそれは、薄暗い中に灯るダンジョンの岩壁の不規則な鉱石を反射しつつ、さらに煌びやかな天体となって宙に浮かび始める。
「ふおお……かっけー」
「そう。今ならあなたにも使える。やって味噌?」
「え、マジ」
と、ハジメも真似してやってみる。
どうやるのかは全くわからない。が、なんとなく体内の気を手のひらに集中させる感じで力を込めると、みるみるハジメの手の上に小さな雷球が現れた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
──苦節一週間。全く異世界っぽいハイパー能力とは無縁の彼でした。剣も魔法も使えず、攻撃手段といえば素手、それのみ。
異世界転移系主人公としては何とも華がない。羨みました。嫉妬しました。他のあらゆる作家さんたちの自由で愉快なスーパーチート能力を。また、それらを知恵と勇気と美少女ハーレムで有効的に活用し続ける、勇猛果敢な異世界主人公たちを。
キャッキャウフフな展開。イヤーンダメーンな展開。それすらもなく、あったのは気絶、拉致、臨死。圧倒的理不尽の世界。
自分も女の子といっぱいイチャイチャできる異世界に転移したかった。そんな能力が欲しかった。なんならR18タグ付けたかった。それくらいのムフフを体感したかった。
復讐と渇望の正義により極悪貴族を完膚無きまでにぶった切りたかった。神様女神様の手違いで『あれれーまたやっちゃったかー』みたいにヒロインに呆れられるような特殊チート能力を授かり異世界のほほん開拓とかしたかった。
一国の主となったり、時を巻き戻したり、敵の女を寝取ったり、パーティに捨てられたけど実はめちゃ強い能力持っててそれが知られてないだけでそいつらが困った時に颯爽登場、ピンチを救って『やっぱり戻ってきて』『ホイ来たざまあ!』とかやりたかった。
自分が現世で読んでた小説そのままの世界に転生して未来展開を知ってるから回避してメイクハッピーエンド、獣人の女の子たくさん買い占めて最初は警戒されるんだけど助けていくうちに『あなたっていい人……?』ってなって身も心も虜にさせちゃうぜ、おっと俺には惚れんなよ、実は心に決めたたった一人の女性がいてねフハハハハ、『でも好き!』ってフハハハハ、おいおいそれじゃ俺の身体が目当てなのか? ん? ん? そうそう俺のハードボイルドを注げばあらびっくり! 君のレベルが上がるよもしくは何らかのグッドな特典てんこ盛りだよよってらっしゃい見てらっしゃいおいおいそこのお嬢さん押さないで、みんな可愛がってやるからねハッハッハ勇者様は辛いなー、街を作ろうダンジョン管理だそうしよう、モンスターが女の子になっちゃったぁーついでに働かせよう、店開いたら大盛況、ビジネスやったら大成功、君ィこの魔道具金貨十枚で買わせてくれんかね、いえいえそれは売り物ではないので、頼む! 十五枚払う! えーどうしよっかなーボク困っちゃうなー、このとおり! よしよし今後ともご贔屓に、俺もっと平穏に暮らしたいんだけどなみんな寄ってきちゃうんだよ困ったねえ? もしくは孤高の暗殺者誰にも知られぬパーフェクトミッションでもあの子だけは知っている彼女を守るために俺はどんな暗い道でも歩いて行ける、うわー伝説の勇者様だ、剣技! 剣技! ついでに魔法も使えるお☆、すっご~いコッチの剣もお上手ね、いやいや参った参ったハッハッハ、
「あんた何ニヤニヤしてんの? 気持ち悪い……」
「うわああああああああ!」
見られた! 見られた!
筆者が親に見られた!
ちょっとショックなので休みます。




