34匹目 ネコ、異世界講義中④
「ザクロさん!」
と、ベルが助け舟を出した。
その声を聞き、ハッとするザクロ。長い夢から醒めたような表情だ。
すぐに電撃を放ち、ハジメを救出する。
ウサギたちはその衝撃にびっくりして逃げていく。
「ハジメさん! 大丈夫ですか!?」
「ベルさん……だ、大丈夫です」
「お薬持ってきてよかった。……口開けて」
「すみません……」
とかいう会話を傍観するザクロ。
全く、不審の目つきである。
「あんたちょっとカード貸して」
「あっ」
と、ハジメの懐からギルカをひったくるザクロ。
ジーっと睨んでいる。レベルを疑っているのだろうか?
するとザクロはおもむろに立って独り言のように呟く。
「……なんとなくわかってきたわ」
「な、何がですか?」
ハジメはベルに介抱されながら、無様に問う。
ベルと彼は、そのすっくと立ち上がったザクロを見上げる。
彼女は言う。
「あんたの、その妙ちくりんな能力がね」
■■■
「まさか五階層止まりとは。……想像以上だわ」
「すみません……」
ザクロとハジメの会話。ハジメは地べたに直接正座し、ザクロはそれより少し高い岩の上であぐらをかいて男を見下ろしている。
その腕を組んだ彼女は強者の風格が漂っていて、まるで二人は師匠と弟子みたいな構図に見えた。
ふう、とザクロは溜息を吐き、キッとなってハジメを見下す。
「あんた本当弱いわね。雑魚だわ。全く、なんの役にも立たない。《骨兎》の群れにやられるなんて、頭おかしいんじゃないの? 今どき子どもだって素手で倒せるわよ。カスよカス。反吐が出るわ。ホント、よく今まで生きてこれたわよね。このクズが。無能。ド○○○○○○が」
「…………」
酷い言われようだった。罵り方のバリエーションが豊富で、よくもまあそんなにスラスラと出てくるもんだとむしろ感心する。
というかこの人、こういうキャラだったっけ?
「ところであの子、今あれ何やってんの?」
「ああ、ベルさんですか? 夕食作ってくれてんですよ、向こうの方で。なんかあのヤギ娘事件以来、常にポシェットに回復薬とかちっちゃい調味料とか用意してるみたいで。本当、卒がないというか、気が利くというか、準備万端ですよねー。さすがですよ、ハッハッハ」
「今あんたに笑う資格があると思ってんの?」
「…………」
あの後、この厳しいザクロ様はベルとハジメを雑魚モンスターで腕試しさせた挙げ句、二人が信じられないほど弱すぎることを悟った。
で、頑張って地道に倒そうと試みるものの、結局、彼女の電撃に頼るハメになる。
というわけによって、今日はついに五階層までしか進めなかったのであった。
ザクロは再び嘆息する。なんだか要領の悪い教え子たちに振り回されて、疲れたみたいな表情だ。
「まさか《術》が使えないなんてね……二人とも」
そう。彼女が、兎に岩を持ち出したハジメに驚きの声を上げたのは、その理由であった。
教師のように解説されたところによると、
・この世界では攻撃=《術》である。
・《術》とは体内に循環する魔素を外部に放出させる働きである。
・魔素とはこの世界の生物の原理であり、つまりこれ無しでモンスターを倒すことはほぼ不可能。
・そもそも魔力を一切使わず戦う馬鹿なんていない。
とのことだ。
「で、その馬鹿はあんたなわけね。術が使えなくて冒険者とか、どういう神経してんの?」
「で、でも! 街で剣持ってるやつとかいたじゃないですか。それに筋肉ムキムキ上半身裸の格闘家みたいな男だって。全部が全部魔法ってわけじゃないんじゃないですか?」
「魔法じゃなくて術ね。それに物理攻撃も術の内よ。あたしの攻撃見たことあるでしょ? 要は魔力を体表面または武器に移行させて接触により放っているだけね。至近距離戦術よ。
もちろん、でっかい岩担いでぶん殴るなんて、術を以てしても効率の悪いことをする馬鹿はこの世界どこ探してもいないけどね」
「……その馬鹿で雑魚でド○○○○○○に泣きながら手も足も出せなかったのはどちら様でしたかね」
「泣いてないし!」
バッと猛然と立ち上がるザクロ。ブラシみたいに急激に膨らんだネコ尻尾が、プルプルと震えている。
顔が鬼のように紅潮し、その眼が恥か悔しさか、うっすらと涙を湛えている。
と、すぐそばにあった小石を投げる。とても軽い石だ。
「痛ッ! 何するんですか?」
「そう。痛いのね。じゃあこれは?」
痛がるハジメを見て気力が復活したのか、嗜虐的な笑みを浮かべ始めたザクロは、ヒュン、と再び投石した。
今度はめちゃくちゃ豪速球で、その表面にバチバチッと凄まじい電流を帯びたまま。
「イテッ。ちょ、止めてくださいよ。何なんです?」
しかしハジメの反応は先ほどより薄い。
ザクロが想定通り、みたいにニヤリと口角を上げる。
「ふふ……これで決めるわ」
「なんで野球漫画みたいなノリなんですか? あなたそういうキャラでしたか? ていうかなんで振りかぶってんすか!?」
「問答無用サーブ!」
「『サーブ』!? て、痛ぁあああああああアア!?」
ハジメは逃げる暇もなく、地面にもんどり打った。その左肩に小石が見事命中した。
が、ザクロは緩やかな下投げで、ほんの軽い投球(石)であった。
ふふん、と鼻を鳴らして腕を組み、解説するザクロ。
「ふむ。思ったとおりね。やっぱりあんたのそのスキル……【みじめ】だっけ?
それ、魔力量によって変化する技の強さを、逆変換させる能力なのよ」
「はあ……どういう意味ですか?」
「理解力が足りないわね。つまり簡単に言うと、『強い攻撃に強い。弱い攻撃に弱い』ってことよ」
・基準としては、相手のレベルに準拠する。
・何故ならレベルがそのまま攻撃力(=送り出す魔素量=《術》の強さ)に反映されるから。
・しかし本当に無に等しい魔力(もしくは人為的な力学が加わらない場合=重力等)なら、通常通りのダメージが入る。
「空中に多少なりとも魔素は漂っているわ。その微々たる魔素には攻撃は喰らわないようね。ま、いちいち反応してたらあんた死んでるでしょうけど」
「なるほど。だからザクロさんはボクを倒せなくて、ボクは《骨兎》を倒せなかった……」
「ちなみに、わたしの【捕食】も、あんたの【みじめ】も魔力感知スキルの一種ね」
「ん? 何ですかそれ」
ハジメはまたも新しく出てきた単語に首を傾げる。当てられた肩を庇うようにして擦りながら。
ザクロはいよいよ講師だか師匠だかみたいなポジションになって指南する。
「『魔力感知スキル』。スキルの分類の一種よ。対象の魔力、つまりレベル等に関連する能力。索敵スキルとか、鑑定眼とかね。
私たちの場合、自分のレベルと相手のレベルの差違によって発動するわ。わたしが今朝ベルちゃんを発見できたのもそのスキルのおかげね」
「ほほう。ならボクは自分よりレベルの高いやつには無敵ってことですな」
「ま、基本的には、ね。今わたしがやったみたいに、魔力量を調節して攻撃すればその限りじゃないけど。
それに、逆も言えるわ。あんたは雑魚に、勝てない!」
「な……!?」
ショックを受けるハジメ。ザクロは勝てない、という単語を強く発音した。
「じ、じゃあ俺は永遠にウサちゃんに勝てないのか。雑魚モンスター全部に。……それに、スライムにも……」
「え? スライムにも?」
「あ、はい」
「……それは変な話ねー。あいつらは無生物判定だから体内に魔素も存在しない、つまり攻撃もへったくれもない筈なんだけど。
レベル0って便宜上定義してるけど、そもそもレベルって概念自体がないような物体だし。
というかあれ、ただの水よ? 雨とか池とか湖みたいなもんだわ」
「へ?」
と、ハジメが虚を突かれたように目を見開いた途端だった。
ザクロがおもむろに、ダンジョンの岩壁に這うようにして移動していたトカゲみたいなモンスターをもぎ取って口に入れた。
それもヒョイ、と至って自然な動作で。
「うえええええええ!? 何やってんすか何やってんすか! ペッしてください、ペッ」
「え? ああこれ、わたしのスキルよ。有機物なら大体何でも消化できるの。こういった雑魚はつまみ食いには便利よね」
「捕食ってそういう意味ですか!? 自分より弱いレベルの者を探知する能力じゃなかったんですか」
「まあ、副次的なものよ。大概生食できるし、調理しなくていいし、結構使えるわ。旅のときは重宝したわね。基本飢える心配がないもの。毒以外ならね」
「ええ……」
もっしゃもっしゃとトカゲを咀嚼するザクロ。野生動物みたいだ。
「あのー、晩ご飯できましたけど……」
「あ、ベルちゃん」
ベルが隣の小さなスペースからひょいと出てきた。
ハジメとザクロがそれに気がつく。
今日はここまでと決めたとき、ダンジョン内の休憩スペースを確保し、腰を落ち着けたのだ。鉱山のような壁に青い鉱石がキラキラと輝く。




