33.5匹目 馬車、移動中② 〜All is your dream〜
「…………」
ザクロは目を瞑った。
ネコ耳が、馬車のキャビンの窓からの風で、サワ……と揺れる。
そのスッと鼻筋の通った美人の顔が、皮肉に歪められる。
「人間は残酷。彼らの生み出した科学が、恐ろしい空想も実現化させちゃう。
だから、嫌い。
……まあ、そのおかげで人類が発展してきたって反面もあるけどね。《術》とかさ」
獣人奴隷。
戦時中、人間の捕虜となった獣人たちがその身柄を完全拘束されるために開発された、人間による科学発明。
耳介の下方に魔道具(あのヤギ娘が持っていたペンチみたいなのが、その簡易版らしい)で穴を開け、そこに『ピアス』を通す。
その奴隷認証ピアスは一つのシステムに管理され、決して逃れられない包囲網となる。
ピアス穴を開けられたが最後、一生奴隷として与える命令を拒むことは出来なくなる。
拒めば体内の魔素が逆流し、その身体にありえないほどの苦痛が訪れる。
またそれは、奴隷の支配者である主人の手によって痛覚の量(流す魔力量)を微調節できる。なんとも悪趣味なオモチャだ。
獣人ピアス。獣人たちが最も恐れることの一つ。
ハジメは、ザクロがヤギ娘に穴を開けられた時のことを思い出した。
ベルがエリクサーを飲ませなければ、あのまま死んでしまいそうだった。
それくらいの恐怖。絶望。
ザクロがぎゅっと己の肩を掴む。少し震えている。
「……でね。それはもうやっちゃいけませんよ、って大っぴらに言われたのが、その開放制度なの……」
「……ん? でも、それってなんかおかしくないですか。
四十年前でしょ。ベルさんは絶対に生まれてませんよ。
なのに、なぜベルさんの耳に穴が開いてるんですか? やっちゃいけないってことになったんじゃないんですか?
それに、あのヤギ娘が持ってたものって、アレは……」
「そう……残った、トカゲの尻尾よ」
獣人奴隷制度は撲滅した。そう、宣言された。
が、それは表社会のことだ。
もちろん、ハジメは街中で首輪をつけたイヌ耳っ娘も見たことなければ、ボロボロの服で鞭打たれるバニーちゃんや、それらワンニャン人間をぎゅうぎゅう寿司詰めに運搬する馬車なんてのも見たことはない。
そういった劣悪ファンタジーっぽい光景はないのだと思った。
しかし現状はそれよりも──陰湿。
奴隷管理システム──『PIERCE』は、破壊されていなかった。
むしろ隠蔽され、その存在が無かったことに、闇に葬られ。
きっと、裏社会でどこかの富豪たちやそういったディーラーなんかに売られ、利用されているのだと、ザクロは言う。
「じゃあ、ベルさんはやっぱり……」
「おそらくね。ネズミ族は辺境の地の種族で、アッシェリアから遠い場所で誕生したとされる。だから種族的に弱いの。奴隷にだって、しやすいわ……」
話が繋がった。
そうだ、アッシェリア大陸を中心とした各種族の発展速度の違いについて話していたのだった。
(元)人間領のヴィーダミアとデレウロ、(同じく、元)ネコ族領のネッフェンビアは、アッシェリアに近い大陸だ。
反対に、アッシェリアから離れているネッフェンビアに接する小国が(元)ネズミ族領のセジウムである。
「……そういえば、さっきアッシェリアを『魔族領』って言いましたよね。モンスターがはびこるって下りの。
なんで、『モンスター領』とは言わないんですか?」
「ああ、それね。『魔族』だとネコ族とかネズミ族みたいな、獣人の呼称と混じっちゃうから、まあ便宜上『モンスター』って言ったほうが当たり障りが無いのよ。
でも、モンスターって名称が普及されたのはまあまあ最近のことで、もともと魔族って呼称してたから、それがアッシェリアへも定着しちゃったのね。
さっき言った『人類』って総称と似たようなものよ。ま、わたしも結構紛らわしいと思うけどね」
+から−に流れるのが電流で、−から+に流れるのが電子。
とか、酸の素ではないのに酸素と呼ぶのとかと似たようなもんだろうか。
というか、魔族とモンスターってほぼ同義語だと思うけど(ニュアンス的な違いはあるだろうが)。
日本語か英語か、みたいなもんだろう?
なにげに土地名も外国風だし……重いテーマばっかだったから、ブレイクタイムがてら、ちょっと試してみよう。
「ときにザクロさん。コンプレックスってどういう意味ですか?」
「え? 劣等感でしょ?」
通じた。
しかも、和製英語の方で答えた。
じゃあ、こんなのはどうだろう。
「この前コンビニに入ったらですね、カップラーメンをレンジで温めてるやつがいたんですよ。
で、よく見るとそいつはサッカーボールをネットでバッグにくっつけてるロマンスグレーのナイスミドルだったんです。
ははっ、めちゃくちゃユニークっすよねそいつ。全く、なんのメリットを感じてそうしてるのか。
ところで、僕トイレ行ってきていいですか?」
「は? コンビニ? 何それ? カップ……何だって?
鞄持ったおじいさんが何だっての? どこがどうユニークなのかわからないわ。
ていうか、トイレなら馬車乗る前に行っときなさいよ」
打率五、六割といったところか。
野球だったら神の領域だな。
というか、結構通じたぞ。
『コンビニ』とか『カップラーメン』とか『レンジ』とかは異世界に無さそうとは思ってたけど、『ユニーク』とか『メリット』、『トイレ』みたいな日本でも普段遣いする単語なら通じるのか。
『サッカー』は文化的に微妙なところだったけど……やっぱアウトか。
にしても、『ロマンスグレー』の『ナイスミドル』がセーフとは、まあまあ守備範囲が広いみたいだ。
どうやら、言語力は一般的な日本社会(おそらく学校教養国語の範囲内)に準ずるらしい。
なんかもっと色々と試してみたくなった。
さあ、読者の皆様もご一緒にハジメ(中卒ヒキニート)の英語力の限界を知ろう!
「Hello, Zakuro. My name is Hajime, yoda. How are you? I'm finally, get you! Ha-ha, that's a joke. Well, can I speak some about me for you? OK, I like reading book, especially, Light-novel. Ah…, don't you know? Light-novel is novel written by easy Japanese words. I often read them, but, the best one is “A ○lockwork ○range” what is normal novel. It's amazing and very fun compare common Light-novel. I met it in junior high school, from the comic relate to psychology. I borrowed it in library, and have read just once, but it effect my mind, storong. But, I forgot almost parts, of the all story now, ha-ha. Oh, I remember one, my school days. That make me sad, till now. I don't like girls, boys, teacher, all them. My family, too. They set me not free. I had no time for me, then. Study hard, and I got nearly parfect score of all subjects. But, that has no means. They didn't look me, there is only I with my brand, that's dirty glass. I haven't finished my high school all yet, so I became such a idiot, like now. My father and mother gave me one small apart, and some money, every month. They haven't look me, since then. My two brothers that is great guys, too. I'm afraid of humanbeing, society, and a lot of eyes. Well…sorry, I can't tell you well. I wish I could talk that for you. Sorry, it's common story. I cannot do all now. All is my virtual, please laugh at me. Ha-ha…」
「は? 何言ってんの?」
「…………」
ま、駄目で元々だ。
「さっきから何なのよあんた?」
「いえ……Englishって知ってます? 知らなければ、英語でもいいんですけど」
「は? 何それ?」
『は?』が多い。完全に見下されている。
英語を全く喋れないくせに。
なんて説明すればいいのだろう。
「いえ、外国語……えっと、同種族の個体同士が、異なる言語をもってコミュニケートする? そのパターン性のある単語の羅列? 使用手段? なんですが……」
ハジメは、自分でも何を言っているのかわからない。
これじゃあ、同じ元の世界の人たち(現代社会人)にも伝わらないだろう。
というか、異世界には、外国語という概念が無いのか?
街でも一つの言語(異世界語)しか見たことないしな。……
「異なる言語……魔素学の範囲かしら?」
「……え? この世界では、語学は……魔素学? に分類されるんですか?」
魔素は言語的な分野に入るのか?
魔素というのは魔力の源で、主に《術》に使われてて。……言葉とか、対話みたいなイメージはちょっとない。
なんか、腑に落ちない。
「ただの哲学者たちの妄想よ。
『我々は体内及び気流・海流上の普遍物質により、心理的な深層世界の統合を受けている。
神を除き、生きとし生ける物すべてが、死を恐れているように。』
……普遍物質ってのは魔素のことね。
まあ要するにこういうことよ。
魔素はこの世界の全ての生き物の共通点です。誰でも持っています。
生き物は皆、精神や魂に関してもそれの影響を受けます。ふーんそうなんだ。
だから、考えてるところの奥底では皆、実は繋がっています。まあビックリ!
あなたとわたしは本質的には同じなのです。へーためになるねえ。……って、子どもが考えたような話ね、あっはは!
──大戦中に、ちょっと流行ったの。どっかの有名な平和主義者の提唱だったかしら?」
ザクロは若干一人芝居を挟みつつ、解説した。
心底くだらない、といった様子だ。
きっとこの女性は、ハジメの世界に生きていても無神論者だっただろう。
そのくらい、ただ在るだけの現実を見ている、冷たいマスカット色の瞳。




