33.5匹目 馬車、移動中 〜All is your dream〜
「あんたがどこまで無知なのか知らないけど、まず、さっきまでいた街はエンダムよ。ヴィーダミアの南東のほうね。この世界には六つの大陸があるの。で、その中に大まかに分けて一三の種族領土があって……」
馬車の中で、ザクロは語った。
それがそこそこの内容量だったから、ハジメはもう一度頭の中で整理してみる。
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種族領土とは、人間や獣人たちが区別されていた時代の名残の国境線である。
だいたい東から、
・ヴィーダミア
・ミルビス
・デレウロ
・アッシェリア
・ブロウリーニュート
・アメリア
・モンダペンジャ
・カランジャ
・セジウム
・ネッフェンビア
・ウィーアムテンニャ
・ジーアン・エンパイア
・チェリア
・ユーパクッフ
十四個あるのに気がついただろうか?
ヴィーダミアとデレウロは大陸が分かれているので、かつて別領土だったが、人間の発展により拡大され、二百年ほど前に統合された。
だから現在は十三領土とされている。
なんともややこしい話だね。
でもまあ、この物語の根幹とはあまり関係ない気がするな。
それと、地球で言う北極点あたりにあるアッシェリアは魔族領で(この惑星もだいたい球体らしい)、高濃度の『魔素』が漂っており凶暴なモンスターがはびこる死海の地となっている。
当然、人類が踏み入ることはできない。
『魔素』というのは魔力の原材料だ。
魔力≒電気量だとすれば、魔素≒電気素量みたいな関係だ。
というのは、ハジメの脳みそで勝手に結び付けたことだが。
魔素は空中にも多少なりとも漂っている。
また体内で循環し、食物の摂取等でもそれは補給される。
それは生命なら全てにおいて適応され、ベルやハジメにも微弱ながらにも存在するらしい。つまり、生きてるなら例外はない。
が、唯一スライムだけは全く魔素を体内に帯びていない。永遠のレベル0だ。
だから彼らは、無生物と判定されている。
「レベルっていうのは、個人の戦闘力の高さの概算値でしかないわ。
一般的には、その人が許容できる魔力量の多寡に依存すると言われている。
何故なら、供給する魔力量の多さに、発動する《術》の強弱が左右されるからよ。こんなふうに」
と、ザクロは指からハジメに青い電流を繋いだ。
ハジメは驚いた。
が、これはこの前ギルドに初めて来たときに、彼女が彼に繋いだ(そして連行した)、電気の犬のリードだった。
電磁石の要領だろうか?
それにしても、原理が全く不明だが。
「じゃ、流すわね」
「流すわねって? ……ほぎゃああああ!」
ピリッと微かな電流の揺らぎが見え、ハジメは悶絶した。
髪の毛のように細い光芒が、青白くハジメの身体に接続している。
「あーもう、うるさいわね。ベルちゃん起きちゃうじゃない」
と、ザクロは人差し指を広げて五本にして、手のひら全体から電流を出すようにする。
ハジメに繋がれた電気のリードが太くなり、バチバチッと結講な光をあげる。
「あ……あんまし痛くなくなりました」
「うん。送る魔素を増やしたからね。攻撃力は強くなったわ。まあ、普通は逆にここで悶絶するんだけど」
ザクロはハジメを不思議な目つきで見る。
その膝にはいつの間にか寝ているベルがいる。
ザクロはハジメから手を離す(電気リードを切る)と、その眠れる少女を優しく慈しむように撫でた。
馬車がガタガタと揺れる。
「そういえば、この馬車のウマは角がありませんね。あれはモンスターじゃないんですか? ただの哺乳類の動物ですか?」
ハジメは切り替えるように言う。
馬車に乗ったとき、何気に気になったことだ。
それと、異世界に来て初日に街──エンダムを訪れたときに表通りで見たウマも、角が無い普通の、地球と同じウマだった。
「はあ。面白いコト言うのね、あんた。当たり前過ぎて、価値観として疑問さえ思い浮かばなかったわ。まあ、学術的に言えばあれはモンスターじゃないわね。『オリジナル』よ」
「オリジナル?」
「そ」
この世界で言う『モンスター』とは、魔素に当てられ変化した生物というふうに定義されているらしい。
考古学の通説によると、元々はオリジナル──魔素の影響力が極めて少ない生命体がこの世界にはびこっていて、それが隕石衝突(諸説あり)により魔素が宇宙空間から運び込まれた。
それに触れて進化したのがモンスター、ということだ。
「……とか言ったら、わたしたち人類もその定義に当てはまっちゃうけどね。
だから近年では、体表面のいずれかに角が発生している、魔素がより濃縮された、人類に害をなす種がモンスターだって定義され直されているわ」
ちなみに『人類とモンスターの違いは角である』としてしまうと、この前のヤギ娘みたいに角型獣人も当てはまってしまうから駄目らしい。
まあ、彼女に限っては(少なくともハジメたちに対して)害悪であったことは間違いないが。
って、そこまで言ったらさすがに可哀想か。
彼女も彼女なりに事情や、過去があったのだろう。
それにしてもかなり痛かったんだけど。
「あと、言わずもがなだけど、『人類』っていうのは人間と獣人の総称で、これは人間が勝手に定めたものが普及しちゃったのね。
個体数で言うと、人間が一番多いから。
この世界の五、六割は占めてるんじゃないかしら、ちょっと忘れちゃったけど。
全く、ウサギ族も繁殖力が強いって言われてるけど、人間の比じゃないわよね」
凡例として、獣人は人間が強い魔素に触れて進化した種族だと言う説がある。
また、人間──獣耳がない種族も獣人の一種でサル獣人であり、だから魔力による攻撃《術》を使えるのだと言う説も。
前者は主に獣人崇拝の派閥に支持され、後者はそうでない人間などに指示されている。
どうも、『進化』という表現が獣人を優遇し過ぎている、最低でも『変化』と呼称すべきだ、さもなくば獣尊人卑だという声が上がっているらしい。
どこの世界にも表現にうるさい人はいるもんだね。
まあ、その人たちにとってしてみたら、一文字違いで大違いの分野なのだろうけど。
で、その隕石が衝突した場所──魔素の根源泉、現在のあらゆる生命のプロトタイプ的な子孫が産まれた場所が、魔族領アッシェリアであるとされている。
各地点の地磁気や気流の影響にもよるが、だいたいその大陸を起点としてこの星の魔素が循環しているらしい。
要は心臓みたいなものだ。
だから、この世界はそのアッシェリア大陸を中心として囲むように発展してきたし、今でもその生活痕跡が見える。
「まあ、それが目下の問題点ではあるのよね」
「問題、とは?」
「歴史のことよ。『種族間大戦』」
「はあ。何ですかそのちゃちいゲームタイトルみたいなのは」
「は? あんたって本当に何にも知らないのね」
ザクロはハジメを少し馬鹿にしたように見下す。
その大きなお胸が膝のベルを押しつぶして、
「ちゅう……」
といったうめき声が上がる。
咄嗟に身を起こし、ベルを労るように触れるザクロ。
「ああ! ごめんねベルちゃん。……というかこの子寝付きいいわね。全っ然起きないわ」
「そうっすね。一回寝付いちゃうと床に頭ぶつけてでっかいコブ作っても起きないですね」
「はあ……何かあったの?」
「いいえなにも」
ベルの猛攻を思い出す。
(あ〜、あの夜はもったいなかったかな〜! ガックシ……)
「……なに落ち込んでんのよ。まあいいわ。で、大戦のことね」
「ああ、はい」
五百年ほど前。
それまで人類は種族間で別々に生活を営んでいた。
付かず離れずの関係、この前ベルが話してくれたネズミと人間の関係だ。
その頃は、種族領土はそこまできっちりと区別はされていなかった。
少しだけの関わり。それで生活できた。
割と牧歌的な暮らしだったようだ。
が、そこで引き裂かれた平和。
「そこでまず起きたのが、モンスターの氾濫。反乱とも書くけど、原因からすればこっちの方が適切に思われるわ、個人的にはね」
モンスターの氾濫──人類の発展や気候変動による魔素の乱れ。
それによって引き起こされた、魔族たちの大行進。
彼らは人類を翻弄し、混乱させ、絶望の渦に落とした。
「実際、大勢の人が亡くなったらしいわ。といっても、昔のデータだからわたしもよくわかんないんだけど」
「え、でもそこそこ信頼できるものじゃないんですか。仮にも人類が記した記録でしょう?」
それに、五百年ほど前といったら、日本史で言ったら……えっと。『以後よく(1549)広まる』より前だから、室町時代かな。
結構、文献とか残ってると思うけど(勉強は中学でほぼリタイアしたから、よく知らん)。
「いや……信頼できないってのは、わたしの頭のほうね。わたし、学校とか通ってないから」
「!」
意外な情報だった。
けっこう賢いこと言ってるから、てっきり相当な教養のある方だと思ってたけど。
ザクロは自分の頭に指さしつつ、少し俯く。絹のような髪がサラサラと流れ動いた。
そのはにかみは、恥ずかしさとか情けなさとかを隠しているように見えた。
というか、やはりこの世界にも教育機関みたいなものはあるのか。
どのくらい普及されてるんだろうな。
でも、店の看板文字があるのとか見ると、識字率は高いっぽい。
「で、その色んな文献によると、そこで人類は結託したの」
暴走するモンスターを鎮静するため、種族を越え戦う人類。
近づいた種族、縮まる距離。
──争いを生む、競争。
「すると今度は、近づきすぎた種族間で戦争が起こっちゃったのね。
まあ、どこに行っても同じよね、こればっかりは。
最大公約数的な幸福はありえない。どこかで必ず、綻びが出てくる。
対象となる複数が多くなればなるほど、また多様化すればするほど、その値は小さくなるってね、自明の理よ」
「どこぞの未来都市ロボットが言ってたような……」
そして起こったのが、『種族間大戦』。
種族、人類同士の戦争──被害は甚大。
各地で紛争が起こった。ネコ族とネズミ族(ベルが話した)の例もそうだ。
広がる戦火。
強固な境界線に分かたれる大地──種族領土。
小規模な紛争と紛争が重なり、大きな戦乱の渦となる。
死にゆく人々。人間、獣人。
発展する科学。そこに、《術》もあった。
「人間が体系化し、確立した、魔素の使い道ね。個人範囲で所有できるから、戦争にはもってこいだったわ。ま、すぐ真似されて、全人類が使えるようになっちゃったけど」
やがて、戦いに疲れ果てた各種族間による講和条約が締結した。およそ四十年前の出来事だ。
世界は平和になった。
開放される種族領土。しかし、名称だけが残る。
現代の世界地図の完成だ。
「ま、名目上はね。今でもちゃんと開放されてないところはあるわ。各領土が牽制し合ってるのよ。実質、まだ国境線はあると考えていい」
「はあ。……でも、約四十年前って、結構最近なんですね」
「まあ、そう言っちゃそうね。それ以前にも何度か仲良しごっこしてたみたいだけど、本当に『制度』が宣言されたのはその年だから」
「制度?」
「そう。『獣人奴隷解放制度』」
「奴隷……」
「耳介の穴。『穴付き』」
と、言うと、おもむろにザクロはベルのネズ耳を指先で挟むように撫でた。
ベルがむにゃむにゃと気持ちよさそうに身じろぐ。
その耳介の下方に、BB弾大の穴。
と、ハジメは例の地下室を思い出す。
異世界に来て二日目の夜、ネズミを追いかけてベルと初めてあった場所。
薄暗い牢獄のような闇。
そこに縛られた、白蝋のような少女。
「……ベルは、奴隷だったんですか?」
どこぞの未来都市ロボット
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