33匹目 ネコ、異世界講義中③
「ん? これだけ?」
「あ、できたの」
硬直するハジメの横から、ザクロがそのカードを覗き込んだ。
「何これ? 【みじめ】? 変なスキル名ね」
「こ、これは一体……」
ハジメはわなわなと戦慄している。
「火属性とか、風魔法とか、そういうんじゃないの!?」
「は? ……ああ、《術》のこと?」
と、ザクロは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに納得した。
「【スキル】は先天性。八割くらいの人が『種族スキル』で、基本は一人一つよ。
たまにあんたみたいな『ユニークスキル』持ちがいるけど、あんまし大したことないわ。
で、《術》は後天性。適性によるけど、基本努力すれば誰でも手に入るわ。
戦闘に役立つのは、基本《術》のほうね」
キホンという単語のオンパレードだった。
「あら、あなたすごいじゃない。このレベルなら、C級冒険者になれそうね。どうりでしぶといと思ったわ」
「ん?」
と、ザクロの言葉に、再びカードに目を落とす。
スキル名にびっくりして先ほど見落としていたようで、その下部にレベルが表記されていた。
『レベル65』
……
「でええええええええええええええええ!?」
なんで? なんで!?
今まで『レベル12』とかだったよね?
爆上がりしてる!?
「ハッ! 《悪魔王》を倒した経験値か!?」
「うるさいわね……急に耳元で叫ばないでよ」
ザクロはネコ耳を手で押さえた。
やっぱその位置でいいのか、耳?
「それに、あんた何言ってんの? 《悪魔王》? それって、《ヴィンセント・デーモン》のこと?」
「え?」
と、このハジメの疑問には答えずに、彼女は飽きたといった風に踵を返した。
ベルのほうへと向かう。テーブルのところだ。
「ベ〜〜ルちゃんっ。できた?」
と、ベルの肩を叩きつつザクロは微笑んだ。
とても猫なで声だ。
「結構早めにテーブル戻ってたから、発行、スムーズにいけた感じね?」
ハジメもテーブルにたどり着いた。
ベルはうなだれて、椅子にちょこんと座っている。
「いえ。……レベル制限があって、ギルド入会できないって言われました……」
「「え!?」」
今度はハジメとザクロのハーモニーだった。
「って、ザクロさんが驚かないでくださいよ! 知ってるんじゃないんですか!?」
「……いや、まさかソコで引っ掛かるとは思わなかったわ。あなたレベルいくつよ?」
「さあ……?」
ネコとネズミは呆然と互いを見遣る。
「あ、ベルさんのレベルは3ですよ」
「……え? なんでハジメさんが知ってるんですか?」
……うん?
レベル鑑定能力は、一般的なものじゃないのか?
「いえ、ボクの能力で……相手のレベルが視えるっていうか」
「へえ。あんたのスキルってそれね?」
が、ザクロの反応は薄かった。
あんまし大した能力じゃないらしい。
「でも、『3』か。不思議ね。普通に生活してれば、そんなレベルにはならないハズだけど。《骨兎》や《蛙蝙蝠》じゃあるまいし」
「《骨兎》? 《蛙蝙蝠》?」
なんか新しい情報が急激に入荷してきて、ちょっと混乱状態だ。
「……ねえ。さっきから思ってたんだけど、あなたたちって、かなり田舎モン?」
ザクロが不審な目つきでこちらを見る。
まあ、元いた世界では割と都会に住んでたんだけど、こちらの世界では田舎よりも情報に疎いだろう。
と、ハジメより先に、しかしベルが開口した。
「えっと。あたしは生まれてから、何年か前までずっと地下暮らしで。……地上に出てきたのは結構最近なんです」
「「そうなの!?」」
またもやザクロとの重複だった。
そして三人は目を見合わせる。
一瞬の沈黙の末に、ザクロが尻尾をゆらりと動かして、言った。
「……はあ。二人とも、しょうがないわね」
くねくねとネコ尻尾が揺れる。
ザクロはむっとした顔をしているが、その喉辺りから雷みたいなゴロゴロといった音が流れた。
「ダンジョンへ行きましょう」
■■■
ダンジョンへ行くために、三人で馬車に乗った。
四、五時間ほどだろうか、かなりの時間揺られていた。
もちろん、街の中にもダンジョンはある。
なぜそんな遠いところまで赴いたのかと言うと、ザクロ曰く、
「ここいらでは一番強いところよ。あんたC級だから結構いけるみたいだし」
とのことだった。
荷台の中はガタガタと揺れ、正直気分は良くなかった。
が、いい情報も手に入った。
ザクロが酔い覚ましの話として、この世界の地理や歴史について教えてくれたのだ。
すっげーありがたい!
というかこの半日で、この人のお陰で、めちゃくちゃ異世界生存ルートが確立してきた。
滞っていたイベントがバンバン進んでいく感じである。
身分証もゲットしたし、住所(半壊したザクロハウス)もとりあえず定まったし。
今までの地に足つかない右往左往状態に比べれば、ジェットコースター並みの順調すぎる進捗と言えよう。
揺れる馬車内で、膝に寝ているベルを撫でながらザクロは開口した。
「あんたがどこまで無知なのか知らないけど、まず、さっきまでいた街はエンダムよ。ヴィーダミアの南東のほうね。この世界には六つの大陸があるの。で、その中に大まかに分けて十三の種族領土があって……」
■■■
ダンジョンに着いた。
まあ、馬車での話はまた追々語ろうと思う。
とにかく今は、ダンジョンだ。
「ピキーーーーッ」
は虫類とコウモリが混ざったみたいなモンスターが襲ってきた。
それを小虫でも叩くかのように、ザクロが人差し指を立てて、電流でビリッと落とす。
「一階層は雑魚ばっかだから、ちゃちゃっと飛ばすわね。巻きで行くわよ」
ダンジョンは下へ進むほどモンスターが強くなっていくらしい。
まあ、これもテンプレだ。
「ところで、ベルさんも連れてきちゃって良かったんですか?
なんか、レベル制限でギルドに入会できなかったんでしょ。
ダンジョンはギルド管轄だから。……あ、入るの自体は誰でもできるんでしたっけ?」
と、ハジメはベルを見遣る。ベルは馬車で寝てたから、ちょっと目を擦っている。
今ハジメに呼ばれたのにも『ふぇ?』って感じだ。
「うーん。まあ違法よ」
「「え!?」」
ベルとハジメが再びシンクロした。今日三回目くらいか。
そして、二人(今は三人?)が犯罪を犯すのは二回目だ。
「違法!? またですか!?」
「うん。あんたの言う通り、ギルドカード持ってない人は入場できないわ。だから違法行為ね」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい……」
またもや完全覚醒したらしきベルが頭を下げる。
「ま、バレなきゃ問題ないっしょ。それにA級のわたしも付いてることだし。コイツだってC級なんだから」
「ハジメです……」
ザクロがハジメを親指で指す。
そういえば、彼女に自己紹介をしていなかった。
ベルはヤギ娘事件の後、名前を訊かれてたけれど。
(おれの扱い、雑じゃね?)
「あのう。それって、バレたら問題があるという意味じゃ……」
「はいはいはい! 進むわよー」
と、ベルの的を得たツッコミを華麗にスルーして笑顔でザクロが歩く。
引率される二人。学校の遠足みたいだ。
「あれが《骨兎》。
で、あそこに巣作ってて、さっきもわたしが倒したのが《蛙蝙蝠》ね。
まあ、一階層だからF〜E級までの雑魚しかいないわ。
ああ、あのスライム襲ってるのは《緑骨兎》って言って、《骨兎》の亜種よ。きっと水分を得たいんだわ」
先生みたいに指しながら丁寧に教えるザクロ。
ハジメはかなり感動していた。
あんなに自分を目の敵にして、拉致&拘束という、それこそ結構な違法行為を繰り返したネコ耳美女が、こんなにも頼もしく見えるなんて。
それともう一つ、ハジメにとって学校(及び勉強)というものがあまりいい所ではなかったというのもあった。
だから、ザクロに教わるうちに、学ぶ楽しさという人間の根本的な欲求を、十何年ぶりに思い出したのである。
「じゃ、あなたたちもやってみて」
と、ザクロがネコ尻尾を翻しながら二人に言った。
「へ? 何を?」
「聞いてなかったの? とりあえずどのくらいの実力か把握したいから、あそこにいる《骨兎》を倒してみて。ほら、こんなふうに」
バチッと電撃が走る。それが五メートルほど離れた可愛らしいウサギの塊へ流れると、哀れ、一匹のウサ公が動かなくなる。
「…………」
「なによ。そんな顔しないでよ。別に殺しちゃいないわ、ちょっと気絶させただけよ。あんまし無闇に狩りすぎるのも良くないもの」
「はあ……わかりました」
ハジメは尻尾に角が生えたウサギと対峙する。
異世界に最初に転移したときの森にもいたウサギだ。
傍にあった岩を持ってソロリソロリと忍び寄る。
(ごめんよウサちゃん。おれはこの通り便利なスタンガン魔法も持ってないから、物理攻撃で失礼するぜ)
「ちょ、ちょっとあんた!?」
「ふぇ? ──あぶしッ」
ザクロの叫び声に首を傾げつつ振り返ったら、その拍子に勘づいたウサギに猛烈なアタックを仕掛けられていた。
「痛い痛い! ちょ、噛まんといてーどうどう、ぎゃああああああ!」
「な……」
ハジメがウサギたちにボコボコにされているのを、ザクロが絶句して見ている。




