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【みじめ】スキルで異世界生存中  作者: 岩流佐令
第二章 獣人奴隷解放
32/80

31匹目 ネコ、異世界講義中①

日常

「…………」


 ダンジョン。ベルとハジメの住処。

 ヤギ娘とのぶっ飛んだ戦いが終わり、二人はこの薄暗い洞窟に帰宅した。


 ネコ耳美女──ザクロは、そのまま建物(半壊した、半分の壊れていないほう)からベッドを引っ張り出し、そこで休憩すると言った。


 あの場所。

 ベルが彼女に攫われ、補食されかけた場所。

 ハジメが連行され、ヤギ娘の繰り出す熾烈な傀儡と猛攻した場所。

 見るも無惨に崩れた貴族の家は、ザクロの自宅だったわけである。


 そして現在。


「…………」


 ベルは、ハジメの肌着を所有していた。




 ■■■




 『べ、ベル!?』


 『ベル、危ない!』


 『──生存、しましょう』




 ■■■




 少女の脳裏に、男の勇ましい声が反響する。

 そしてその声は、先ほどから(ハジメが積もり積もった疲労のため、洞窟に着いて早々ぶっ倒れ、気絶したように昏睡してから)延々とリピートされていた。


「…………」


 少女はハジメの肌着に、ぽふっと顔を埋める。

 その顔がだんだんと隠しきれないように、ほころんでくる。


「〜〜〜〜〜〜、ッ!」


 布に、頭をこすりつけた。

 ジタバタと体育座りをしながら、悶えている。

 いつも真面目な彼女らしからぬニヤケっぷりである。


 もしハジメがここにいたなら、彼はちょっと彼女の体調を心配してしまっただろう。

 そのくらいの、少女の挙動不審さだった。


「えへへ……」


 ベルの抱きしめる肌着。

 というのも、あの時──ハジメがザクロの半壊ジオラマに拉致され、ヤギ娘とともにボコボコにされていた際、身につけていたものだ。

 ついでに言うなら、その前日、ベルがハジメを襲った際に着ていた服でもある。


 ……それがいかにして、少女の手に?


「…………ふ、」


 少女の頭はぼんやりしていた。

 真っ白い霧が彼女の思考に立ち込める。


 《悪魔王(ジョーカー)》の腕を掴んだときの、ハジメの冷たい眼。

 でも、その後彼が差し出した手の、穏やかな温もり。表情。


 服で隠された少女の顔の、しかし出ているネズ耳が、くったりと脱力する。


「…………!」


 自分がのしかかった、ハジメの上半身。

 匂い、熱、湿度。

 彼の、狼狽した表情。

 夜。


 蘇り、ネズ耳がぴんっと立ち、ピンク色に燃える。


 やりとり。朝の会話。

 ハジメの動揺。目線。

 やけに会話を逸らそうとしていた、あの不審さ。

 そして、それをすっかり忘れていて、問い詰め糺そうとした自分の愚かさ。


 ああそうだ、つい昨日の朝のことだ、とベルは思い出した。


「……昨日の朝?」


 少女はなにか引っかかったようだ。

 が、気がかりはすぐに脳内の霧にかき消され、うやむやにされる。


 ……とりあえず、一旦落ち着こう。

 少女はそう結論に至った。

 深呼吸をする。吸って、吐く。

 抱いた服が生温い湿り気を帯びる。

 吸って。──


「…………」


 吸う。

 鼻腔内に心地よい香りが充満する。


「あのー」


「ひゃい!」


 ハジメの声だ。返事が裏返ってしまった。


「入ってもよろしいですかね。この洞窟、ドア無いんでノックできなくて。あ、まだ見てませんよ、ハハ……」


 と、遠慮がちにはにかむ声だけが聞こえる。

 彼は律儀に、ベルの部屋(洞窟の穴)の前の見えないところで立って待っているらしい。


「ちょ、ちょっとお待ちくださいね……」


 と、ベルは速やかに布団(重ねた毛布)の下に、ハジメの肌着を隠した。


「ど、どうぞ」


「はい。お邪魔します……」




 ■■■




 ベルがいた。

 まあ、彼女の部屋なので当たり前なのだが。

 部屋(穴)の中は、どこからともなく、ふんわりとした花のような香りが充満している。

 彼女はそこの布団(毛布)の上に正座していた。


「や、すみませんね。なんかボク、またぶっ倒れちゃったみたいで……本当に、ご迷惑おかけしました」


「い、いえ。疲れてましたもんね! あんなに動いたんですもの、それはもう……!」


 ──ん?


 ベルの様子がどことなく変な気がする。

 銀髪が少し乱れて、顔がほんのり紅潮して、喋り方もなんだか焦っているみたいだ。


 ああ、そうか。なるほどね。

 寝ぼすけさんか。


「すみません、ベルさんも寝てましたか。起こしてしまったのなら……」


「いいえ、寝てはいませんでした!」


 ……うん? そうか。

 なんかそんな気がしたんだけどな。

 寝起きでテンパっていたんだと推測したが、どうやら外れたらしい。

 じゃあなぜ様子がおかしいんだろう……気の所為か?


「もしかして、具合悪いですか? そりゃそうですよね、昨晩はあんなに激しかったんですもん」


「さく……ばん?」


「え?」


「ああ、そうでしたそうでした。昨日の──」


 と、ハッとしたようにベルは立ち上がった。


「い、今何時ですか!?」


「え、ボクも今起きたばっかなんですけど……この洞窟の結構な暗さからして、夜くらいなんじゃないですかね。ああ、なにげに一日中寝ちゃってたな。おかげで体力回復、ベルさんの薬もあって傷もだいぶマシになったし、スッキリですよ。ありがとうございます!」


 俺がそんなふうにまくし立てる間、ベルはわなわなと真っ青になって黙っていた。

 どうかしたのかな。

 やはり、具合が悪いんだろうか。


「──買い物! 食事! 洗濯!」


 と、にわかにベルは叫んだ。


「……へ?」


「な、なにもやってませんでした! すみません、すみません!」


 ベルはペコペコとこちらに頭を下げて謝る。


「いやいや、いいっていいって! 昨日あんなことがあったし、そんな家仕事、やらないほうが普通ですって! それに、なんかベルさん顔色よくないですよ」


「で、でも……それじゃ、あたしの存在意義が……」


「存在意義って……。そんなもの、なんにもしなくてもベルさんには十分ありますよ」


「うう……でも、挽回させてください!」


「いやいや休んで──あ、そういえば」


 と、颯爽と立ち去ろうとしたベルに、ふと気がついて呼び止めた。


「あの、ボクのインナー知りませんか? なんか昨日、帰ってギリギリシャワーだけ浴びれたときにどっかに置いたと思うんですけど……」


 ピク、とベルのネズ耳が反応した。


「えっとー……あ、あれはもうだいぶ汚れてたんで……そ、そう! 洗濯しても落ちなかったので、す、捨てちゃいました!」


「捨てちゃった!?」


「あっ」


 と、ハジメが大声でびっくりしたのに、ベルも驚いた。

 バツの悪そうに、眉が少し下がっている。


「いや、いいんですよ。そんなに大したシロモノじゃないんです。ただ、どこ行ったかなーってだけ。むしろ、汚れてたものをわざわざ捨てていただいて、ありがとうございます」


 ハジメは早口でそうまとめた。

 ベルは申し訳ないといったふうにお辞儀する。


「本当に、すみません、勝手に……」


「いえいえ!」


 ……実を言うなら、ハジメは少し惜しかった。

 なぜなら、あの肌着はハジメの元いた世界から着ていたものだからである。

 こちらの世界で言うところの、異世界産。

 そんな今となっては思い出深い、わりと貴重なモノが失われた。

 どうでもいいことかもしれないけど、やはり少し寂しく感じる。


「では、そのごめんなさいも含めて、夜ご飯おいしく作らせていただきますね!」


 ベルはハジメの思いやりを受け取ったか、元気な明るい笑顔で、そう言った。


「あ、ありがとうございます。でも、本当に体調が悪いときは、無理しないでくださいね? おれの存在意義だってありますから。家仕事も、いろいろ覚えていくんで、やらせてくださいね」


「……はい!」


 ベルは嬉しそうに笑って、部屋を出た。

 彼女の足音が遠ざかり、小さくなり、消える。


「……ふう」


 ハジメは息を吐いた。

 その表情が、徐々にほころんでゆく。



「〜〜〜〜〜〜、ッ!」



 ──かわえええええええええええええ!!


 ナンヤアレ!? 新種の小動物!?

 むっちゃかわええやん!?

 『はい!』って言ったよ、『はい!』って!

 なんなん!? 正気保つのが精一杯。

 異世界最高!


 荒れ狂う大海の如く、ハジメの胸中に庇護欲が去来する。


「あれっ? そういえば……」


 一通り悶え(まろ)んだ後、ふとハジメは気がついた。

 ベルが言った言葉を思い出す。


 『だいぶ汚れてた』。

 『洗濯しても落ちなかった』。


 …………?


 と、彼は首を傾げた。


「洗濯、してないんじゃないの……?」

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