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【みじめ】スキルで異世界生存中  作者: 岩流佐令
第一章 気絶、拉致、臨死
31/80

30匹目 ヤギ、調教中⑩

「──動くなァ!」


 ヤギ娘が叫んだ。

 彼女は全身で蛇みたいに絡みついて、気絶した美女の身体を拘束し、口や足で器用に引きずりつつ後退する。

 その右手に、銀色の何かをしっかりと掴んで。


 そのまま瓦礫を登っていくと、やがてその人質とともに二階に到着した。


「……アッハハハ! マジかよ、おいおい!

 倒しちゃったぜぇ? あ、ありえねえって。

 ……悪魔(デーモン)だぜ? な、なんなんだよお前、ふざけんなよ、ハッハハ!」


 娘はブツブツと独り言のように溢し、狂ったように笑った。

 その左腕は、服の切れ端の布をぐるぐると巻いて、応急措置はとったらしいと見える。


(ベ、ベルさん……あの、右手のヤツは……?)


(あ、あれは……)


 ハジメがベルに視線で問いかけた。

 この状況がただごとではない──娘の右手に光る銀色物体が、凶器じみたモノであることは容易に推測がついた。


 だが、ナイフではなさそうだった。

 ハジメも見たことがない、武器というよりは、道具みたいな。……


「う……ん?」


 と、ネコ耳美女が目覚めた。

 ハッとした彼女の瞳は、ヤギ娘の洗脳から解かれたように、もとの美しい、野性的な輝きに戻っている。

 その視界にまずハジメとベルが映った。

 が、すぐに自分が奇妙な肉体の檻に囚われていることに気がつくと、振り返り、ギョッとした。


「ネコ……動くなよ」


 美女はピタッと微動だにしなくなった。

 視線だけが上方に移動する。

 先端に突起のついたペンチみたいな物体が、拘束された彼女のネコ耳を挟み、静止していた。


「────ッ!?」


 美女は一瞬もがき、ジタバタとその包囲から抜け出そうとしたが、ペンチがグッと握られると、怯えたように動かなくなった。

 その顔が、混乱と、恐怖と、絶望に彩られる。


「いい子だ、ザクロ。お前は賢い。……男」


 と、ヤギ娘がハジメに語りかけた。


「男、自害しろ」


「「「!?」」」


 三人──ベル、ハジメ、ネコ耳美女が驚愕した。


「さもなくば、このネコを処刑する。……コイツでな!」


 ガッチャン!


 と、ペンチみたいな道具が空を綴じる。

 ホッチキスみたいな音が響いた。


「──いやああああああああああああああ!!」


 美女の耳元で発せられたその金属音に、彼女は発狂した。

 必死の脱出を試みるが、ヤギ娘にネコの耳介を噛まれ、恐怖で急速に脱力したようになる。


「ベル……あのペンチみたいなのはなんだ?」


 身動ぎできないハジメが、再び問うた。

 ベルは小声で答える。


「あれは、魔道具です」


「魔道具?」


 ハジメも小声で喋る。


「はい。アレで耳を開けられたら、一生残ります。『ピアス』の穴です」


「…………」


 ハジメはよく理解できない。

 が、自分の死と交渉材料にできるくらいには、強い意味を持つ行為であることがわかった。


「うう……」


 ネコ耳美女の眼から、涙がつたった。


「いや……いやあ。開けないで……やだ……」


 満面ぐちゃぐちゃに濡れて、子どもみたいに泣く。

 が、恐怖のためか、押し殺された声だ。


「う、ぐ……。そんなの……()()()()()()()()()()()()!」


 ガッチャン!


「──あああああああああああああああ!!」


 しかし、美女の嘆きは再び鳴ったペンチの音に阻止される。

 美女は押し当てられるペンチにやがて抵抗の色も消え、微動だにしなくなった。


「さあ、死ね! 死しておれの生贄となれ!」


 ギラギラと血走った眼でヤギ娘は叫んだ。

 もはや、娘が何を言っているのかわからない。

 ただ、尋常ではない狂気だけが、現在の彼女を動かしていた。


「ハジメさん……」


 ベルが二人にしか聞こえないように話した。


「隙を作って。あたしが盗む」


 最低限の言葉だった。

 その横顔は、なにか一案あるような、一か八か試そうとする閃きが見える。

 ハジメはヤギ娘に悟られないような面持ちで思考した。


 (隙を作る? どうやって? つーか、盗む? あのペンチを? ベルが?)


 怒涛の勢いで、考えが糸のように脳内をこんがらがる。

 ベルが一歩踏み出したのは、その時だった。


「動くな、つってんだろ! このアマ!」


「ひっ」


 ヤギ娘が威嚇するように脅迫した。

 同時に、囚われた美女の身体も大きく揺れる。

 そのネコ耳に挟まれたペンチが強く握られ、美女が小さく悲鳴をあげた。


「ハジメさん──お願いします」


 瞬間、ベルは走り出した!

 ヤギ娘がたじろぎ、動揺する。


「──うおおッ」


 わからなかった。

 わからないなりに、ハジメは思考し、そばに落ちていた瓦礫の一片を投げた。

 小石は宙を放物線を描きながら娘のほうへと向かった。


「な!?」


 ヤギ娘の注意が、疾走するベルからその小石に一瞬だけ向けられた。

 が、その一瞬のうちに、ベルは二階へと登り、敵の真ん前まで距離を詰めていた。


 ベルの手が、ヤギ娘の持つペンチへと伸ばされる。──




 ■■■




 ガッチャン!


 三度目の金属音が響いた。


 ネコ耳美女が二階から落下する。

 受け身も取らず、頭から、死んだように落ちていく。

 ハジメは咄嗟に危機を察知し、走った。

 スライディングした彼の身体の真上に、瓦礫を一度バウンドした美女の肉体が重なって落ちた。


「ぐぶッ」


 ハジメの口から、潰れたカエルみたいな声が出た。

 すぐさま、跳ね上がるように起き上がり、美女の生存確認をする。


「あ……ああ」


 美女は死んではいなかった。

 が、廃人のような目つきで、この世の全ての絶望を被り、もはや、死んでいるよりも悲惨な様相である。

 そのネコの耳介には、下方にBB弾大の穴が開けられていて、わずかに血が流れている。


「……ハッ。ベルさん!」


 美女を地面に寝かせると、すぐにハジメはベルの安否を確認した。

 彼女の姿は見えない。二階に登ったきりのようだ。


 (上には、ヤギ娘もいる!)


 ハジメは戦慄した。

 すぐに自分も瓦礫を登る。


「ベルさん!」


 果たして、二人はいた。

 仰向けに倒れたヤギ娘を覆いかぶさるように、ベルはいた。

 その手に、銀色のペンチを握りしめて。


「……終わった」


 ヤギ娘が放った。

 もうなにも持っていない右手で、顔を隠した。

 と、ベルが、ペンチを握ったままの手をヤギ娘に近づける。

 ビク、と娘が痙攣する。


「……憎しみのために、誰かを犠牲にしちゃだめ」


 ベルが言った。

 伸ばした腕は、そっとヤギ娘を抱きしめていた。


「…………」


 娘も、それを見ているハジメも、唖然とした。

 再びベルの口が開く。


「でも、それと同じくらいに──自分を生贄にするのはよくないです」


 と、ベルの身体が淡く光った。


「……あ、」


 途端、ガクッとヤギ娘の身体がもたれた。意識を失ったらしい。

 ベルはそれを床に安置させると、歩き出し、瓦礫を下り、ネコ耳美女のもとへと行った。

 呆然と立ち尽くしていたハジメも、移動する。


「ちゅう」


 下には、チュー三郎がいた。

 戦いが終わったのを見計らって、出てきたのだろうか。

 そのユニコーン型の角に、ベルのポシェットを吊り下げている。


「ありがとう、チュー三郎」


 受け取って、中の物を取りだす。


「ベルさん、それ……!」


 ハジメの目が見開いた。

 ベルの取り出したのは、例の小瓶──エリクサーだ。

 しかし、ハジメの持っているのではなく、ちゃんと中身が入っている。


「これが、最後の一本ですね……えへへ」


 少女ははにかみつつ、小瓶を開けた。

 と、ふわり、ミントのような香りが漂う。

 その内容物を美女に飲ませる。

 美女は戸惑ったふうにベルとハジメの顔を眺めたが、やがてその液体を受け入れた。


「あ……」


 飲むと、美女の耳介に薄い緑色の光が灯り、その穴が──ヤギ娘のペンチで開けられた、BB弾大の穴が、塞がれた。


「……いいのか?」


 ハジメは問うた。

 美女を許していいのか、という意味ではない。

 最後の一本、おそらくとても貴重な物であるエリクサーのラストを、そんな思い切りよくあげてしまっていいのか、という意味だ。


 少女は答える。美女を見つめながら。


「いいんです。あたしは、あたしがその時思ったことをしたい……今は、あなたにこれをあげたかった」


 ベルのはにかみが、深い柔らかみを帯びる。

 それを見るネコ耳美女の瞳が、潤い、生命の温かさに満ちてゆく。


「……『あなた』、じゃない」


「え?」


 美女の口が開かれた。

 恥ずかしいのか、照れくさいのか、申し訳ないのか。

 ぷいとそっぽを向いて、彼女は言った。


「あなたじゃなくって、ザクロ。わたしはザクロよ。助けてくれて、その……ありがとう」


 ネコ耳美女──ザクロのカーキ色の尻尾が、ゆらゆらと揺れる。

 その輪郭が、昇る朝日に反射して、黄金色に輝いていた。

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