28匹目 ヤギ、調教中⑧
ネコ vs ネズミ+人間
「ベル、危ない!」
ハジメはベルをかばった。
バチバチッと破裂音を出しながら、電気を纏った爪が彼の背中に当たり、その光が消滅する。
「チッ」
ネコ耳美女は舌打ちした。
彼女の綿密に魔力を込めて放った雷爪が、ハジメにはほとんど無効だったからである。
夜の半壊した屋敷に、かくして戦いは始まった。
美女は作戦を変更したようにジャンプして二人から五、六メートル離れると、青白い電流フィールドの向こうから遠距離攻撃にうって出た。
彼女は連続で光球の弾丸を仕掛けた。
が、ネズ耳少女をかばうその男にはまるで効いていない様子である。
再び大きな光球を練り出し、投げ放つ。
光球は二人を通り過ぎたあと、ぐん、と軌道を曲げ、迂回するとベルのほうへ猛烈に直進した。
それがものの二秒にも満たないスピードであることから、このネコ耳美女の途方もない、本来の戦闘力が伺い知れる。
「なんなんだよ、クソ!」
が、これもまた虚しくハジメの振り回した腕に弾かれた。
ベルはネズ耳を竦めてハジメの腕の中に護られている。
「……これなら、いけるか?」
ネコ耳美女がポツリと呟くと、やにわに傍らの落石をハジメの後頭部めがけて投げ打った。
小石が青白い光を纏い、二人のもとへ水平に繰り出される。
ハジメはそれに気づき、ベルとともに避けようとした。
が、かばいきれないと判断したか、まともに小石の弾丸を喰らった。
「痛ってぇッ!」
攻撃が、通った。
彼はベルの横をズレながらかすめ、そのまま小石弾丸に三メートルほど吹っ飛ばされた。
「やっぱり、そうなのね……あなた、弱い攻撃には弱い。ふふ、不思議な話ね」
美女の笑みが確信と勝利に彩られる。
「じゃあ、話は早いわ……喰らいな!」
と、美女は無色の、なんの魔力も込めていない小石を、あたかも子どもが投げるみたいに放った。
「くッ──」
すぐ前の攻撃で倒れていたハジメは、それがすぐに避けられないと悟ると目を瞑った。
──と。
パシッ。
小石をキャッチする音が聞こえた。
「ベルさん!」
ベルは顔に掲げたその小さな拳に小石を握っていた。
チュー三郎が彼女のポシェットを食わえて持っている。
少女はくるりとハジメのほうを振り返ると、果敢な眼差しで告げた。
「ハジメさん! あたしはあなたの力がわからない──けど、このくらいなら防ぎます! だから、どうかお気になさらず、逃げてください!」
『逃げてください』。──
この期に及んで、彼女は自分を逃がそうとしているのだと気づくと、ハジメはハッとして叫んだ。
「いいえ、逃げません! 逃げるもんか! あなたを残して、ボクは──」
と言い掛ける間に、今度は電気ボールが二人を覆うように飛んできた。
美女の猛攻は止まない。
「ッ、オオ!」
ハジメは駆け出し、ベルの盾となる。
再びボールは弾き飛ばされ、消滅した。
美女はその一連の行動に激昂して毛並みを逆立てると、ハジメへと瞬時に距離を縮め、近接格闘に移った。
「うわ! だから、なんだよ、クッ……!」
ハジメはモロに喰らってはいるが、持ち堪えている。
その電気を纏ったパンチ、キック、突進等を受けるたび、徐々にハジメの身体が後退する。
その距離を見計らって、美女は唐突にくるりと身をひるがえす。
その電撃の魔手はベルへと向かった。
(かばいきれない!)
「うおおおおおおおおおッ!」
雷爪がベルに届く寸前で、ハジメはネコ耳美女を殴りつけた。
すると、美女の肉体がおおいに吹っ飛び、ヤギ娘のいる二階の下の瓦礫に衝突した!
「…………」
その様子を見下しているヤギ娘の表情は、見えない。
「ぐ、う……ガアッ!」
ネコ耳美女はいよいよ取り憑かれたように瓦礫を払って、全身に電撃を纏った。
その手に、大量の小石を握りしめて。
獣のなびくような毛が、地面から糸のように揺蕩い昇る電流に、総逆立ちしている。
尾がブラシみたいに膨れ上がった。
「──フ、」
一瞬、美女の姿が消えた。
と、いつの間にかハジメの後ろに立って、雷爪を浴びせていた。
ハジメは少しよろめき、ベルのほうへと寄る。
すぐに今度は弾丸のような小石がハジメを襲った。
が、それを再び側のベルがキャッチする。
「あ、ありがとうございます、ベルさん!」
「ハジメさん、離れないでください!」
二人は攻撃を躱すうちに、そう語り合った。……
■■■
「なんだ、これは……」
ヤギ娘はフィールドを観て、呆然としていた。
レベル100超のネコ獣人が、たった二人の人間と獣人に、ここまでしてやられる。
男の方は、ネコ耳美女から話には聞いていたが、にわかには信じがたいことだった。
しかし、眼前の光景は異様としか言いようがなく、戦況は芳しいとは言えなくなっている。
まず、ネコ耳美女がベルを攻撃すると、ハジメがそれを防御する。
そのハジメには美女の攻撃は通用しない。
だから、破片──弱い投擲を仕掛ければ、しかし、ベルに受け止められる。
二人は決して離れず、美女の繰り返す猛攻をなんとかしのぎ切っている。
見事な連携プレーだった。
「おらああッ!」
ハッとヤギ娘が目を見張ると、再び男がネコ耳美女を殴っていた。
美女は地に叩きつけられ、二メートルもバウンドしたかと思うと、そのまま重力に逆らうことなく落ちて、荷物のように動かなくなった。
「おい! そこのヤギ娘!」
勝利の男が叫んだ。
こちらを向いている。
「お前の目的は俺にはわからない。だが、これ以上こちらに関わらないでほしい! それと、もう、こういったことはやらないでくれ!」
堂々とした眼差しだった。
男はネズ耳少女の手を取ると、踵を返し、その場を去ろうとする。
「……ふざけるな」
今まで傍観していたヤギ娘の口が開かれた。
「お前ごとき虫ケラが、おれに指図するな……えらそうに……」
娘はブツブツと、なにやら独り言を呟いている様子である。
「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう」
「? なにを……」
ハジメが娘のほうを振り返り、一歩踏み出した。──途端、
「──ハハハハハハハハハハハハハハ!」
ヤギ娘は笑った。
「駄目だった! コイツも、ちがかった! アハハハハッ!」
ハジメがなにかを言おうとした。
が、その瞬間。
グサッ!
娘は自身の左腕に、岩の刃を突き立てた!
「────!?」
ハジメは驚愕した。
隣のベルも、その衝撃的な光景に目を見開いている。
鋭利な岩は娘の腕を貫通し、そこから噴水のように血が溢れ出している。
娘は依然として顔に邪悪な笑みを浮かべつつ、滴るその左手を自身の角にあてがった。
「【生贄】──」
■■■
拡散する、複数の赤黒い光芒。
それらは娘の腕から発せられ、次第に彼女の全身を覆った。
やがてハジメたちの地面に、巨大な魔法陣が光って浮かび上がる。
そこから炎が地獄のようにうねって、世にも禍々しいモンスターが出現した。
その姿は至極色の──まさに、悪魔。
「《悪魔王》……」
ベルがうめく。
その表情は、絶望に包まれていた。




