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【みじめ】スキルで異世界生存中  作者: 岩流佐令
第一章 気絶、拉致、臨死
27/80

26匹目 ヤギ、調教中⑥

ヤギの過去

「おら! おめー、モンスターだろ!」


「やーい、ツノっ子、ツノっ子ぉー」


「ハハハハハハハ──」


 子どもたちの群れ。

 それらは、中心に囲んだ一人の幼い女子を寄ってたかって罵倒している。

 幼女は泣き叫ぶ。


「ちがうもん、ちがうもん……ぐすっ。パパとママも、()()()生えてた! あたし、あたし、ヤギ族……ひっぐ。だから、モンスターなんかじゃないもん!」


 子どもたちはその幼女を見下すと、仲間内で顔を見合わせ、げらげらと嗤った。


「ドリー、ドリー、泣き虫ドリー!」


「なーるほど。じゃあ、おめーの親もモンスターか! モンスターの子どもだ!」


「モンスターの子ども! モンスターの子ども!」


「ちがう……ちがう……」


 幼女はうずくまり、依然として泣きながら、その小さいケモ耳を両手でふさぐ。

 その頭部には、反り返った大きな角が生えている。

 眼帯は、付けていない。


「「モンスターの子ども! モンスターの子ども!」」


 子どもたちの合唱が響き渡る。

 幼女──『ドリー』と呼ばれた小さなヤギ獣人は、その合唱から逃げ出した。

 細く、幼い体躯にしては結構なスピードだ。


「あ、待て! ドリー!」


「おーい! ヒレツなモンスターが逃げやがったぞ!」


「捕らえろ、捕らえろー!」


「ハハハハハハハ──」


 幼女は懸命に駆けた。

 すばしっこく、また驚くべきことに、集落の向こうの切り立った崖をピョンピョンと登っていく。

 十五メートルぐらいはありそうなその崖を登り切ると、幼女の姿はそのまま山の向こうへ消えた。


「あんにゃろう……」


 子どもたちはあっけにとられ、中には舌打ちをする者もいた。




 ■■■




「ひどい……ひどい。みんなして、あたしのおツノ……ひぐっ」


 山の中。

 大きな一本の木の下に、幼女は座り泣いていた。


「パパとママのおツノだもん……()()()()()()、パパとママの……」


「──ピュイ?」


 ふと、側の茂みから小さいモンスターが出てきた。

 足が六本ある、全身羽根みたいな黒い和毛(にこげ)で覆われた、仔馬のようなモンスターだ。

 もちろん、その頭部にはユニコーンよろしく──しかし、少し丸みを帯びた──角が生えている。


「──メエメエ!」


 途端、幼女の両眼から、ぱあっと喜びの光が散った。


「来てくれたの、今日も!」


「ピュルルルル……」


 仔馬のモンスターは嬉しそうにいななくと、幼女のもとへ走った。


「メエメエ、メエメエ、うふふふっ」


 彼女は全身で仔馬を抱きとめた。

 そのままゴロゴロと草を転がり、山の中を二つの小さな生き物がはしゃいだ。


 仔馬は幼女の目尻に付いた涙を認めると、それを拭うように、ペロリ、と舐めた。


「ありがと、ふふっ」


 幼女は満面の笑みを浮かべる。


「ねえ、メエメエ……あたしがなんで泣いてたか、ききたい?」


「ピュイ?」


 小さなモンスターはつぶらな瞳で、小首を傾げた。


「あのね。ムラのみんながね、あたしのこと、『モンスターだー!』って、言うの。このおツノのことね。ヤギ獣人は、みんなあんまし見ないみたい。だから、めずらしいから……」


 幼女は拙い言葉でも、考えながら続ける。


「あたしね、『ツノっ子』って呼ばれてるの。みんながそういうの。たまに、おじさんとかおばさんとか、大人たちにも言われる。──あ、でも!」


 と、ここで区切った。


「メエメエは別よ。メエメエはわるいモンスターじゃないよ? ……だって、メエメエのおツノ、()()()()もん!」


 幼女は黒い仔馬をぎゅ、と抱きしめた。

 そのモンスターの鋭くない角に、ちゅ、と幼い口づけをする。

 と、おもむろに暗い顔になって、なにかを思い出すように、ポツリ、呟いた。


「……みんな、さみしいんだよ」


 幼女が言う。


「みんなね、むかしのタタカイで、パパとママが死んじゃった子たちなの──おじさんたちが言ってた。だからね、さみしいの。さみしいから、みんな、あたしのこと……」


「ピューイッ」


 ペロ、とまた仔馬が頬を舐めた。

 繰り返し、ペロペロと幼女の顔を舐め続ける。


「ふふ、くすぐったいよ……さみしくない、さみしくない! あたしには、メエメエがいるからー、っと! ふふっ、このー!」


 幼女は幼獣の角にガブリと噛みついた。

 甘噛みである。

 そのままハムハムと唇で遊んでいる。


「ピュルルン!」


「あははははははっ!」


 山の草むらに、二つの幼いケモノたちの声がこだました。




 ■■■




 翌日。

 再び幼女は山の大木のところへ来ていた。

 どうやら、ここがいつもの仔馬との待ち合わせ場所らしい。

 幼女が来ると、すぐに気がついて仔馬も来た。


「ありがとう。今日も一緒にいようね」


 幼女は微笑む。仔馬が近寄る。


「ほーら、ここにいた!」


 突如、子どもの声が聞こえた。

 集落の子どもたちだ。


「あ……」


 幼女──ドリーは怯えている。


「モンスター、はっけーん!」


「手間かけさせやがって……あ、逃げたぞ!」


「モンスター狩りだ! みんな、捕まえろ!」


 ドリーは走った。

 が、木の根につまずいて転んでしまい、子ども二人に取り押さえられた。


「おら、おとなしくしろ!」


「うわ、なんだコイツ!?」


 と、子どもがモンスター──黒い仔馬の存在に気づいた。


「ま、マジもんのモンスターじゃねえか……さては、ドリーの使い魔だな!?」


「やべえよ、やべえよ。ムラの大人たちに知らせなきゃ!」


「モンスターがモンスター連れてらぁ! ツノっ子、ツノっ子だぁ!」


 ドリーは捕らえられながら、もがいた。


「ちがう! その子はわるいモンスターじゃない! あたしの『()()()』なの!」


「うっせえ! モンスターは殺すんだよ! かばうってことは、お前もモンスターだぞ!」


 ガッ!


 子どもの一人、男の子がドリーの角を石で殴った。

 その付け根からツツ、とゆるやかに血が滴り落ちる。


「ピュウーーーーーーイィ!」


 ドリーが攻撃されたと同時に、仔馬が飛び出す。

 その角で、彼女を捕らえていた二人の子どもを薙ぎ払った!


「ぐあ!」


 子どもが飛びずさる。

 その腕に、かすかに打撲痕ができた。


「コイツッ、攻撃したぞ!」


「痛え、痛えよ……」


 二人のうち片方の子どもは骨が折れたようで、必死にうめいている。


「メエメエ!」


 ドリーはモンスターに駆け寄った。

 小さい猛獣は足踏みをし、ブルル……と唸り声をあげている。


「に、逃げろ! モンスターが襲って来るぞ!」


「ああ……早く、大人たちに!」


 ドリーはハッとする。


「やめて! 大人たちには言わないで!」


「逃げろ、逃げろ!」


 幼女の叫びも虚しく、子どもたちは半狂乱になって山を駆け下りた。


 残ったドリーはただひたすらに祈るように、勇敢な騎士(ナイト)となった幼獣を抱いていた。


「ああ、どうか。どうか……神さま!」




 ■■■




 夜になると、集落は慌てふためいて、大勢の若い男たちが灯りを持って山へ赴いた。


 幼女ドリーは仔馬のモンスターを抱きながら、木の下でいつの間にか眠りについていた。

 すると、男たちの足音が聞こえ、仔馬は幼女の腕からするりと離れた。

 そして彼女が眠っているうちに、どこかへ走り去っていった。


「ドリー、ドリーじゃないか!」


 壮年の男の声が聞こえた。

 幼女は目を覚ます。


「あ……おじさん。──メエメエは!?」


 彼女は自分の騎士がいないのに気付いた。


「お前、なんでこんなところに! ここは今危ないんだ、今日の昼間、村の子どもたちがモンスターに襲われたんだよ。二人、怪我をした。一人は腕を折られた」


「メエメエ、メエメエ!」


「黙って聞くんだ! いいか? ここいらにはモンスターがいるらしい。しかも、子どもたちの情報によると、黒い、毛が羽根のような馬──間違いない、《暴風黒馬(ストーム・ホース)》だ。幼獣だったらしいから、親もいるだろう。だとしたら、獲物はB級モンスターだ──村の男たち、全員かき集めても、駆除できるかどうか……」


 駆除、という言葉に、ピクリと幼女のケモ耳が反応した。


「その、子どものほうは!?」


「だから言っただろう。二人負傷だ」


 ちがう、と心の中で叫んだ。

 彼女が訊きたかったのは、仔馬のことだったのだから。


「とにかく、ここにいると危ない。早く村へ帰るんだ!」


「おじさん、やめて! メエメエを殺しちゃダメ!」


「お前は、何を言っている? メエメエって、まさか──」


 男は突然、ぎょっとした目つきを幼女へ向けた。

 その眼は、ドリーの角へ注がれている。


「『ツノっ子』……」


 男が呟いた。

 ドリーはぞく、と身震いして、たちまちその場を走り、山を下りた。

 後ろの方から、馬のいななき声が響いた。


 幼女は、走った。

 角の付け根の乾ききった血に触れながら、泣き叫び、祈りながら。……




 ■■■




 一日が経った。夜。

 ドリーは再び集落から抜けて、山の大木の下へ来ていた。


 村は、多くの犠牲を出した。

 働き盛りの男を、二十人ほど失った。

 だが、それはほとんど、この幼女にとってはどうでもいいことだった。


「メエメエ……」


 親馬は駆逐された。

 屍体は確保され、その貴重な素材は、村の今後の財産となるだろう。

 そして、仔馬のほうは。──


「ああ……」


 幼女は崩折れた。

 彼女の膝元には、赤黒い物体が転がっている。

 その先端には、鋭くない、ユニコーンの角のような部分が、星明かりに、鈍色に閃いた。


「……………………」


 幼女は膝立ちになったまま、呆然として俯く。

 と、にわかに頭を上げたかと思うと、その顔面をがばっ、と両腕で覆った。


「……ちがう」


 ポツリ、呟く。


「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう」


 幼い声が闇の木々に響く。

 徐々に、徐々に、その小さな両手が自身の頭部──角のほうへと持っていかれる。


「ちがう──あたしは。この子は……おれは」


 ぐっ、と、強く、自らの角を掴んだ。

 その表情を、腕と、夜闇が隠す。


()()()()()()()()()()()()()()




 ■■■




 …………


「──【生贄(スケープ・ゴート)】」

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