26匹目 ヤギ、調教中⑥
ヤギの過去
「おら! おめー、モンスターだろ!」
「やーい、ツノっ子、ツノっ子ぉー」
「ハハハハハハハ──」
子どもたちの群れ。
それらは、中心に囲んだ一人の幼い女子を寄ってたかって罵倒している。
幼女は泣き叫ぶ。
「ちがうもん、ちがうもん……ぐすっ。パパとママも、おツノ生えてた! あたし、あたし、ヤギ族……ひっぐ。だから、モンスターなんかじゃないもん!」
子どもたちはその幼女を見下すと、仲間内で顔を見合わせ、げらげらと嗤った。
「ドリー、ドリー、泣き虫ドリー!」
「なーるほど。じゃあ、おめーの親もモンスターか! モンスターの子どもだ!」
「モンスターの子ども! モンスターの子ども!」
「ちがう……ちがう……」
幼女はうずくまり、依然として泣きながら、その小さいケモ耳を両手でふさぐ。
その頭部には、反り返った大きな角が生えている。
眼帯は、付けていない。
「「モンスターの子ども! モンスターの子ども!」」
子どもたちの合唱が響き渡る。
幼女──『ドリー』と呼ばれた小さなヤギ獣人は、その合唱から逃げ出した。
細く、幼い体躯にしては結構なスピードだ。
「あ、待て! ドリー!」
「おーい! ヒレツなモンスターが逃げやがったぞ!」
「捕らえろ、捕らえろー!」
「ハハハハハハハ──」
幼女は懸命に駆けた。
すばしっこく、また驚くべきことに、集落の向こうの切り立った崖をピョンピョンと登っていく。
十五メートルぐらいはありそうなその崖を登り切ると、幼女の姿はそのまま山の向こうへ消えた。
「あんにゃろう……」
子どもたちはあっけにとられ、中には舌打ちをする者もいた。
■■■
「ひどい……ひどい。みんなして、あたしのおツノ……ひぐっ」
山の中。
大きな一本の木の下に、幼女は座り泣いていた。
「パパとママのおツノだもん……大好きだった、パパとママの……」
「──ピュイ?」
ふと、側の茂みから小さいモンスターが出てきた。
足が六本ある、全身羽根みたいな黒い和毛で覆われた、仔馬のようなモンスターだ。
もちろん、その頭部にはユニコーンよろしく──しかし、少し丸みを帯びた──角が生えている。
「──メエメエ!」
途端、幼女の両眼から、ぱあっと喜びの光が散った。
「来てくれたの、今日も!」
「ピュルルルル……」
仔馬のモンスターは嬉しそうにいななくと、幼女のもとへ走った。
「メエメエ、メエメエ、うふふふっ」
彼女は全身で仔馬を抱きとめた。
そのままゴロゴロと草を転がり、山の中を二つの小さな生き物がはしゃいだ。
仔馬は幼女の目尻に付いた涙を認めると、それを拭うように、ペロリ、と舐めた。
「ありがと、ふふっ」
幼女は満面の笑みを浮かべる。
「ねえ、メエメエ……あたしがなんで泣いてたか、ききたい?」
「ピュイ?」
小さなモンスターはつぶらな瞳で、小首を傾げた。
「あのね。ムラのみんながね、あたしのこと、『モンスターだー!』って、言うの。このおツノのことね。ヤギ獣人は、みんなあんまし見ないみたい。だから、めずらしいから……」
幼女は拙い言葉でも、考えながら続ける。
「あたしね、『ツノっ子』って呼ばれてるの。みんながそういうの。たまに、おじさんとかおばさんとか、大人たちにも言われる。──あ、でも!」
と、ここで区切った。
「メエメエは別よ。メエメエはわるいモンスターじゃないよ? ……だって、メエメエのおツノ、かわいいもん!」
幼女は黒い仔馬をぎゅ、と抱きしめた。
そのモンスターの鋭くない角に、ちゅ、と幼い口づけをする。
と、おもむろに暗い顔になって、なにかを思い出すように、ポツリ、呟いた。
「……みんな、さみしいんだよ」
幼女が言う。
「みんなね、むかしのタタカイで、パパとママが死んじゃった子たちなの──おじさんたちが言ってた。だからね、さみしいの。さみしいから、みんな、あたしのこと……」
「ピューイッ」
ペロ、とまた仔馬が頬を舐めた。
繰り返し、ペロペロと幼女の顔を舐め続ける。
「ふふ、くすぐったいよ……さみしくない、さみしくない! あたしには、メエメエがいるからー、っと! ふふっ、このー!」
幼女は幼獣の角にガブリと噛みついた。
甘噛みである。
そのままハムハムと唇で遊んでいる。
「ピュルルン!」
「あははははははっ!」
山の草むらに、二つの幼いケモノたちの声がこだました。
■■■
翌日。
再び幼女は山の大木のところへ来ていた。
どうやら、ここがいつもの仔馬との待ち合わせ場所らしい。
幼女が来ると、すぐに気がついて仔馬も来た。
「ありがとう。今日も一緒にいようね」
幼女は微笑む。仔馬が近寄る。
「ほーら、ここにいた!」
突如、子どもの声が聞こえた。
集落の子どもたちだ。
「あ……」
幼女──ドリーは怯えている。
「モンスター、はっけーん!」
「手間かけさせやがって……あ、逃げたぞ!」
「モンスター狩りだ! みんな、捕まえろ!」
ドリーは走った。
が、木の根につまずいて転んでしまい、子ども二人に取り押さえられた。
「おら、おとなしくしろ!」
「うわ、なんだコイツ!?」
と、子どもがモンスター──黒い仔馬の存在に気づいた。
「ま、マジもんのモンスターじゃねえか……さては、ドリーの使い魔だな!?」
「やべえよ、やべえよ。ムラの大人たちに知らせなきゃ!」
「モンスターがモンスター連れてらぁ! ツノっ子、ツノっ子だぁ!」
ドリーは捕らえられながら、もがいた。
「ちがう! その子はわるいモンスターじゃない! あたしの『友だち』なの!」
「うっせえ! モンスターは殺すんだよ! かばうってことは、お前もモンスターだぞ!」
ガッ!
子どもの一人、男の子がドリーの角を石で殴った。
その付け根からツツ、とゆるやかに血が滴り落ちる。
「ピュウーーーーーーイィ!」
ドリーが攻撃されたと同時に、仔馬が飛び出す。
その角で、彼女を捕らえていた二人の子どもを薙ぎ払った!
「ぐあ!」
子どもが飛びずさる。
その腕に、かすかに打撲痕ができた。
「コイツッ、攻撃したぞ!」
「痛え、痛えよ……」
二人のうち片方の子どもは骨が折れたようで、必死にうめいている。
「メエメエ!」
ドリーはモンスターに駆け寄った。
小さい猛獣は足踏みをし、ブルル……と唸り声をあげている。
「に、逃げろ! モンスターが襲って来るぞ!」
「ああ……早く、大人たちに!」
ドリーはハッとする。
「やめて! 大人たちには言わないで!」
「逃げろ、逃げろ!」
幼女の叫びも虚しく、子どもたちは半狂乱になって山を駆け下りた。
残ったドリーはただひたすらに祈るように、勇敢な騎士となった幼獣を抱いていた。
「ああ、どうか。どうか……神さま!」
■■■
夜になると、集落は慌てふためいて、大勢の若い男たちが灯りを持って山へ赴いた。
幼女ドリーは仔馬のモンスターを抱きながら、木の下でいつの間にか眠りについていた。
すると、男たちの足音が聞こえ、仔馬は幼女の腕からするりと離れた。
そして彼女が眠っているうちに、どこかへ走り去っていった。
「ドリー、ドリーじゃないか!」
壮年の男の声が聞こえた。
幼女は目を覚ます。
「あ……おじさん。──メエメエは!?」
彼女は自分の騎士がいないのに気付いた。
「お前、なんでこんなところに! ここは今危ないんだ、今日の昼間、村の子どもたちがモンスターに襲われたんだよ。二人、怪我をした。一人は腕を折られた」
「メエメエ、メエメエ!」
「黙って聞くんだ! いいか? ここいらにはモンスターがいるらしい。しかも、子どもたちの情報によると、黒い、毛が羽根のような馬──間違いない、《暴風黒馬》だ。幼獣だったらしいから、親もいるだろう。だとしたら、獲物はB級モンスターだ──村の男たち、全員かき集めても、駆除できるかどうか……」
駆除、という言葉に、ピクリと幼女のケモ耳が反応した。
「その、子どものほうは!?」
「だから言っただろう。二人負傷だ」
ちがう、と心の中で叫んだ。
彼女が訊きたかったのは、仔馬のことだったのだから。
「とにかく、ここにいると危ない。早く村へ帰るんだ!」
「おじさん、やめて! メエメエを殺しちゃダメ!」
「お前は、何を言っている? メエメエって、まさか──」
男は突然、ぎょっとした目つきを幼女へ向けた。
その眼は、ドリーの角へ注がれている。
「『ツノっ子』……」
男が呟いた。
ドリーはぞく、と身震いして、たちまちその場を走り、山を下りた。
後ろの方から、馬のいななき声が響いた。
幼女は、走った。
角の付け根の乾ききった血に触れながら、泣き叫び、祈りながら。……
■■■
一日が経った。夜。
ドリーは再び集落から抜けて、山の大木の下へ来ていた。
村は、多くの犠牲を出した。
働き盛りの男を、二十人ほど失った。
だが、それはほとんど、この幼女にとってはどうでもいいことだった。
「メエメエ……」
親馬は駆逐された。
屍体は確保され、その貴重な素材は、村の今後の財産となるだろう。
そして、仔馬のほうは。──
「ああ……」
幼女は崩折れた。
彼女の膝元には、赤黒い物体が転がっている。
その先端には、鋭くない、ユニコーンの角のような部分が、星明かりに、鈍色に閃いた。
「……………………」
幼女は膝立ちになったまま、呆然として俯く。
と、にわかに頭を上げたかと思うと、その顔面をがばっ、と両腕で覆った。
「……ちがう」
ポツリ、呟く。
「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう」
幼い声が闇の木々に響く。
徐々に、徐々に、その小さな両手が自身の頭部──角のほうへと持っていかれる。
「ちがう──あたしは。この子は……おれは」
ぐっ、と、強く、自らの角を掴んだ。
その表情を、腕と、夜闇が隠す。
「この子は、おれの友だちじゃ、ない」
■■■
…………
「──【生贄】」




