24匹目 ヤギ、調教中④
ベル善戦
「ハジメさん……どこに」
ベルはチュー三郎を追いかける。彼女は妙な胸騒ぎに襲われていた。
先ほどの、雷鳴。街の中心辺りに光って落ちた、轟音。
根拠はないが、そこにハジメの手がかりあがあると勘付いていた。それは、ほとんど彼女の本能的なものである。
しかし、獣人の本能というものは割合と信頼できる精度を誇っている。
事実、ベルもそうやって生きてきたし、ダンジョン(あの洞窟の住処)を発見したチュー三郎が良い例だ。
と言っても、チュー三郎は獣人ではなくモンスターであるが。
ベルは街の中央に出た。
あの噴水の広場が見える、人々が活気づいているところである。
ちょうど、ハジメが到着したギルドとは当たらずとも遠からずの位置関係である。
「あっ……!」
ドン、とベルは人にぶつかった。
チュー三郎が振り返る。
「すみませ──」
「オウオウオウ! 痛えじゃねえかぁ、嬢ちゃん!」
タチの悪いチンピラである。こういうのはどこの世界にもいるらしい。
不幸なことに、ベルはそいつら──三人組の男共につっかかられた。
「ええ!? おれのペロペロキャンデーが、服にべっとりくっついちまったッ。くそう、嬢ちゃん、どう落とし前つけてくれるんだ、コラア」
男の怒鳴り声を浴び、ベルは早口に言う。
「す、すみません。弁償します。クリーニング代も払います。あのあたし、今は急用があるんです、本当に申し訳ないのですがお話は──」
「ああん!? こちとら昨日もネコ耳の姉ちゃんにしばかれてんだよ、嬢ちゃん、あんたも獣人かぁ!?」
そう。この男は昨夜、路でネコ耳美女につっかかった、あの酔っぱらい男であった。
だが、その事実をこの哀れな少女が知る由もない。
「アニキぃ! 見てくんなせえ、こやつネズミ族ですぜえ! げへへ」
突然、傍らの太った男がベルのネズ耳を強引に、無造作に掴んだ。
ばっ、とネズ耳を庇うベル。
その目は男三人という、多数対一人──そうでなくても、大の野蛮な男である──への恐怖に、怯えた色をしている。
「なにぃ、ネズミだあ?」
男のうち、昨夜の酔っぱらい、今日のペロペロキャンディのリーダー格が言った。
「ネズミか……ぐへへ、どうりでチビだと思った。へえ、なるほどなぁ。実際に見ると、薄汚え、ドブみたいな奴だぜ、ハハハハハ!」
「ちょっとぅ、からかいすぎよん、アニキィ」
今の声は最後の一人。口紅を塗って身体をクネクネと動かしている、ちょっと独特な男性である。
「ああん!? いいんだよ、こいつらネズミはなあ、人間様の所有物を横から卑怯に奪って生きている、盗っ人種族だからなあ!」
リーダーの男がベルの頰をグッと引き寄せる。掴んだ手は強く、少女は抜け出せない。
「ネズミさんよう、人間の飯は美味えか? 家は心地いいか? 服はあったけえか?」
「…………」
「どれもこれも、盗んだものだろう? 他人のモノだ。お前が勝ち取ったもんは、ない」
「……ちがいます」
「いいや、違わねえ。ネズミはそういう種族だ。人間が飢饉にあったときも、お前らは盗みをやめなかった」
男は静かな、嗤うような目で少女を睨んでいる。少女はそれを冷たく見返している。
「……過去の話です。それを言ったら、人間は、」
「いいや過去じゃない。おれのクソジジイがそうだ。それが親父に受け継がれ、そしておれにも……」
男の指に力が込められた。少女の顔がわずかに歪む。
道行く人々は、この争いを見ていなかった。視界には入っていたが、無関心を装い、誰もがひそかな傍観者となっている。
少女はこの男とは、話が通じないと悟った。少なくとも今すぐには和解できそうもないし、またその余裕もない。
「それっ。やっちまえ、アニキィ!」
「ちょっとアニキ、もういいじゃない。そんなの放っといて、アタシたちとまた遊びましょん?」
太っちょと口紅が言う。
「騒ぐな、お前ら。……ほう」
と、リーダーがベルの顔を覗く。
「ツラはいいな。どうせその服も盗みモンだろ? ちょっと、味見を──」
「────!」
急に男の顔が迫りきた。
と、ベルの身体は反射的にしゃがみ込み、魔の手から逃れた!
「くそッ、てめえ──」
それは少女の、いわば本能による行動であった。
ベルは目にも留まらぬ物凄いスピードで、ほとんど別の人間のように動いた。
彼女の動きは三人の男──順に、リーダー、太っちょ、口紅──の間へ走ったかと思えば、急速に何かを掴み取るようなジェスチャーをして、迅雷のようにその場を過ぎ去り、路の中央で静止した。
「「「?」」」
男三人組は瞬時に理解できず、そんなふうに頭上にクエスチョンマークを浮かび上がらせた。
──と。
ズルッ!
いきなり、リーダーのズボンが脱げ落ちた!
「「「な!?」」」
男のくまちゃんパンツが顕わになったとき、三人は同時に叫び、ネズ耳少女の手を見た。
少女の拳に高々と握られた、ベルトと、『お食事券』と書かれたチケットと、ショッキングピンクのビキニ姿の男性(あの薬屋の男性店員だ)の写真。
「おれのベルト!」
「おいらのお食事券!」
「マイ・ダーリン!」
三者三様の悲鳴が街に響き渡った。
少女は男たちを見渡すと、握りしめたそれらを、遠く遠く、噴水のほうまで放り投げた!
「「「ああっ!」」」
三人は反射的に駆け出した。ただ一人、リーダーは脱げたズボンに足を取られ、そのまま、ズデッ、と転んだが。
「飴とお洋服、すみませんでした! お金は服に入れときました、急ぐので行きます、さようなら!」
ベルはスラスラと言い、その場を立ち去った。
チュー三郎も駆けた。その後を追う。
往来は、この奇妙な事件に皆どよめいていた。
 




