23匹目 ヤギ、調教中③
ベルの匂い
「もう、ハジメさんったら……あんなに意固地にならなくてもいいじゃないですか」
ネズ耳少女はぷくー、と頬を膨らませる。
彼女は今、一人だ。
草むらを掻き分け、何か作業をしている。
と、草の中で動く影がある。
ガサガサ、とそこを探ってみると、お目当てのものが見えた。
「こればっかりは、ハジメさんも出来ませんからね……」
スライムだ。
ベルは今、生活水の調達に、スライム狩りをしている。
街と、例の洞窟住居から少し離れた場所である。
「よいしょ、と」
素手でひょいと掴むと、背負った籠の中に入れる。
籠は、すでにその四割ほどスライムで満たされている。
少女ははにかみ、汗を拭う。献身の喜びである。
「……?」
突然、辺りが暗くなった。
スライムを採る手を止め、見上げる。
空は灰色に曇っていた。ただの曇りではない。それも、様子が尋常ではない。
大気層はゴロゴロと唸り声を上げ、天空の光が、全て一点に集約されているようだった。
その光の集中先は、街だ。
「ハジメさん……?」
ベルのネズ耳がピクリ、と動いた。
彼は朝、外へ行くと言った。
何処へ行ったのか、街であるかは定かではない。
しかしベルは不思議と、ハジメが今あの光の集中する場所にいるのではないかと予感した。
すると、
■■■
ドゴォオオオオオオン!
いきなり、天が裂けるような猛烈な音が響いた!
それは集約した光によって爆発し、たちまち辺りは、元の太陽のある草原景色に戻っていた。
「ひゃう!」
ベルはその雷の衝撃に驚き、バランスを崩す。──と、
ゴツンッ。
隣にあった岩に、頭をぶつけた。
「ちゅう……」
少女は目を回した。
その頭上には星がクルクルと飛び散っている。
瞬間、彼女の脳に小さな電流が走った。
(思い、出した!)
少女はにわかに顔を赤くした。
昨晩の記憶が蘇ったのである。
「あ……」
手で顔を覆う。
ネズ耳がピンク色に物凄く燃えている。
同時に、今朝のハジメの挙動不審さの理由にも思い当たる。
「う」
少女は息が出来なくなった。
■■■
「ちゅう」
今度は、本物のネズミの声である。
「うあ……チュー三郎?」
ベルは顔を上げる。草むらには、一匹のネズミがいた。
「どうしたの……? なにかあった?」
ベルはまだショックの様子だ。少し目に涙が浮かんでいる。
「どうしよう。チュー三郎、あたし……」
籠のスライムは、いつの間にか逃げていた。
籠は、先ほど岩にぶつかった際に、背中から脱げ落ちたのだ。今もそこに横たわっている。
「あたし、ハジメさんに……」
ピク、とチュー三郎の耳が動いた。
『ハジメ』という単語に反応したらしい。
「ちゅ」
チュー三郎は街の方へ振り返る。鼻がひくひくと動かされる。
「……?」
ベルは小首を傾げる。
くるっとこちらを向いたチュー三郎は、テテテとベルの腕を登った。
ベルは両手でそれを受け止め、その小ネズミと向かい合う。
「ちゅ、ちゅう」
「え?」
ベルは涙を湛えながら聞き返す。
どうやら、ネズミとの会話が成立しているらしい。
ネズミはベルと街とを交互に見遣り、スンスンと再び鼻をひくつかせる。
「ハジメさん」
少女は呟く。
「──あたしの匂い?」




