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【みじめ】スキルで異世界生存中  作者: 岩流佐令
第一章 気絶、拉致、臨死
23/80

22匹目 ヤギ、調教中②

襲撃

「やっぱし、ベル、覚えてねーのか……昨夜のこと」


 ハジメは嘆息した。

 彼は今、掲示板の前に立っている。

 ギルドだ。

 異世界に来て、初めてギルドに入ってみたのだ。


 人が大勢いる。その中には、背中にでっかい剣を担いだ者や、三角の黒い帽子を被り、光る石の玉が嵌めこまれた木の杖をついている者もいる。

 それらが、西洋風のレンガ調な建造物に、賑やかにたむろしているのだ。

 まさに、異世界風景。ギルド然、といった感じだ。

 その、掲示板。


「ギルドカード発行に、身分証明書が必要ってなんなんだよ……こちとら異世界から飛ばされて来たんだぞ?」


 ハジメは再び嘆息した。

 その脳裏には、異世界に来て二日目の朝──あの夜明けの朝、が描き出される。


 カード。ギルドカード。

 ベルはそう言った。それを思い出し、ここへ来たのだ。


 が、カードの発行を、受付のお姉ちゃんに断られた。

 考えてみれば、必然である。身元不明の人間を雇うわけには行かないのは、元の世界でも同じことだ。


 前途多難。職なし、戸籍なし、住所不定、身分不詳。

 ハジメは元の世界でヒキニートをやっていたことを、今後悔した。

 働く、ということの経験がないのだ。


「カードが無くても受注できる案件は……ないかぁ」


 と、その時。

 何やらギルドの入口がざわつく。……



「……あれ、あの人じゃない?」


「ザクロさんだ……」


「え、あの、A級魔法師の……?」



 ハジメは振り返──ようとした、その瞬間。

 謎の電気ボールが彼の身体に直進し、衝突した!


()──ってッ。何すんだ!」


 見る。あの、ネコ耳美女だった。


「…………」


 美女は顔を俯けながら、目線だけでこちらを見た。

 その手は、バチバチッ、という音を上げながらこちらへ向けられている。


「…………?」


 突如、ハジメの身体が軽く宙に浮いた!


「お、おお!?」


 美女は身を翻し、無言でスタスタと歩く。

 そのまま引っ張られるハジメ。

 美女は、ギルドを出る──ハジメも出る。


 往来に出た。美女は歩き続ける。

 美女の手からは、時々電流がビリッと一本の筋となって溢れる。その一端が、ハジメの身体からも生えているようだ。


「お、おお、おおッ?」

 

 女は、見えない犬のリードで、男を連れている。

 道行く人々は、その世にも奇妙な光景を不思議がった。




 ■■■




「おぉ……うわっ!」


 ハジメは、ドサッ、と地面に落とされた。

 人気のない路である。

 裏路地というほど狭くはない。

 居住区のようである。

 見上げると、家から道路を跨いで向かい側にロープが渡されており、そこに洗濯ものが引っ掛けてある。

 それが、何本も渡されていた。

 建物と建物の間。日陰だ。


「──あなた」


 振り返り、ネコ耳美女が口を開く。


「変ね。ネズミの方を探知したつもりだけど……まあいいわ。そうね、あなたが本命よ」


 ぼそぼそと呟く。

 突如、再び電気ボールを投げた!


「痛い! だから、何するんですか!」


 玉はバチバチィ! という破裂音を出してハジメに直撃した。

 が、彼はまるで静電気でも浴びたかのようにけろりとしている。


「……」


 チ、と美女は小さく舌打ちした。

 と、すぐさま無言でハジメへ猛攻を仕掛ける。


「おおッ!?」


 美女は俊敏で、それはもはや人間の動作ではなかった。

 ハジメは躱す。が、モロに喰らってしまっている。

 しかし、それが大したダメージを喰らっていない様子である。


「なんなの、お前……」


 美女は独り言のように言う。その間も、攻撃は繰り返される。

 殴る、蹴る、しゃがむ、跳ぶ、足を払う、突く、踏み込む、回転する。──

 まるで格闘ゲームのような動きだ。

 それもおよそ人間でない、超高速再生で。


「──フッ、」


 美女は高く(ロープの洗濯物を避けながら)連続後方倒立回転跳びをすると、その距離から猛烈な勢いでハジメに突進した。


 バリッ!


 ハジメの顔面を、電流を纏った美女のアッパークローが襲撃した!

 ハジメの頬に、一条の赤い筋が走った。

 しかし、攻撃の強烈さに反して、付いた傷はそれだけだった。

 ハジメは自分の頬を撫でる。


「──ッ、テー。……ああ、血ィ付いちまった。ツバ塗っとかんとな、ペロり」


 男は、あっけらかんとしていた。

 美女は愕然とした。目を皿のように見開く。


「……なんなの」


「へ?」


 美女はギリッ、と切歯する。

 と、その右手を遥か天に差し向けた。

 美女の地面から、複数の電流の糸が揺蕩い、上昇した。

 それが一つに束ねられ、天空の一点に吸い取られる。辺りの光がそこへ集中する。……

 ゴロゴロと、空が唸る音。


「なんなの、なんなの、なんなのッ……()()()()


 右手を振りかぶる。


「──()()()()()()()()!」




 ■■■




 ドゴォオオオオオオン!


 大音量で、雷鳴が響いた。


 美女は、息を吸って、吐く。その肩は大きく上下している。

 彼女の手が(かざ)した地面は、大きく抉れている。

 その砂塵の向こうに、彼が見えた。

 彼は、勢いで吹っ飛ばされていた。


「…………?」


 男は動かない。目を瞑り、気絶していた。

 その頭部に、微かに血が流れている。

 どうやら、地面の岩の破片が当たったらしい。


「なんなの……?」


 美女は不審そうに、目を丸くした。

 そして、ふと思案顔になった。


「…………」


 にわかに、美女は男を担いだ。

 そのまま跳躍し、影の合間を縫うように、何処かへ去って行った。……

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