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【みじめ】スキルで異世界生存中  作者: 岩流佐令
第一章 気絶、拉致、臨死
21/80

20匹目 余田ハジメ、押し倒され中⑤

ウマウマウマ

「余田クン……付き合ってください!」


 ガバッと頭を下げる少女。


「おっ、おれと?」


 言いつつ、自らを指さす少年は、ハジメだ。

 彼は学ランを着ている。高校生の時だ。


「──ありがとうございます!」


 ガバッとこちらもお辞儀する。

 顔を、視線をゆっくり上げ、見つめ合う。

 少女の顔は赤らんでいる。はにかむ。

 クラスの女の子だ。いつも教室の隅っこで本を読んでいるようなコ。


 (でも、おれは知っている)


 (彼女が眼鏡を外したら、とんでもない美人になるということを。──)


 なんてベタなモノローグを吐いてしまうくらい、男は舞い上がっていた。


 次の日。教室。

 少年ハジメはホクホク顔で席につく。


 告白された! 付き合った!

 彼女が、できた!


 ぐっと拳を握りしめる。

 興奮して夜中ずっと枕と格闘していたから、ハジメの目には少しくまがある。

 と、教室がざわつく。

 皆ハジメを見て、ヒソヒソと話し合っては、クスクスと嗤っているように感じた。


 (……気の所為か?)


 昼休み。視聴覚室。

 ハジメは教材を置きに来ていた。

 ふと、教卓の上のパソコンに目が留まる──と。


《おっ、おれと?》

《ありがとうございます!》


 ()()──()()


《おっ、おれと?》

《ありがとうございます!》


 映像は繰り返される。

 バサバサ、とノートを取り落とすハジメ──立ち尽くす。


《おっ、おれと?》

《ありがとうございます!》


 告白された。付き合った。

 彼女が、できた。


《おっ、おれと?》

《ありがとうございます!》


 クラスメイトの目。嗤い声。──


《おっ、おれと?》

《ありがとうございます!》


《おっ、おれと?》

《ありがとうございます!》


 ……




 ■■■




()……()()()


 ハジメの眼に、うっすら涙が浮かぶ。


()()、みたいな、クズで、ヒキニートで、穀潰し、ヒモ野郎……ダメ人間、勘違いの、バカ男に……ハハ」


 そこまで言って、ハジメは嗤う。


「ベルさんが……ベルさんみたいな人が……」


 ハジメは歯を食いしばる。左手──ベルに握られていない方の手で、顔を隠す。


「…………」


 ベルはハジメを見つめていた。

 と、小さく口を開けて言う。


()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「……へ?」


 ハジメは吐息のように漏らした。腕を除け、見る。

 屈託のない笑顔。いつものベル。


「!?」


 途端、ベルの上半身がハジメのほうへと迫ってきた。

 その顔は怪しい笑顔に戻っている。

 ニヤニヤと攻めるような表情は、目を薄め、どんどん近づいてくる。


 熱が、匂いが、息遣いが。

 ハジメの満身に大量の情報を伝達し、網羅し、混濁させた。

 のし、と、たしかに体重を感じる。

 柔らかい、心地よい、温かい、懐かしい──重さ。


「ちょっ! と、待ってください! ご、ゴムが、アレッ、ゴム──アッ、瓶の中! ま、まって、まッ──────!」




 ■■■




「ちゅっ」


 ゴトン!


 ──良い音と、嫌な音がした。


「は」


 前者は、ベルがハジメの鼻頭にキスした音。

 後者は、そのままハジメに覆い被さるように左にズレて、彼女の頭が地面に落下した音である。

 少女は動かない。──死んだ?


「……ハッ! 大丈夫ですか!?」


 自分の上に重なって倒れたままの少女をひっくり返し、下から抜け出す。

 生存確認……息がある。ベルは気を失っているだけだ。


「なんなんだ……?」


 ハジメは、ふうぅ、と大きく息を吐いた。

 ベルの頭を見て、地面にぶつかったところを探る。


「結構、でかいコブ作っちゃってんな……あ」


 ハジメは何かを見つけた──『何か』。


「んじゃ、こりゃ? ──『穴』?」


 ベルの左のネズ耳、その耳介の下の方に、BB弾大の穴が空いているのを。




 ■■■




 同時刻。真夜中。


「…………」


 街をスタスタと歩く、一つの影。

 あのネコ耳美女だ。


「よーう、姉チャン。ひとり? おれと一緒に遊ぼうぜえ、ぐへへ」


 酔っぱらい男が話しかけてきた。──と、


 ドゴォオオオン!


 静かな往来に響き渡る轟音。

 美女は男を吹っ飛ばした!


 向こう十メートルに吹っ飛んだ男は、店先に積まれてあった砂袋に突っ込んだ。

 男は白目をむき、全身に微かに電流をまとい、ビクビクと痙攣している。


 美女の右手は、ビリビリと電気を帯びている。その美しい顔が、苦く歪む。

 美女の脳裏に、一日前の夜の風景がフラッシュバックした。

 宵闇を、少女と男の二人の影が寄り添い合って歩く姿。

 美女の歩調が速まる。


「わたしは強い、わたしは強い、わたしは強い……!」


「そう。あなたは強い」


 バッと振り向く──瞬間、美女の口に何かが押し込まれた。

 指だ。人差し指と、中指。

 背後に人がいた。いつの間に?

 裏路地だ。他には誰もいない。

 フードを被った()()は、美女の口に二本指を突っ込んだ体勢のままで告げた。


「わたしの血だ。来い」


 ネコ耳美女は戦慄する。ゴクリ、と嚥下した。途端、彼女の身体が赤黒く光った。


 ()()は、ぱさ、とフードを脱いだ。

 娘だった。

 眼帯をかけ、クリーム色の髪。下向きに寝た長い獣耳もある。

 その頭部には、モンスターに似た(ツノ)が生えている。ぐるっと大きく後ろに反り返った角。


 娘は笑う。その輪郭を、裏路地の寂れた月明りが、凄惨に彩る。


「──楽しい夜に、しよう」

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