19匹目 余田ハジメ、押し倒され中④
トラトラトラ
「んなっ……に、やってんですか、ベルさん!」
今、ハジメの上にはベルが乗っかっている。
その姿は裸──ではない、半裸だ。
淡い水色のワンピースに、瑞々しい四肢が生えている。
露わな、白い彫刻みたいな身体の輪郭が、蝋燭の炎に照らされ、ゆるやかに揺らぐ。
うなだれ、こちらを覗く青い瞳。
ハジメは体を起こそうとしたが、
「痛ッ……」
昨日(一昨日?)ネコ耳美女にやられた傷が痛んだ。そのまま再び寝転ぶ。
その間、ベルは依然とその瞳に怪しい笑みを湛えながら、
「ちゅるりっ」
と、また溢れる唾液を手で拭った。
ふわり、人肌の匂いが鼻をかすめる。
「いい匂い……じゃなくて、なにやってるんですかベルさん!」
ハジメは繰り返し言った。今度は眠気も完全に吹っ飛び、覚醒し、明らかに狼狽している。
「ハジメさん……あたし」
ベルは顔を更に赤らめる。息が荒い。
ネズ耳が、薄闇にピンク色に燃え上がる。
ハジメは激しく首を振るった。
「いやいやいやいや! ……ってイヤじゃないけども!
いやボク童貞で──って違くて!
そんな後生大事にとってるとかじゃなくて、むしろ要らないけども!」
(何言ってんだ、おれ!)
男はひどく動転している。
ベルは、その言葉──特に、『童貞』というフレーズに「?」と小首をかしげつつも、
「いらないなら、もらっちゃいますね」
「…………」
(何言ってんだ、ベル!?)
少女はからからと笑った。愉しそうに。
それはまるで、おままごとをする子どものような、からかって遊んでいるような表情だった。
「お、おお、おれたち会ってからまだ三日で……! 三日デスヨッ」
ハジメは右手の指で『3』を作る。
自分で言っといて、その数字に結構びっくりしている。
「それが、なんですか?」
ベルは滑らかな動作でその手を──ハジメが作った三のピースを、両手で掴む。
顔が近づく。
肩ぐらいまである、少しクセのある銀髪の毛先が軽やかに舞い、指先に触れる。
だめだ。止まらない。
「……そ、そうだ、カラダ! ベルさん、屋敷で──最初に会った地下牢で、カラダ結構傷ついてたじゃないですか、あれは……」
が、よく見ると、少女の肌は綺麗で、ほとんど傷は無かった。微かに残った傷跡も、しかし目立たない。──
「獣人ですから。こんなもの、すぐですよ……それより」
痩せてたのが、だいぶ肉付きが良くなった──その身体で。
「しんぱいしてくれるの? うれしい……」
「……」
ハジメは絶句した。もう何も言えなかった。
辺りには花粉のような、甘いのか苦いのかよくわからない、くらくらする、強烈な匂いが漂った。
それが、二人が身動ぎするたびに蝋燭の炎と混ざって、暗い岩の空間を撹拌する。……
(──生き物の匂いだ)
ハジメがそう思ったとき、
■■■
「はい」
■■■
ベルが自身の胸に、ハジメの手を押し付けた。
ベルが自身の胸に、ハジメの手を。
ベルが自身の胸に。
ベルが。
ベル。
べ。
。
……