1匹目 余田ハジメ、転移中
逃げる
「皆さんこんばんは、『余田ハジメ』です。只今、スライムにボコられています!」
深い森の中。
一人、そう叫ぶ声があった。
──『ハジメ』だ。
男。二十五歳現役童貞ヒキニートのナイス・ガイ。この物語の主人公くん。
彼はつい一時間ほど前、異世界に転移したばかりである。(回想↓)
普通に、コンビニにでも行こうと、夜の街をプラプラ歩いていただけだった。
それがいきなり、蛍みたいな謎の光ボールが現れて。
走って、逃げて、追いつかれて。
(50m走タイム=8’45──25歳男性)
その光に呑み込まれ、たどり着いた先が、ココ。
──異世界であった。(回想・終)
そして現在、ハジメはスライムにボコボコにされている。
……何故?
歩いてみたが、人はいなかった。どうやら無人の森である。
(森の名称は42匹目で出てくるお☆)
しかし、妙なモノを発見した。
それがこの、完全自律性&全自動歩行・液状物体、通称スライム。
それと、他にも。
尻尾がユニコーンみたいな角で出来たウサちゃんとか、よくわからんカエルとコウモリが混じったようなは虫類とかがいた。
要はそういった、NOT地球産の不思議生物が、わんさか跳梁跋扈していたのである。
わあすごい。びっくり!
おいでー、そこの可愛いスライムちゃん。
ほうら、怖くない、こわくない♪
ようし、そら、チッチッチッチッ。
「おふう! 痛い、痛いッて! タイムタイムぅ!」
……ハジメはスライムに、一方的な攻撃を喰らっている。
全く反撃する余地もない。すげえ痛い。
怖い怖い怖い。
死の恐怖を感じる。本能的な恐怖。
あれ、スライムって序盤のクソ雑魚キャラみたいな立ち位置だと認識していたんだけど。
ち、違うの?
外見は本当に、ただの水風船のような姿。それが、めちゃくちゃ強い打撃力を放ってくるのだ。攻撃を受けるこちらが、死を予感するくらいに。
「くそ、こうなったら……!」
ハジメは突然、起立する。バッとその身を起こし、スライムに殴られていた胴体を直立させる。
ポテッと地面に落ちるスライム。割とファンシーな構図だ。
が、男ハジメは決意の表情。その自分の腹から降り、大地に転がったモンスターを見下す。
見上げるスライム(目のパーツは無い)。
その表情(顔のパーツは一切無い)は、こちらの様子を窺って硬直しているふうでもある。
と、ハジメのターン。男は猛然とポーズを決めて、森の中に叫ぶ。その右腕を敵へと差し向ける。
「炎球!」
シーン。
しかし、何も起こらなかった。
「……」
ハジメは己の右手の平を凝視する。
何も発動しない手。普通に人間、男の手。
一切、魔力的なモノを感知しないその右手。
「そ、そういえば、『無限アイテムボックス』とか『スキル鑑定能力』とかみたいな、異世界召喚モノおなじみの主人公特典も、今のところ無いみたいだし……」
わなわなと自らの右手を覗くハジメ。ポーズ的には、中二病のそれだ。
しかし、体内に漲る魔力や、封印されし覚醒の力を知覚することは(そもそもそんなものがあるのか知らないが)、少なくとも現在のハジメには不可能であった。
・魔法が使えない。
・スライムに反撃できるほどの攻撃力もない(防御力も←致命的)。
・そして、チートじみたスキルも持ち合わせていない。
ナイナイ尽くしの至って普遍的な一般男性(25歳・ヒキニート)だっ。
「異世界召喚にはおあつらえ向きの人材だな、ハッハッハ」
ハジメは独りごちた。困ると陽気になる彼である。とてもいい性格だ。……何故モテない?
(解・ヒキニートだから)
すると、背筋が凍るような水色の悪魔の気配がした。恐る恐る横を見遣る。
と、スライムがプルプルとわななくように震えていた。
「……ホンマ、調子乗ってすみません」
ハジメは真っ青になる。その色はまるでスライムのようだ。
が、ハジメの痛切な謝罪虚しく、敵のプルプル微動は次第に大きくなっていく。
やがて、森はざわざわとどよめく。スライムの振動に共鳴するように、そこかしこから何かの気配がした。
「キーーーーーーィ!」
と、突如スライムがつんざくような声を上げた。
にわかに、周囲の木陰からガサガサとモンスターが出現する。
また、スライムである。
それも、ピンク、緑、オレンジ、薄紫、赤、グレーといった、ポップでキュートでカラフルなのが、わらわらと。……
「アイツ、仲間を呼びやがった!?」
驚愕の事実 (テンプレ)に気がついたハジメは、隙を見て走り出した。
駆ける、途中何度もすっ転びながら、息をハアハア弾ませながら。
逃げる、草木をかき分けかき分け、這うようにして。
尻を絡げる、強敵の群生へと。……
■■■
──こうして、伝説の男の初戦は、華麗なる敗退を定めた。
異世界来ておよそ二十日間で、世界を救うこととなる男の。
その遥か遠く、この世界の何処かで。
ネズミの吐息、ネコの鼓動。
しかしそれらも、今は知らずの男ハジメ。
その大の男のスライムから逃げる足は、森をすたこらさっさ、無様に駆け下りる。
それはそれは、何とも情けない悲鳴を上げながら。
■■■
「あいつら、メチャクチャつえーよおおおおおおおおおおびゃあああああああああ!」