18匹目 余田ハジメ、押し倒され中③
Cカップ
「本当にすみませんでした!」
ハジメは深々と、本日二回目の土下座をした。
またもや、地下だ。
しかし、ベルが囚われていたあの屋敷のような禍々しさはなく、周りは岩でできた普通の地下ルームである。
夕方、二人は街を少し離れたところにあった謎の地面の穴を入り、ここへ来た。
「いえいえ、大した事はないです、本当に! 顔を上げてください、ハジメさん!」
ベルはブンブンと手を振る。
本当にどうってことはない、という塩梅で、少し困ったようにはにかんで。
彼女はハジメと同じく、丁重に正座している。
座布団に座り向かい合う二人の姿。
「それに、お金が無くなってしまったボクを、こんな泊まるところまで。えっと……ここは?」
ハジメはぐるっと見回す。
先ほどの溢した高級薬の弁償で、今、ハジメの懐はほぼスッカラカンなのであった。
ベルは正座のまま答える。
「あ、はい。チュー三郎が探しててくれたみたいです。ダンジョンですね」
「だんじょん」
ハジメは繰り返す。
「はい。……と言っても、いちばんレベルの低い、狭いとこですけど。ちょっと住むには、ちょうどいいですね」
…………
すげぇ! やっぱそういう世界観なんだ!
「そーぅ来なくっちゃ!」
ハジメは猛然と立ち上がり、パチンッと指を鳴らした。
ベルがビクっと小さく驚く。
「あ、すみません……!」
ハジメは顔を赤くしながら、再びそそくさと座った。
(イカン。一つの暗い空間に美少女とふたりっきりで、完全にテンションが上がっている……!)
後頭部を掻き──俯く。
「…………」
「…………」
二人の間に、微かな静寂が流れる。
ハジメは赤くなりつつ縮こまる。
ベルも、こころなしか赤く見える。
その白桃のような脚が、もじもじと動かされる。──正座をして、痺れたのだろうか?
「「あのっ」」
同時だった。二人は同時に口を開いた。
「あっ、ベルさんどうぞ!」
「いえ、ハジメさんから!」
「あ……では」
ハジメは再び後頭部を掻く。やや早口に言う。
「ベルさんも、その、ここに泊まるんですかね」
「はい……そうしようかな、と」
ドカーンッ!
ハジメの脳ミソが噴火した。
「あ、でも、部屋は何部屋かありますし。それに、水と食料も心配ありませんからっ」
なぜかベルも早口だ。
「生存できます……大丈夫です……」
つい、と視線を逸らす。やはり彼女も、顔が赤らんで見える。
「えっと……ベルさんは何て言おうとしたんですか?」
ハジメは先ほどの質問を促す。
「あ、はい……そろそろ」
言って、ベルは立ち上がった。口元で可愛らしく指先を組みながらはにかむ。
「晩ごはんにしましょう」
■■■
「美味かった……!」
夜。
ハジメはご厚意に甘えて、ベルの作った晩ごはんを食べた。
野菜たっぷり、彩り豊か、味良しコスパ良しな家庭料理であった。
ハジメは、元いた世界ではコンビニ飯ばかり食っていた。
だから、人が目の前で作ってくれた手料理など、何年ぶりかわからない。
「なんだか色々してもらって、申し訳ねーな……」
シャワー(スライムをベルが絞った水)も浴びたし、布団(毛布を重ねたやつ)もベルが用意してくれた。
ハジメは今、その即席毛布布団に寝っ転がっている。
岩で出来た部屋(洞窟の広めの穴と言ってもいい)の壁には、蝋燭が数本掛けられている。
その火はハジメが身動きするたびに、空気の流れで微かに揺らめく。
「……寝れん」
ハジメは蝋燭だけの暗闇に、しかし目がスッキリ冴えていた。
隣の穴部屋には、ベルがいる。──
「ハジメさん」
「うおっ」
ハジメはびっくりして跳び上がった。ベルだ。
ベルが、ハジメの部屋に来ていた。
「あの、お薬できました。よかったら」
言って、器を差し出す。昼間の回復薬のことか。
器には、青汁みたいな半固形状の流体が入っている。
「あ、ありがとうございます」
起き上がり、ハジメは受け取る。
「………………」
まだベルがハジメを見つめている。部屋からは出ない。
その瞳孔に、ちら、と青白い炎が揺れたように見えた。
「あの、何か?」
「い、いえっ!」
ベルはハッとして手を振る。
そのままスタタタ、と小ネズミのように立ち去った。
「……なんなんだ?」
ハジメは後頭部を掻いた。
もらった青汁を飲み、何ともなしに寝っ転がる。
そのうちに、ハジメは、深い眠りに就いた。……
■■■
「ハジメさん……」
「うん……?」
ベルの声? ──眠い。夢か?
「ハジメさん……」
「ん……あ?」
目を開けた。ぼんやりと、輪郭が浮かび上がる。
「ハジメさん……」
「──────!?!?」
ハジメは声にならない叫びを上げた。
(ベルが……ベルが、おれの上に乗っている!?)
闇の洞窟に、ほとんど丸裸と言ってもいい肢体が、溶けた白蝋のように揺らめく。
その青い炎は男を見下ろし、紅潮した笑みを浮かべながら、口もとを手で拭った。
「──ちゅるりっ」