15匹目 ネコ、捕食中⑤
「ちゅえい!」
ネズミの声がした。チュー三郎だ。
その小さな体躯で、果敢に猛攻を仕掛ける。──不意打ちだ!
ネコ耳美女は、咄嗟に躱した。
が、美しい頰に一本、赤い筋が走った。
チュー三郎の角が掠ったのだ。
すぐさま美女は反撃に出た。
飛びつき、宙に舞ったままのチュー三郎を、片手の裏拳で打つ。
「ちゅやーっ」
チュー三郎は吹っ飛び、なんとも哀れなことに、壁に弾丸の如く激突した。
その威力は石壁をぶっ壊し、窪ませるほどであった。
美女は膝立ちしていたベッドから降り、ゆらりと立ち上がる。
「素行の悪い……これだから、ネズミは嫌い」
ギリ、と切歯し、頬の血を指で拭う。
ネコ耳美女の剣呑とした目つき。
「ベルさん!」
と、そこへハジメが追いついた。
思えばこのとき初めて、ハジメはベルの名前を呼んだ。
「チュー三郎、ハジメさん……」
ベルは半ば気力を喪い、その身体は美女の後ろのベッドに縄で拘束されている。
なにより、どんな辛い目に遭ったのか。
──疲れ切った表情が、無惨だ。
「あ……!」
ハジメは美女に気がつく。今朝の、ネコ耳の女性。なぜここに!?
「なんだ、ニンゲンか……何しに来た」
もはや美女の口調は、完全に荒々しくなっている。
邪魔だ、と本気で思っている語気だ。
「あなたが、ベルさんを……!」
美女はにやりと嗤う。ベルの方を向く。
「案外人望あるのね、あなた。……かわいいと思うのは、わたしだけだと思ったけど」
その口調に余裕が戻る。
完全にこちらの戦闘力を鑑みて、嘲り笑うかのような調子だった。
「これは、わたしの獲物……奪うつもり?」
「獲物って……」
ハジメは知らない。
この部屋で何が起こっていたのか。
なぜベルが囚われているのか。
なぜ今朝のネコ耳美女が、ベルを攫ったような形になっているのか。
そして今、ネコ耳美女の手の平に出現した、野球ボールくらいの大きさの、光る球の正体も。
「なんだ……それ」
『球』はどんどん大きくなる。
その光からバチバチッという電流みたいな音が鳴ると、照明がフッと消えた。
三人が完全に夜闇に包まれた中、バスケットボールくらいにまで膨らんで成長した光球だけが青白く輝いている。
突如、美女は光球を投げた!
こちらにではない、チュー三郎が埋め込まれた壁の反対側に向かって。──
■■■
凄まじい轟音を立てて、壁がぶち破られた。
衝撃で、ハジメは窓の方へ吹っ飛んだ。
そのままチュー三郎とともに、地面へ斜方投射される。
建物は二階建てだったが、ほぼ半分以上跡形も無くなり、屋根は野ざらしになった。
宵闇が立ち込める。不穏な空気。
「どう? これでも、歯向かう?」
「おおォ……」
ハジメは瀕死で地面に伏している。
何がなんだかわからないが、無茶苦茶だ。……
「ハッ。ベルさんは!?」
「ここです……」
ハジメが顔を上げると、ベルは美女に担がれていた。
いくら彼女が小さいからと言って、女一人(それも片腕だけ)で俵担ぎ出来るものなのか?
「わたしはね、弱い奴が嫌いなの」
美女が開口する。うわ言のように語りだす。
「あいつらは、弱いもの同士で群れて、さらに弱いものを嗅ぎ出す。
相手が強くなると、阿って、媚びへつらうように見上げる。
傷を舐め合って、偽りで結託して、善を掲げながら迫害を正当化して。
そうして、何食わぬ顔で仲直りする。……」
美女の顔が苦く歪んだ。
その笑みは、自嘲のようにも見える。
「わたしの両親は、こいつら──ネズミ人に殺された……」
独り言のように、溢した。
お姉さん系のネコ耳美女が、しかしその時ふと、幼い子どもの顔に見えた。
(なんのことだ? あの人が何を言いたいのか、何をしたいのか、わからない……)
ハジメは悩みつつ、言った。
「ごめんなさい。ボクは、あなたが何を伝えたいのかわかりません。
でも、その娘を返していただかないと、困ります。──それに」
ハジメはネコ耳美女を睨む。
「ベルさんをそれ以上傷つけたら、おれが許しません」
言うと、美女の頭上に、
『レベル107』
という文字が現れたのを、ハジメは見た。
「……これだから、人間も嫌い!」
叫ぶと、美女は片手を天に差し向け、再び電流の球を作り出す。
光球は美女の頭上で、直径二メートルくらいに巨大に膨らんだ。
すると彼女はそれを、錯乱したようにこちらへ投げた!
ハジメはうつ伏せのまま、上体だけその攻撃へと向けた。
その眼が電撃に触れて、青白く輝いた。
■■■
ハジメは、木っ端微塵に押し潰され──なかった。
光球は果たして、彼の頭に触れた後、電流が弾けるような破裂音を出し、散り散りに雲散霧消した!
「……なんで」
ネコ耳美女はその光景に呆気にとられた。
全身全霊で繰り出した技が、たった一人の無力な男に打ち砕かれた、といった驚愕と絶望に襲われる。
と、急に腕をだらりと下げた。
同時に、担いでいたベルが、ボテッと地面に落ちる。
「あっ!? 大丈夫ですか!」
ハジメは駆け寄った。彼自身も、ボロボロであるにも関わらず。
「──くッ」
美女は、自分を無視してベルを介抱するハジメの頭を、全体重を掛けて素手で殴った。
ゴッ! と鈍い音が鳴り、彼の首は大きく振れ動いた。
が、なぜだろう、たいしたダメージも与えていない様子だ。
「ベルさん、大丈夫ですか。立てます?」
「あ、あたしは大丈夫……」
「──行きましょう」
「あ」
ハジメは笑いかける。肉体的には、彼の方が損傷している。
男はチュー三郎を拾い上げ、そのままフラフラと足を運ぶ。
その拙い足取りに、少女が隣についた。
支えられ、すみません、と呟きつつハジメは歩いた。
残されたネコ耳美女は、へたり込む。
そのマスカット色の虹彩に、二人が寄り添い合って一つになった影が映った。
しかし彼女の表情は、宵闇に紛れて見えない。




