13匹目 ネコ、捕食中③
2人の関係
「遅いな……」
ハジメはベルを待っている。
昨日屋敷から脱出した時、ベルと夜明けを見たあの噴水の広場だ。
昼間は別行動だった。
ハジメはこの世界についてもっと知るため、地図を調べたり、街を歩いたりしていた。
街のどこを探しても大雑把な地図しかなかったが、大体の異世界の地形や位置関係を把握することができた。
・まず、この街はだいぶ東端の国である(料理が和食であったことや稲作が行われていたことから、なんとなく予想はついていたが)。
・六つの大陸と、大まかに分けて一三の領分(?)がある。
・そこから何十もの国(?) → 何十もの州(県?)→ 街や都市、などといった風に分かれているらしい。
ちょっと地図の見方がよくわかんなくて、あやふやだけど。
そもそも、ハジメが元いた世界とは、この世界は地形も文化も違う。
だから、最初に雑貨屋で並ぶそのウニョウニョした形が描かれた紙を見たときは、それが世界地図であるとは全く思いも寄らなかった。
領土や区分がチマチマ分割されているのは、やはりどこの世界でも同じらしい。
地理が苦手(そもそも勉強嫌い)なハジメには、うんざりする話であった。
しかし、気候が(少なくともこの街は)現代日本と同じくらい過ごしやすいというのは、もっけの幸いだった。
「まあ、世界旅行に行けるほど、地に足定まっちゃいねーんだけどな……」
ベルのほうは、詳しくは知らない。
が、彼女も用事があって、そこへ行ったらしい。
それで昼間、別れる際に『晩御飯も一緒に食べましょう』という約束を二人でした。
その待ち合わせ場所が、現在この噴水広場である。
「ここで、合ってるよな?」
時間はとっくに過ぎている。既に四十分ほど待ったが、来る気配がない。
辺りが暗くなってきた。
一時間、経った。
(なにか、事故にでも遭ったんじゃないか?)
ハジメは戦慄した。
と、同時に一つ、もっと単純で腑に落ちる思案も訪れた。
「いや、見捨てられた? ……おれが」
見捨てるもなにも、もともとベルはハジメのものではない。
彼女は彼女自身の自由意志で動くべきである。それがたとえ、ハジメとはもう会わない、ということでも。
己がずっと一緒にいたいから、なんてのは通用しない。
晩御飯だって、絶対の約束というほどでもない。
「思えば、ベルと会って丸二日も経ってねーんだな……」
なのに、ずっと一緒にいた気がする。
この世界に来て、楽しかったこととか、嬉しかったこととか。
全部、彼女と一緒にいる時だった。
お礼がしたい。──
ベルは、そう言った。
「……言われていなかったら?」
ハジメは自問して、突如立ち上がった
が、脱力し、再びストンと座る。
(お礼はもう、充分にしてもらった……)
ハジメが彼女にしてあげられるものは何も無いし、彼女が自分に何かする必要も、もうない。
二人の間には、これから会う必要も、関わる必要もない。
「そうだよな。いつまでも手元における訳じゃあねーし、当たり前だけど。
向こうだって向こうの事情があって、人生があって……ゲームじゃあるまいし。
おれにとっての異世界があの娘でも、あの娘にとっての世界は──」
言って、ハジメは俯く。息を吐いた。
「待てど暮せど、女は来ずってか。ハハ、みじめだな」
日が沈んだ。
■■■
「ちゅ」
「……あ?」
ハジメは、顔を起こした。
「ちゅ、ちゅう」
ネズミがいた。クルクルとハジメの周辺をうろつき、鼻をひくつかせている。
「お前、チュー三郎か。随分見なかったぞ……今までどこ行ってたんだ?」
少女が『チュー三郎』と呼んだネズミだ。
頭頂部には凶暴なユニコーンの角が一本、ぶっ刺さるように生えている。
「ちゅう」
チュー三郎はどこかからか、小さい瓶を運んで来た。
角で、受け取れ、みたいにコツコツと合図する。
小瓶だ。それも空の。
「『エリクサー』?」
表面にそう書かれていた。もちろん異世界語で。
それと、もう一つ──『ベル』、と、これは手書きの文字だ。これは、あのネズ耳少女の持ち物か。
「ベルが、どうかしたのか?」
「ちゅちゅ」
ネズミはにわかに、ハジメの身体をまさぐった。
「ちょ、なん……あ!」
と、ネコ耳美女からもらった革袋(再びベルと半分こした、結構なお金が入った)を、奪いとった!
「おめー、また! ……」
ハジメは、ふと黙った。
顔に、数条の青い縦線が入り、硬直する。
チュー三郎は逃げるように背を向けて駆ける。
と、少し離れてピタリと止まり、振り返った。
ハジメはネズミを見る。
「──また?」




