12匹目 ネコ、捕食中②
ネコ耳美女
「異世界に来て、よかった!」
ハジメは初めてそう感じた。
かわうぃー、おんにゃのコと、ブレックファスト。
二十五歳現役童貞ヒキニートの己の人生からは、考えられない所業だ。
生きててよかった! 死んでもいい!
「いせかい?」
ベルはコップの水をクピクピと飲む。
「いえ、なんでも」
ハジメは澄まし顔で、メニューを見る。
読める、読めるぞ!
じゃなくて、普通に読める。言葉が通じるからこちらもと推測したが、どうやらビンゴだったらしい。
食堂である。
内装は西部劇に出てきそうな、カウボーイが拳銃振り回してミルクを頼んでいそうな、風情があった。もちろん、そんな奴はいないが。
十くらいある丸テーブルの空いているところに、二人は座った。
朝ご飯には少し遅めの時間だからだろうか、そんなに混んでいなくて、よかった。
しかしメニューが全部、和食とは……じじいの時もそうだったが、こりゃまた、どんな世界観なんだ?
建築物は西洋風なのに、飯は和風。
思い出すと、自分がスライムから逃げてぶっ倒れたときも田んぼを見た。
異世界では稲作が盛んなのだろうか。
気候も(四季があるかはまだわからないが)、現代日本の春時期とそう変わらないし。……
「こういう食事は、本当久しぶりですね……あたし、楽しみです」
と、ハジメが思考していると、ベルが喋った。
こういう食事。──
朝も思い返したことだが、ベルと屋敷から脱出したとき、彼女は『買われた』とか言っていた。
やはり、よくある異世界モノよろしく、獣人は人間より劣等、みたいな価値観が膾炙しているのだろうか。──
「お隣、よろしい?」
声が掛かった。ベルではない、知らない女性だ。
──ネコ耳だ!
「あ、はい、どぞ」
ハジメはドギマギしながら応える。
お姉さん系の、綺麗な女の人である。
背は高く、ハジメと同じくらいはあるだろうか。
黒を基調とした魔法使いみたいなケープに身を包み、その背後からスラッと美しい長めのネコ尻尾が覗く。
カーキ色の、緩やかにおさげでまとめられた長髪は、絹のようにサラサラだ。
種類で言うと、錆猫だろうか?
その頭頂部には特徴的な、もふもふのネコ耳が生えている。
それに、胸も──でかい!
「ありがとう」
ネコ耳美女は会釈し、同席した。
一瞬、ベルのネズ耳がビクッと丸まった。
美女はメニューも見ずに店員を呼び料理を頼むと、ベルの方を見てニコっと笑った。
「あなた、ネズミなのね……珍しいわ」
美女はまじまじと覗き込む。
ベルは困ったような、少し怖がるような笑みを浮かべる。
「ふうん……」
美女は見つめている。そのマスカット色の瞳に、野性的な好奇心の炎が燃えている。
「えっと……」
長い間観察されて、ベルはついに困惑気味な声を上げた。
「あら、ごめんなさい」
美女は立ち上がった。そしておもむろに懐から革袋を取り出し、机に置いた。
「頼んじゃった料理、食べていいわ。お金はそこに、置いといたから」
「えっ?」
ハジメは急に言われて、当惑した。
「いや、そんな、何もしていませんのに……」
「いいのいいの。わたしも、おどかしちゃったみたいだし」
と、美女は猫のように柔らかい笑みを浮かべた。
そのまま彼女は、出口へ歩く。
かと思いきや、ふと何か考えたように立ち止まった。
くるりと旋回し、ベルに向けてなにやらコソコソと耳打ちをする。
そしてネコ耳美女は、店を去った。
そのあと、机の上に大量の料理が運ばれて来た。
が、支払いは袋のコインを払っても結構なお釣りが来るぐらいで、ベルとハジメは目が飛び出した。
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街中。
歩いているのは、あのネコ耳美女だ。とても軽やかな足どりである。
「──ふふっ」
美女は華麗に笑った。先ほど耳打ちした言葉を思い出す。
あなた、かわいいわね。……
往来をしとしとと歩む美女の、そのぽってりとした美しい唇が、ちろり、と舌なめずりした。
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夕方、ベルがいなくなった。




