9匹目 ネズミ、脱走中④
また、気絶
「痛い! おぶう! ちょ、やめ……あべしッ」
ハジメは、スライムにボコボコにされている。
「みなさんこんにちは、余田ハジメです──って、一話に戻ったのではないよ!」
もちろん、今は九話だ。
「……あの、大丈夫ですか?」
そして今回は、ネズ耳美少女と一緒だ!
やったぜ!
と、喜ぶ暇もなく、
「いやいや、おれは大丈──ぶべらッ!」
ハジメは、見ていて気持ちいいくらいに、五メートル先まで吹っ飛んだ。
最初の森である。トラウマの再来。
太陽が昇り、今は昼間である。
「ちょっと、タイムタイムぅ!」
「よい、しょ」
少女がそこら辺の木の棒を振ると、ちょんと叩いただけで、スライムは身体から水をぶち撒けて雲散霧消した。
木の幹にもたれ掛かるハジメを、少女は覗き込む。
「本当にこんなんで、よろしいのですか?」
「……うん、最高」
ハジメは手でグッジョブサインをした。
『お礼がしたい』。
彼女はたしかに、そう言った。
だからハジメは、最初の森に来た。
異世界に転移して最初にスライムに襲われた森。
要はスライムによる経験値稼ぎである。
「チュートリアルってとこだな。そもそも、この世界に経験値とかいう概念があるか、わからんが……」
彼は木陰で独りごちだ。
その間に少女はなにやら、いそいそと作業をしている。
「チュートリアルにしては、ちと痛過ぎる……」
「これ、水です」
少女は木の実を半分に割った器を渡した。
「どうも……」
ハジメは、グビグビ飲んだ。
──うまい!
じじいのときもそうだったが、この世界の水はやけに美味しい。
自分が疲れているのを差し引いても、日本の水道水、否、おそらくは高級天然水と比べても、その差は歴然である。
どこの水だろう?
「あ、おかわり作りますね」
少女は微笑んだ。
途端、そばにいたスライムをその細い片手でガシッとわし掴み、ハジメの器に雑巾のように絞った!
「キュゥーーン……」
スライムが、泣くような悲鳴をあげた。
と、ブシュブシュウ! と鮮血(ただの透明な水)が飛び散る。
「ヒェッ」
瞬間、ハジメは青ざめた。
水って、これかよ!
その見るも無惨な調理工程に、しかし少女は依然莞爾として、
「はい!」
と、差し出した。
「……アリガトウゴザイマス」
どういう世界観なんだろう。……
ハジメはおののいた。
「あたし、びっくりしました。最初、自分から吹っ飛んだんだと……すごく、パントマイムが上手な人だと思いました」
「ハハ……」
つまり、こういう算段だ。
・まずは経験値だ! ゲームでも、アイテムやゼニーより、それが定石だ。
・しかしこの主人公には、それすらできない!
・であるからして、出会ったこの少女に援護してもらいながらそれらを稼ごう!
「『・そして、まだ一匹も倒せていない』……」
ハジメは自嘲する。
「で、でも、惜しいところまで行ったと思いますよ! あと、もうちょっと……? ですよ!」
フォローが痛かった。特に、疑問形なところが。
それにしても、こんなかわいい女の子に気まで遣わせるなんて、大の男として情けなさでいっぱいだ。
「──うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
意を決して立ち上がると、ハジメは突進した!
全生命を賭けて、にっくきスライムに必死の猛攻を仕掛けた!
ぷよーん。
スライムのぷよぷよボディに弾かれた!
「ぶるァああああああああああああああ!」
ハジメの身体は空中を平行移動し、後ろの大木を五、六本薙ぎ倒しながら吹っ飛ぶ。
文字通り、必死であった。
「あ……」
ハジメの身体は、動かない。
(……おれは、なんなんだ?)
(誰でもできることができなくて、女の子にたくさん気を遣わせて。
それで結果が出せないどころか、こんなにボコボコになって)
視界が、真っ赤に染まる。
(おれ、死ぬのか? こんなとこで。……)
呼吸が、止まった。
(おれは、みじめだ。……)
……




