0匹目 囚われネズミ
「んだよ、一匹余んじゃねえか!」
男の声。ドス、ドスと歩くような音。
辺りは仄かな闇だ。
ただ一つ廊下の燭台に、鴨の脛になった蝋燭の火が、チラチラか弱い照明となっているだけである。
その灯に照らされて、向かい側に一つの裸身が浮かび上がる。
女だ。それも、少し幼いような頼りなさげな身体つきの。
少女の繊手は今、上方に太い縄で括り付けられている。
その平べったい白蝋のような背中は、土のような石のような壁際に沿う。
手前には格子がある──檻だ。
閉じ込められた少女の姿だ。
チ、と男の舌打ちが聞こえた。
「あいつら、掴ませやがって。余計に勘定しちまったってことかァ、チクショウ!」
ガシャン!
男が格子を蹴ったのだろう、檻の中に凄まじい金属音が響いた。
少女の裸の肩が恐れるように、ビクッとかすかに痙攣する。
振動に、蝋燭の火が大きく揺れた。
それが、俯いた少女の頭部になにやら奇妙なものを映し出す。
あれは──耳?
彼女の頭蓋骨にくっついているのは、およそ生物的な一対の耳介である。
それも髪の色と一緒で銀色の小さい、ネズミみたいな耳。
再び乱暴な歩調が闇に鳴り、男はどこかへ去ったようだ。
その時起きた空気の流れが、もう一度強く蝋燭の火を動かした。
照らされて、少女の瞳孔が闇の中に、青白い炎のように──揺れる。