第九話 一人の超人が戦況をどうこう出来ることはない
拠点へ戻るとオミ達は大巫女様へ報告に向かい、俺は自分の天幕へと戻る。
そこには心配そうな顔をしたミサ。
駆け寄り抱きついてきた。
「うおっ!ミサ……ただいま」
「心配したよっ」
「あーうん。全然危なくなかったよ。あの仕掛けは大成功。敵は一瞬でやっつけた」
「ほんと?良かった!」
ミサは俺の胸に顔を埋める。
「たくさん作ることになる?」
上目遣いで訊いてくるミサ。
「どうだろう。使いどころを選ぶからたくさんはいらないと思う」
俺は願う。
見知った顔の人達には誰一人死んでほしくない。
口減しの為に売られた自分を育て慈しんでくれた『き』の人々。彼らを守る為には何だってやる覚悟を決めている。
だから薬師であるにも関わらず、戦に役立ちそうなものはどんどん作るつもりだ。
「ミサ、オザマに報告してくる」
やや離れたところにある一際大きな天幕へ。
「帰ったか」
「うん。オザマ、あの仕掛けはうまくいったよ」
「そうか。お前は変なもん考えるなぁ」
「変なもんじゃないよ。おかげでオミ達はあっという間に耳長のやつらを倒せたんだよ。怪我ひとつなくね」
「そうか。ならいい。傷薬をまた頼む」
「わかった。仕込んでおくよ」
そして戦士達の天幕へ。
「オミいる?」
「いるよぅ」
オミ達は今風に言えば特殊部隊にあたる。今回のような遺跡警備、時には要人の暗殺、諜報活動なんでもこなす部隊。そして少年が作った新しいものを試験運用する。
「今日のあれ、戦士長はなんて?」
「使うのは難しいって。待ち伏せ用だもんねぇ」
「うん。そのつもりで作ったからね。今はまだいいけどさ、大きな戦になると必要になるかも」
「大きな戦?」
「うん。今のところはさ、国とは言えない規模の小さな部族相手にやってるけど、そのうち大きな国とあたると思う」
「そうなの?」
「だってさ、大森林の向こうにもこの国と同じようなのがあっても不思議じゃないでしょ?」
「そう……かな?」
「きっとあるよ。俺は今日の耳長たちはさ、そんな国の手先なんじゃないかなって思ってる」
「あいつらが?」
「うん。きっと耳長たちも大きな国に取り込まれて、使われてるんじゃないかって」
「へぇ」
「今日のやつらは変だったろ?何でかなって考えたんだ」
「?」
「そう……まるで使い捨てみたいに来てただろ?他のもそうじゃなかった?」
「あーうん。そうだねぇ。遺跡に近づいてくる耳長は弱いんだよねぇ」
「俺も変だと感じてた。他にも侵入してきた部族はいたが、もっと戦える者を多勢連れてきていた」
そばにいた青年の戦士も同意する。
「耳長達も弱くはないだろ?それを従えるぐらいだから強い国なんだろうと思ったんだ」
俺が想定しているのはモンゴル帝国。多くの国を呑み込み、アジアから東ヨーロッパまで支配した強大な帝国。
まだこの国には組織化された軍隊と戦える体制はない。
それどころか国として全く固まってない。単なる部族の寄り合い所帯。
国名すら無い有様で、どうして強大な軍隊とまともに戦えるだろうか。だからこそ、こちらは搦手で戦うのだ。
「あと、これを試してほしいんだけど」
「何なのぉ?」
手渡したのは拳ほどの大きさの木の実。中には刺激の強い植物の粉、毒蛾の鱗粉、触ると激しく皮膚が爛れるキノコを刻んだものなど。
「これをさ、石と一緒に敵へ投げてほしい。これは兜やら盾、鎧にあたったら砕けて中の粉が舞い上がる。そしたら敵はかなり怯むと思うんだ」
要は目潰し、催涙ガスの代用品だ。
オミ達ケモノつきがその膂力で投擲する石は、凶悪な威力で敵を穿つ。少年の見立てではショットガン並み。
熊によく似た獣のごつい毛皮や皮下脂肪を貫いたのを見たこともある。五十メートルの距離からだ。
ハンマー投げよろしく網袋に入れた石を投げたら、軽く二百メートル離れた敵へ致命的な打撃を与える。
その中にこの目潰しを混ぜ、さらに敵と騎乗している馬の目を奪うのが狙いだ。
「おもしろいもの考えるねぇ?」
「オミ達に怪我してほしくないからだよ」
「いいよぅ。今度使ってみる」
「あとはこれ、いつもの」
「はいよぅ」
筒(竹によく似た植物から作る)を渡す。中身は鏃に塗る毒薬。神経毒を持つ蛇の毒腺から苦労して抽出したものだ。
「しばらくはここにいるの?」
「明日には海の方へ戦に行くよぅ」
海と島々を広く支配しているのは国を名乗っているが、規模としては部族。
その名は『み』。
『み』に対して討伐が前々から繰り返されているが、思うような戦果はあげられてない。
「あそこかぁ。オミ、気をつけて。無事に帰ってきてね」
「うん。大丈夫だよぅ」
笑顔のオミ。彼女の無事を心から願っている。