第十九話 厄災の中で
「オミっ! 建物の上!」
オミが素早く放った矢は三頭まとめて串刺しになる。
「背中合わせで!」
俺はテニスボール大の果実をパワードスーツのアシストで投げつけ、それは奴らの顔面に命中する。
破裂。
飛び散る粉。
中身は劇物キノコを細かく刻んだもの。触れるだけで皮膚が爛れる激痛を味わうがいいさ。
奴らは悲鳴をあげのたうち回る。ざまぁみさらせ!
目は使い物にならなくなるし、口の中、喉、気管、肺、全部大惨事だぜ?
「あそこっ! あの建物へ入ろうっ」
「急げ急げ!」
二階建ての石造り。木造のドアを乱暴に開け、そこへ俺たちは転がるように飛び込む。
ふう、疲れた……。
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一時間ぐらい前。
ユリーカが訪れたことのある都市。そこの郊外へ転移した俺たち、そこは戦場だった。
石造りの建物が密集する都市。その白っぽい風景を染めるように黒い塊りが侵食していた。
偵察報告書にあった毛針猿。
黒っぽい体毛、体格はチンパンジー、顔はヒヒっぽい。
そして背中一面にヤマアラシみたいな棘が隙間なく生えている。
そいつらが都市を埋め尽くす数で暴れていた。
あれどんだけいるんだ……スタジアムを埋め尽くす観客並みにいるぞ。
俺らもすぐ奴らに見つかり戦闘に入る。
確かにオミ達『き』の戦士にとって大した脅威ではないが、数が多い。やたらと多い。
少し離れたところでディザ帝国の兵士と思しき集団が戦っていた。軽い感じの鎧を着ているが、追加装甲っぽい木の板を背中に装着してる。
彼らは毛針猿に苦戦していた。
互いに背中を合わせ円周隊形で戦っているが、毛針猿の姿が消え、兵士の背後や股下に出現、手にした背中の棘を刺そうとする。
そこを大抵は剣で斬られるが、たまに隙をつかれて刺されてしまう。
転移は一回きりと報告はあったが、どの個体が転移済みなのか、乱戦の中じゃ全く見分けがつかない
棘に刺された兵士は激しく痙攣、白目剥いて口から泡を噴いてる。そして糸の切れた操り人形みたいに崩れ落ちる。
――あの毛針には猛毒がある。くそっ、厄介だな。
後から後から毛針猿どもは押し寄せて、ディザ帝国兵士達は劣勢を強いられる。
「助けるよっ!」
オミは矢を放ちながら駆けつける。彼女の下した判断は彼らに加勢。
帝国兵士は近づく俺らに一瞬驚いた目を向けるが、それだけだった。すぐに敵の敵はとりあえず味方だと判断してくれたようだ。
オミ達は剣舞のような動きで走り回る、血飛沫の竜巻を纏いながら。
ユリーカはハバと一緒に建物の上へ転移。ハバは短剣で、ユリーカは短槍を振るって毛針猿を寄せ付けない。
ガイザ国の女騎士ラミテスは剣を青白く光らせ、例の不可視の攻撃を放つ。毛針猿が数頭まとめて倒れる。やっぱ魔法すげぇ。
パワードスーツに奴らの棘は効かないが、俺みたいな素人が混ざってもロクなことにならない。そう判断して俺は離れたところからひたすら援護射撃に徹する。
そこで冒頭に戻る。
とりあえずこの建物にいれば安全だ。奴ら、中が見えないから転移もしてこない。ラミテスに頼んで全員に翻訳魔法を施す。
帝国軍兵士に「君らは何者か?」と誰何され、ユリーカが前に出る。
「第三十五皇妃の娘ユリーカだ」
兵士達はすぐに膝をつく。帝国では皇族を騙る行為は死罪なのですぐに信じてくれた。
でもユリーカが行方不明なのは知らないみたい。スマホもテレビもないしな。
「それは良い。私はさっき国外から戻って来たばかりでな、事情を知りたい」
すると隊長が前に出て簡単な説明をしてくれた。
最初の異変は長耳族の支配地域。
長耳族を平定し帝国傘下におさめた皇子がそのまま駐屯していたのだが、突如として定期連絡が途絶える。
それが一年半前。
ドラゴン皇女が来た頃かな?
帝都から人を派遣するが、誰ひとり戻らない。
軍が出動した結果、長耳族の支配地域は全て無人となっていた。
今、話してる隊長の部隊がその当事者だ。
途中にある集落も全て無人となっていて、報告を受けた都市では騒ぎとなる。前代未聞の消失事件。
原因究明のための調査団が派遣され、そこでダンジョンを発見。直後に毛針猿の大群がダンジョンから現れた。
都市に駐留していた軍は五百人規模。
最初は火薬を使った爆弾、騎兵による波状攻撃で優勢だったが、やがて劣勢となる。
転移しながら襲ってくる毛針猿の無限とも思える数に押され始めたのだ。
都市に住む住民は先に隣の都市へ避難していて、残ったのは軍人が百名。ジリ貧だったわけだ。
通信用の鳥を放ったものの、帝都や他の軍からの返信が来ないのでかなり不安に思っていたようだ。
まずは負傷者の手当てだ。俺はせっせとこなしていく。その間にユリーカが俺たちのことをありのまま伝えてくれた。
彼らは未開の土地にユリーカがいたことや(亡命のことは伏せてる)、ユリーカの転移能力、特にラミテスのことや彼女が使う魔法に驚いていた。
全く未知の南大陸から来たと言ったら、まぁそうだよな。
それよりあの毛針猿どもを何とかしないと。
待てよ……いけるかも?
「ラミテス、あの剣が光る魔法、あれ電気……雷の魔法だよな?」
「そうだ」
「隊長さん、ここに水が大量にある場所ってある? ため池とか」
「水……、中央に森林公園があってそこに川の水を引き込んだ人工湖がある」
「広い? 深さは?」
「広さはかなりのものだ。深さ……今は乾季ゆえ、水深は膝までもないだろう」
「塩って備蓄してる?」
「ある。ここは中央から遠く離れた都市だからな」
よし! 俺は考えた作戦を話す。ありがたいことに全員すぐに納得してくれた。
馬鹿なこと言って反対するやつがいなくて助かった。
まずユリーカの出番。転移で開封した塩樽を全て人工湖に放り込んでもらう。
都市の備蓄だけあって数トンもの塩をダバァしてもらった。
次は俺たちだ。
十人単位で都市のあちこちへ転移、奴らを人工湖へ誘導する。
あいつら魚の群れみたいに先頭集団に従って移動するから、この点は楽だった。
見渡すと黒い群れが続々と人工湖へ集まってくる。
そして人工湖の真ん中にある浮島へ転移で運んでもらう。
毛針猿どもは目ざとく俺たちを見つけると、狂ったように人工湖へと入っていく。
さあ、来い来い!
ユリーカに五十メートル上空に連れてってもらって見渡す。よし全部入ったようだ。
奴らに気づかれないよう、十人ずつさっきの建物へ転移して、最後に残るのはユリーカ、ラミテス、俺。
「ユリーカ、俺とラミテスをちょい上へ転移。ラミテス、その時にあの魔法を最大出力でやってくれ。そしたらユリーカ、すぐにさっきの建物へ転移頼む」
「ハヤは?」
「この鎧は雷を通さないから平気。ここで見届けるよ」
「わかった」
既にラミテスの剣が青白い光を纏っている。
十メートルほどの空中に転移したユリーカとラミテス。放たれる雷撃魔法。
閃光が目を閉じた瞼をも貫通してくる。
大音響。
衝撃。
突風にも似た圧力。
そしてあたりは静寂に包まれる。
見渡す限りの範囲に毛針猿が倒れている。
体が変な形に折れ曲がってるもの、黒焦げになってるもの、様々だ。
こんな場合、電気は湖面を滑るように走る。本来水はあまり電気を通さないが、塩をぶちまけたおかげで導電率はかなり上がったはず。
水の量が少なかったのも幸いした。
「ハヤ、お前賢いな!」
ラミテスが興奮気味に俺の肩を叩く。
「ラミテスの魔法、この湖と塩の備蓄、それにユリーカがいたから出来たんだぞ」
痛いからそろそろ叩くのを止めてください、ラミテスさん。
さて、これからどうする?
今回、俺ら第二次偵察隊の任務は都市の偵察だけど、ユリーカのことが帝国に知られることになり、これではいさよならってわけにはいかなくなった。
「ふむ。まと王に指示を仰ごう」
そう言うとユリーカの姿が消える。すぐには戻らないだろう。俺は忙しそうにしてるハバのところへ行く。
ハバはディザ帝国の都市のあらゆるものを記録している最中だった、たぶんまともに寝てないぞ。
「ハヤか。あれを見ろ。見事な建築だろう?」
「だよね。石であれだけのもの作るのってとんでもない数の人間が何年もかかって作ってるよ。トイレもすごいでしょ?」
「あぁ、石をくり抜いて地下の下水道へ流す仕組みはすごい」
「服や履き物も全然素材が違うしね。兵士たちの装備も。鉄もいろんなところに使われてる」
「そうだな。全て記録しておく」
「上下水道とか道路みたいなインフラは一朝一夕には出来ないから、今は記録が大事な時だよ」
俺も可能な限りスケッチしておこう。
「た、大変だ。ちょっと来てくれ」
オミの部隊の人が俺たちを呼びに来た。毛針猿を倒した人工湖へ行くと、俺もびっくりした。
毛針猿どもの死骸が全て白い結晶の塊となっていた。
「これ……塩?」
「不思議だよねぇ」
少し粒が大きいが、舐めてわかった。死んだら塩になる? どういう生物だよ。
ここの備蓄である塩を使ってしまったことで弁償とか心配していたけど、これなら大丈夫……かな?
「あれは生き物の理から外れたモノなのか……」
ハバが呟く。
「俺のいた世界でさ、神の言いつけに背いた女が塩になったって話があるよ」
「そんな話が?」
「まぁほんとかどうかはわからんけど、これ見てたら思い出した」
人を襲う獣がダンジョンから出てきて大地を埋め尽くす……黙示録っぽいけど、うーん、天変地異には変わりないよな。わけわからんことが多すぎない?
ディザ帝国全土がこうだったら、かなりやばい。けどそれを知る術がないのがもどかしい。
ディザ帝国の兵士達が忙しく作業をしているのを眺めながら、そんなことを考えていた。
翌朝、ユリーカが二人の男と一緒に戻った。まと中央政府の摂政とオウルグ将軍だ。
「この災厄がここだけで済めばよいが、そうでない場合に備えて、帝国へ三ヶ国同盟を持ちかけることになった」
「ここにまと王の書簡があります」
摂政さん、顔色がすごく悪い。寝る暇もないぐらい仕事したんだね……。
「聞いていた以上に状況は悪いな」
住民のいなくなった都市を眺めながらオウルグ将軍は顔を顰める。
「皇帝のところへ行くの?」
「気軽に会えるわけではないからな、まずは議会の方へ行く」
「俺はハバと留守番だね」
流石に国同士の交渉になると、俺みたいな子どもの出番はない。
ユリーカ、摂政、オウルグ将軍、オミ達が転移で帝都へ向かう。
俺、ハバ、ラミテスが残ることになった。
「ハバ、あのダンジョンの中を見に行こう。毛針猿がどこから来たかだけでも調べておきたいんだ」
「大丈夫なのか?」
「ラミテスがいれば多分」
「ハヤ、やっと私の実力を認めたのだな」
「元々疑ってもないよ。その辺は信頼してる」
俺には心当たりがある。
前に見つけて、くぐったこともある、あのマンホールの蓋(異世界転移ゲート)だ。
毛針猿はあそこを通って来たと半ば確信してる。
帝国兵に場所を教えてもらい、目的を告げるとバボを貸してもらえた。
「いいのですか?」
「ユリーカ様に最大限の便宜を図るよう命じられている」
バボの背中で揺られること一時間。
ダンジョンが見えてきた。大きな怪物が口を開けたような穴。
バボは入り口に繋いでおき、俺たちはダンジョンへ入る。
光苔の淡い光で不便なく歩けるのは遺跡と同じだ。
「光苔を獣は嫌がるよね」
「そうだな」
「でもここに出現する生き物はそうじゃない」
「……光苔が放つ光についてはわからないことだらけではあるが、ひとつだけはっきりしたわけだ」
ハバは少し考え込む。彼は記録のため観察に集中しているから警戒は俺たちの役目。
「今のところパワードスーツのセンサーには何の反応もないね」
「そのぱわーどすーつはそこまでわかるのか?」
ラミテスが訊いてくる。
「うん。なんていうかな、俺の感覚を増幅してくれる感じ」
「便利なものだな」
「これはさ、戦うためだけよ鎧じゃない気がするんだ。例えば生身の体じゃ行けない場所へ行くためのものとか」
「それはどう言う場所だ?」
「ラミテスはさ、海の底をずっと深く潜れる?」
「泳ぐのは得意だが、ある程度までしか潜れないな」
「海ってさ、見上げるような高い山と同じぐらい、いやそれ以上に深いところもあるんだよ」
「そうなのか?」
「間違いなくね。でね、その深さの分だけ『水圧』と言って水の重さがのしかかるわけ」
「よくわからないな」
「ごめん、俺もうまく説明出来ない。で、深ければ深いほどその重さがとんでもないことになって、例えば俺がそこへ生身で行ったらすぐにぺちゃんこになるぐらい」
「なっ。そこまでか?」
「そこまでだよ。例えるならそんな場所へ行くための鎧だと思うんだ」
ラミテスは少し考えるような顔。
「で、何しに行くのだ? 魚をとるためか?」
「それもあるかもだけど、海の底って調べると貴重な資源が見つかったりするんだ。俺が前に生きてた世界じゃ、積極的に調べる場所ではあったよ」
この話はハバも関心があるようだ。黙ってはいるがこちらに耳を傾けている。
「それと夜になると月が見えるでしょ? あそこに行って活動するため、とかね」
「月へ行けるのか?」
「ここでもあそこへ行くための船が作られるよ、ずっと先の話だろうけど。あそこには空気も無いし、色々有害な光が降り注いでるし」
「お前のいた世界では行ってたんだな?」
ラミテスは真剣な顔になっていた。
「そうだよ。それこそたくさんの人の知恵と技術とお金と犠牲を払って、人を月に送り込んだのさ」
「それはすごいな……想像もつかない。ハヤが着ているそれは遺物だと言ったな?」
「そうだよ。これを作った古代人は、きっと星の海へも自由に行ってたんだろうね」
滅びたとかではなく、何かがあってこの惑星を捨てて宇宙へ行ったのかもしれない。
遺跡の中に記録媒体の類は無いのが本当に残念だ。
「あの不可視の攻撃もなかなかだ」
「まだまだ訓練が足りないし、大型の、たとえばさっきのバボみたいな獣にはあまり効果ない。あくまでも自衛用だね」
「うむ。ハヤの年頃なら、その力を過信しそうなものだがな」
「中身はおじさんだ。たまたま拾っただけのものを自分の力とは思わないよ」
「ぬ? あれは」
ラミテスが目ざとく見つけたのはマンホールの蓋。それにしか見えない異界への転移ゲート。
「やっぱりあったね。これと同じものが『き』のダンジョン奥にもあったんだ」
「そうなのか? ハヤ、お前は……」
ハバが責めるように聞いてきた。
「ごめんて! 言ってもわかってもらえそうになかったから黙ってた。これが光ったら違う世界と繋がったんだよ」
「それはハヤの前世の世界か?」
「ううん違う。全然違う世界だった」
コバヤシ氏と少女、二人との邂逅を思い出す。
「毛針猿もそうやって違う世界から、これを通って来たんだと思ってる。数が多すぎるだろ? ラミテス、これ壊せるかな?」
「どうだろう。やってみよう。離れていてくれ」
ラミテスが剣をかまえると、彼女の額にある角が僅かに光る。
一閃。
全く動きが見えなくて、気がついたら彼女が剣を鞘におさめていた。
「すごい……居合みたいだ」
「ガイザ国では必須の技だ」
「どう?」
「いや、まるで手応えがない」
マンホールの蓋に触れてみる。
あれ? 触れないぞ、実体がない? ホログラム的なものか!
「見えてるけど、ここに存在しているわけじゃないわけか……」
お手上げだ。ハバは驚きつつも、マンホールの蓋にある文字らしき模様を書き写している。
「ラミテス、言葉がわかる魔法でこれを読めたりできるかな?」
「それは出来ないな。あれは互いの意志を伝えるための魔法だ」
残念。これがまた毛針猿や別のものを吐き出す可能性がある以上、潰しておきたいんだけど。




