08.一口ちょうだい
「誰とって……」
ミレイナ目を瞬かせる。
「こんなところまで一緒に来るんだから、仲がいいんだろう? 僕の知らない人?」
「もしかして、また怒っているの?」
紫の瞳が不機嫌そうに揺れている。
「……怒ってはいない」
「あ、もしかして、誘わなかったから不貞腐れているのね!」
ミレイナの交友関係は広くない。それはセドリックの知るところでもある。数えるほどしかいない上、遠出するとなると家族くらいのものだ。セドリックは兄とも面識があるから、きっとのけ者にされたと思ったのだろう。
やはり十八歳になったとはいえ、まだまだ子どものようなところがある。
「違う」
セドリックは不機嫌そうにそっぽを向いた。思わず彼の頭を撫でる。
魔法薬を使って金色に変わっても、サラサラなところは変わらない。
彼が不機嫌になっているところ悪いが、ミレイナと同じ髪色であるせいか本物の弟ができたようでなんだか楽しかった。
「もう二年も前の話よ。お兄様と来たの。急遽、お義姉様の代わりだったから誘えなかったのよ」
「ウォーレンと? 本当に?」
「ええ」
「ウォーレンがこんなところを好むなんて意外だな」
セドリックは怪訝そうな顔をした。その反応も仕方ない。
ミレイナの兄、ウォーレン・エモンスキーはどちらかというとガサツなタイプだ。洒落たカフェとは無縁で、ほとんどの人生を剣に捧げてきた。
「お兄様にだって可愛いところはあるのよ」
まだ結婚したばかりの妻のためにこのカフェを見つけ出す純情さはあるのだ。妻の前では気弱になるなど、セドリックも知らないだろう。
「まだ甥っ子が生まれる前の話よ。お義姉様がつわりで行けなくなって、代わりにわたくしがお兄様と一緒に行ったの」
ミレイナは思い出しながら笑った。まだ義姉のおめでたがわかってすぐのことで、屋敷の中はお祭り騒ぎ。そんな中、折角の予約が勿体ないからと義姉にせっつかれ、兄妹できたのだ。
「お兄様ったら、お義姉様が心配でずーっとそわそわしていて、カフェを楽しむどころじゃなかったのよ」
ミレイナが『お兄様だけでも帰っていいのよ』と言っても、『そんなことをしたら妻に怒られる』と言って提案を却下され、『なら早く帰りましょう』と言っても『早く帰ったらあいつが気に病むかもしれない』と言うのだ。
「そんなに心配なら僕が代わりに行ったのに」
「本当にそのとおりよね。セドリックを連れてくればよかったわ」
兄と行くよりも何十倍も楽しかっただろう。
会話こそ少ないが、セドリックが本を読んでいる側で彼の顔を眺めながらスイーツを堪能するひと時は格別なのだ。
彼は年々美しく成長している。あまりの神々しさに直視するのすら難しいと思うほど。
甘いケーキと濃い紅茶。目の前には前世からの推し。
ミレイナはケーキを口に運びながらにんまりと笑った。
「一口ちょうだい」
「どうして? 甘いものは苦手でしょう?」
「ミレイナがあまりにも美味しそうに笑うからさ」
セドリックはそう言うと、フォークに乗ったケーキをパクリと食べてしまった。
「甘い……」
「だからって言ったじゃない」
「いつもよりニヤニヤしてるから騙された」
「それは……」
(金髪美少年の推しを堪能してたから……)
などと言えば、変態だとバレてしまう。そうなったら近くでこの御尊顔を拝めなくなる可能性もあるのだ。
「セドリックは甘いものが苦手だから何を食べても一緒に感じるのよ」
「ふーん、そんなものか」
クッキーの一枚も完食できないセドリックが、それ以上に甘いケーキを美味しいと思うはずがない。
「もうわたくしの食べかけを食べてはだめよ。こんなことをしたと知られたら『はしたない』って怒られてしまうわ」
「いいだろ? ここには僕と君しかいないんだからさ」
「そうかもしれないけれど、どこに目があるかわからないわ」
セドリックは王子で、ミレイナは貴族の令嬢だ。誰がどこで二人のことを見ているかなどわからない。
一応、先生としてセドリックの側にいるのだ。外聞が悪くなるようなことはきちんと注意しなければならないだろう。
「味が気になるのであれば、もう一つ頼めばいいのよ」
「でも、ここに『デートでは一つの料理を二人で分け合うと距離が縮まる』って書いてある」
セドリックは一冊の本を広げて言った。確かに書いてある。
「これは……なんの本なの?」
「デートの本。予習は大事だろ?」
セドリックは得意げに笑う。ミレイナは顔を引きつらせた。
ちらっと表紙を見れば、『デートの基本 初級』と大きな文字で書いてあった。初級ということは中級や上級があるのだろうか。
読書家でもある彼は、昔から気になったことはすべて本で調べていた。彼曰く、『人に聞くよりも早く、確実で煩わしさもない』ところがいいそうだ。
そんな彼が何も調べずにデートを決行するはずがなかった。
他の頁も見てみたいような、見てみたくないような気持ちでいっぱいだ。