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06.姉弟に見えるかしら?

(と、見栄をはったけど、今世では一度もデートなんて行ったこともないわ。……お兄様たちはどこに行っていたかしら?)


 ミレイナの参考になる人物といえば、両親と兄夫婦くらいだ。彼らはよく二人で出かけていき、ありったけの荷物を抱えて帰ってくる。


「そうだわ。お買い物とかどう?」

「……買い物?」

「ええ、殿下はいつも王子宮から出ないでしょう? 街でお買い物をしたら楽しいと思うの」


 我ながら妙案だと思った。高位の貴族や王族は買い物にはでかけず、商人を通して買いつけることが多い。


 エモンスキー家も例外ではないのだが、家族は外に出てする買い物が好きだった。


 ミレイナも例外ではない。社交場は苦手だが、家族と行く買い物は好きだ。店の扉をくぐったとき、パッと世界が変わるあの高揚感。きっと、引きこもりのセドリックは知らないだろう。


(いろんなお店を知っておけば、本当のデートをしたときにスマートに案内できるわ)


 と、いうのは口実で、セドリックにいろんな服を着せて楽しみたいというのが本音だ。十八歳になったセドリックはどんな服装でも着こなせそうなほど美少年に育った。


 いつも似たような服しか着ないので、つまらないと思っていたところだ。


「……僕は欲しいものはない」


 セドリックは眉を寄せて言った。下心が丸見えだっただろうか。


 実はまだ彼が十二歳のときに一度だけ着せ替えごっこをやったのだが、楽しみ過ぎて「もう絶対にやらない」と言われてしまったことがある。「欲しいものはない」とはつまり、「着せ替え人形になるつもりはない」という意味だろう。


 ミレイナはがっくりと肩を落とした。


「……が、ミレイナがどうしても行きたいなら付き合ってやってもいい」

「いいわ。別のところに行きましょう! デートは二人で楽しむものだもの」


 ミレイナ自身の買い物につき合わせてセドリックに「デートはつまらないもの」と思われてしまっては困る。


「そうだわ。ゆっくりできる素敵な場所があるの。そこに連れて行ってあげる」


 ミレイナは満面の笑みでセドリックを見上げると、彼の手を取る。八年前とは全然違う大きな手。


「でも……。外でそのかっこうは少し目立ってしまうから、別の日にしましょう」

「いや、今日でいい」

「でもそのかっこうで歩いたら目立って嫌になってしまうわ」

「変装に必要な物は全部持ってきたから」


 セドリックはそれだけ言うと、応接室で空気のように佇んでいた従者に目配せをする。従者は馬車から大きな箱を一個持ってきた。


 ミレイナが隠れられるほどの大きな箱だ。


 箱の中には服が何着も入っている。ふだんセドリックが着ないような服ばかりだ。


「どんなかっこうがいいかわからなかったから考えられる限りの服を用意した」


 セドリックの説明にミレイナは一番上に置いてある服を一着取り出す。


 ペラペラでシワシワの生地でできたシャツ。


 これをセドリックが着るというのだろうか。


「どんなかっこうをすればいい?」

「ここまで変装する必要はないわ。連れて行こうと思っていた場所は貴族や平民の中で富裕層向けのお店なの」


 王族が来たとわかればてんやわんやだろうから、もう少し控えめなかっこうのほうがいいけれど、ここまでボロボロである必要はない。


「ではこちらではいかがでしょうか?」


 従者は愛想笑いを浮かべながら、箱の中から一着の服を取り出した。


(本当に考えられる限り用意したのね)


 そういうところがセドリックらしいとも言える。彼は几帳面なところがある。


 この前もそうだった。


 八年前、ミレイナはセドリックと一時間一緒にいる権利を得ているのだが、その日は話のキリもよかったので、少し早く帰ろうとしたのだ。


 しかし、セドリックが難しい顔をして『あと十分も残っている』と言った。


 几帳面で頑固な証拠だろう。


(なんとしても今日は『デート』というものを経験したいのね)


 ミレイナは小さく笑った。やはり身体が大きくなっても子どもらしいところは残っている。


「ではわたくしもそのお洋服に合わせて着替えますから、準備ができたら廊下にいるメイドにお伝えください」





 ミレイナはセドリックの用意した服に合わせてドレスを選ぶ。


 動きやすい簡素なものだけれど、今はやりの形だとメイドたちが言っていた。貴族のお忍びデートの定番だそうだ。


 スカートがふくらはぎまでの短いもので、足首が出るのが特徴だという。ふだんよりも短いスカートになんだかスースーする。


 この足首が見えるドレスがはやったことで、おしゃれな靴が人気なのだとか。


 癖の強い髪を左側でみつあみにしてまとめ、大きな帽子を被った。


 セドリックの待つ応接室に戻ると、彼の準備はすでに終えているようだ。


 扉を叩くと、すぐに開いた。


「どう?」


 金の髪が揺れる。


 ミレイナは目を丸めた。


 セドリックの見慣れた黒髪の面影はすっかり消え、輝かんばかりの金色に変わっていた。


 元々顔立ちが華やかだからから、金色でも負けない美しさがある。そこがミレイナとは違うところだろうか。


 紫色の瞳と相まって、どこか儚げで神秘的だ。


「殿下、その髪はどうしたの?」

「魔法薬だから、半日で解ける。黒髪のままじゃ王子だってすぐにバレるかもしれないだろう?」


 少し恥ずかし気にセドリックは言った。


「殿下はほとんど外に出ないから、黒髪のままでも大丈夫だと思うけど……」


 けど、金髪姿を見ることができたことは幸運だった。


(そういえば、原作の中でも金髪に変えて出かける話があったわ。こんな感じだったのね)


 ミレイナはうっとりとセドリックを見上げる。黒も似合うが金も似合う。いつもとは違う雰囲気というのが、特別感があっていいとも思った。


 ミレイナの髪色とよく似ている。


「とってもよく似合っているわ。これなら、わたくしたち姉弟に見られるかもしれないわね」

「それは絶対にない」


 ミレイナの言葉にセドリックが間髪入れずに答えた。似た髪の色だし、パッと見た感じで姉弟に見られてもおかしくはないと思ったのだが。


(よく考えたら、こんな美形と姉弟だなんておこがましいわ)


「そんなことより、早く行こう」


 セドリックが促すようにミレイナの肩を抱いた。


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