番外編02-2.舞踏会の記録2
本日二話更新しています。
ご注意ください。
セドリックとの約束に十分遅れたミレイナは、言い訳とばかりに今日のことを語って聞かせた。
「みんな、セドリックがかっこいいと言っていたわ」
「へぇ」
セドリックはあまり興味がなさそうに返事をする。褒められているのに、少しも嬉しそうにしないのはなんだか納得がいかなかった。ミレイナはこんなに嬉しいのに。
ミレイナはいつもの席に座ると、頬を膨らませた。
「これではわたくしが一人ではしゃいでいるだけじゃない」
「なんでミレイナが?」
「セドリックのことを褒められたら嬉しいに決まっているでしょう? それに――……」
(「お似合い」だなんて言われて嬉しくないわけがないわ)
しかし、そんなことを言ったらセドリックに揶揄われてしまいそうだ。
「……それに?」
セドリックは不思議そうに首を傾げた。
ミレイナは慌てて頭を横に振る。
プロポーズされたとは言え、そんな他人の一言で浮かれているとバレたら年上の威厳が保てない気がした。年上らしく、ある程度の余裕をみせなければならない。
「な! なんでもないわ! それよりも、舞踏会の絵があるって聞いたの」
「絵? ああ……そういえばできたとか言っていたかもしれない」
「みんながね、宮廷画家がセドリックを描いていたと言っていたわ」
あの日の舞踏会はセドリックの社交デビューのために開かれたもの。主役を差し置いて他の人を描くということはないだろう。
「見たいのか?」
「もちろん! 見たいに決まっているでしょう?」
「……まだ公開前らしいが、アトリエに行けば見られるらしい」
「まあ! でも、わたくしも見に行ってもいいのかしら?」
ミレイナは王族ではない。気軽に未完の作品を覗きに行っていいものなのだろうか。
セドリックは立ち上がると、ミレイナの頬をつねった。
「いひゃいわ」
「また馬鹿なこと考えていただろ?」
「そんなことない……と思うけれど」
「ミレイナは僕の婚約者になるんだから、この程度許されないわけない。今から見に行こう」
セドリックは本棚に本を戻すと、ミレイナに手を差し伸べる。ミレイナはその手を取って息を吐き出す。
「なんだか悪いことをしに行くみたいでどきどきするわ」
胸に手を当てると、いつもより心音が早歩きだ。
「見つかったら全力で逃げれば問題ない」
「それって、見つかったら怒られるってこと?」
セドリックは思わせぶりな笑みを見せた。
こういうときの彼は昔から意地悪なのだ。
宮廷画家はほとんどの時間を王宮で過ごし、王宮のあらゆるものを描いているという。
記録としての役割と、芸術としての役割の両方を担っているという話を、セドリックが教えてくれた。
宮廷画家は王宮にアトリエを与えられているらしい。王子宮を出て王宮の端にあるアトリエへと向かう。まだ部屋の中に入っていないというのに、廊下まで絵の具の匂いが充満していた。
セドリックの従者のテオが先に話をつけてくれていたようで、慌てた様子の宮廷画家が二人を迎える。
「このような汚い場所にようこそお越しくださいました」
宮廷画家の顔には困惑が見て取れる。王族が足を踏み入れるような場所ではないようだ。彼は顔に大きく「困った」と書きながら、セドリックに向かって愛想笑いを浮かべた。
「舞踏会のときに描いたものを見せてほしい」
「かしこまりました。こんなところまでお越しいただかなくても、お持ちいたしましたのに」
宮廷画家は眉尻を最大限下げて言った。
「わたくしが見たいと言ったせいよね。お忙しいところにお邪魔してしまったかしら?」
「いえ、興味を持っていただき光栄でございます。ご案内いたします」
ミレイナの言葉に宮廷画家は頭を横に振る。彼は笑みを浮かべるとアトリエの扉を開いた。
「汚いところですが……」
かれが言うとおり、あちらこちらに道具が転がっていた。絵画には詳しくないが、どれも絵を描くために必要なものなのだろう。
転がる道具すら興味深いものばかりで、ミレイナはあちらこちらに視線をやった。
「先日の舞踏会の記録はこちらの五点です」
宮廷画家は並ぶ絵画を指差す。本を四冊並べた程度の大きさのキャンバス。
そこには、王族が並ぶ姿が描かれていたり、楽しく談笑する貴族たちが描かれている。どれも活き活きとしていた。
「まあ! 素敵。あの日のことがありありと思い出されるわね」
王族の一員として立つセドリックがどれほど素敵だったか。ここにはそれが描かれている。少し、つまらなさそうにしている様子まで鮮明に映し出されていて、ミレイナは肩を揺らして笑った。
「こちらの絵は?」
最後の一枚には布がかけられている。しかも他のキャンバスの倍は大きかった。
「こちらは私が勝手に描いた絵でして……」
「ぜひ、見せていただきたいわ」
宮廷画家は恥ずかしそうに頬を掻く。
こんなおおきなキャンバスに描いているのだから、力作に違いない。どんな場面が切り取られているのか興味が湧いた。
宮廷画家は恥ずかしそうにキャンバスに掛けていた真っ白な布を落とした。
「これって……」
ミレイナは思わず呟く。
布の下から現われたのは、セドリックがミレイナの手を取り踊るシーンだったからだ。
「こんなの……反則だわ」
頬が熱い。
五枚の絵に描かれたセドリックはどれもつまらなさそうな顔をしていた。それなのに、ミレイナと一緒のときだけ、こんな風に笑うだなんて。
ミレイナはセドリックを見上げる。
彼は優しい笑みで首を傾げ、ミレイナを見下ろした。絵画と変らない笑顔だ。
もしかしたら、この笑みはミレイナにしか向けられない特別なものなのではないかと錯覚しそうになる。
(ああ、今日も推しが尊い……)
悔しいが完敗だった。だって、どんな顔も愛おしく感じるのだ。
セドリックが何も言わずにミレイナの肩を抱く。
心臓が早鐘を打って、絵画鑑賞どころではなかった。
FIN
『推しの育て方を間違えたようです』が12月10日に発売することが決定しました!
これもすべて応援してくださった皆様のおかげです。
書籍では、なろう版からだいぶ加筆してあります(1.5章分くらい)
じれキュン度も増し増しになっております。
表紙、口絵、挿絵はカロクチトセ様が描いてくださっています。
告知SSのセドリックとミレイナのシーンも描いてくださっているので、是非本を手に取っていただけたら嬉しいです。
下のほうに、リンクを貼らせていただきます。
よろしくお願いします。