番外編01-1.ブロマイド大作戦1
お久しぶりです。
6,7月とプライベートでトラブルに見舞われて、執筆が滞っておりました。
予定より更新が遅くて申し訳ございません。
ミレイナ二十歳、セドリック十五歳くらいのときのお話です。
ミレイナの趣味はセドリックの尊顔を拝むこと。
一日に一時間。毎日の楽しみである。セドリックの教師というていではあるが、彼に教えることなどないに等しい。一時間という短い時間の大半がただ眺めるだけで終わることもある。
ミレイナは一時間を反芻しながら馬車に揺られた。
「お嬢様、今日も幸せそうですね」
「ええ、素晴らしい一時間だったわ」
侍女のアンジーはミレイナの言葉ににこりと笑うと頷いた。
「一日のうち一時間しか眺められないなんて残念よね」
「一時間も眺められるではりませんか」
「ブロマイドがあったらいいのに……」
ミレイナははあ、とため息を吐いた。ブロマイド――もとい、写真はまだこの世界には生まれていない。写真の技術さえできれば、一時間と言わず一日中堪能することが可能なのだ。
「お嬢様、ブロマ……? とは何でしょう?」
「写――精巧な絵のことよ。そうだわ! 名だたる画家に殿下のお顔を描いていただけばいいのよね」
有名な画家にもなれば写真のように麗しいそのままのセドリックを描いてくれるはず。それを部屋に飾れば、朝目が覚めてから眠るまでのあいだ、ずっとセドリックを眺めておくことができる。
「お嬢様、画家といってもたくさんいらっしゃいますよ」
「あら、そうなの?」
「はい。有名な画家から新人まで屋敷にも飾られておりますよ」
「あらあら? そうだったかしら?」
ミレイナが首を傾げると、アンジーは苦笑をもらした。
「お嬢様の興味はすべて王子殿下に向かってらっしゃいますから」
「そうかしら?」
「はい。何よりも王子殿下を優先させているではございませんか」
それは仕方のないことだ。だって、セドリックはミレイナにとって人生の潤い。推しに予定を合わせるのはごく普通のことだ。しかもそれができる環境がそろっているというのに、違うことに力を注ぐ理由があるだろうか。
「安心して。今だけよ」
原作がスタートするまでのあいだの楽しみなのだ。
その前にセドリックの絵を完成させれば、遠く離れてしまっても推しを愛でることができる。
「まずは屋敷中の絵画を調べるところからね」
ミレイナは馬車を降りると颯爽と屋敷の中へと駆けた。
使用人たちからの挨拶を返し、屋敷に飾られている絵画を一点一点
「お嬢様、こちらの画家は有名で、いくつもの賞を取っておりますよ」
「これは何を描いた絵なのかしら?」
「ひまわり畑を駆ける少女だそうです」
アンジーの言葉にミレイナは首を傾げた。
(どこをどう見たらひまわり畑に見えるのかしら?)
ひまわりというのは黄色い。
しかし、この絵画は全体的に青色だったのだ。
そして、駆ける少女がどこにいるのかもわからなかった。これが、有名な画家の作品だとは。
屋敷にある絵画のほとんどが抽象的なものばかりで、ミレイナにはそのよさがまったくわからなかった。
「どれもだめね。殿下の魅力を最大限に引き出せる画家でないと」
「どの絵画も素晴らしいと思いますが……」
アンジーにはこの絵画のよさがわかるらしい。ミレイナは近くで見ても、遠くから見ても子どもが絵具を塗りたくったようにしか見えないのだ。
「もっと人間を人間らしく描ける方がいいわ。……有名かどうかはこの際関係ないわね」
写真のように精巧であればあるほどいい。
抽象的な絵画が評価される世の中で、精巧な絵を描く人はきっと無名だろうから。
「では、肖像画を生業にしていらっしゃる画家はいかがですか?」
「肖像画を専門に描く方がいらっしゃるの?」
「はい。肖像画はお見合い用や、家族の記録に残す方も多いのですよ。技術的には申し分ないかと」
「まあ! それよ! わたくしはそういう画家を求めていたの!」
この世界の芸術の価値観はわからないが、ミレイナにとって求めているのは、ありのままを描く才能だ。
(その中でも一番お上手な方にお願いしたいわ。どうやって見つけたらいいかしら?)
せっかく描いてもらうのであれば、特別な一枚にしたいというのが乙女心。
画家を雇う資金ならある。
毎年、ミレイナに充てられる予算の半分は使っていないのだ。その半分だってどうにか使っているようなものだ。
減らそうと思えば減らせるだろう。
しかし、ミレイナの望むような絵を描くことのできる一人を見つけ出さなければならない。
セドリックは内向的だから、何人もの画家を何度も呼ぶのは難しいだろう。気に入らないからといって、何度も何度も画家を連れて行ったら、ミレイナすらセドリックに会わせてもらえなくなるかもしれないのだ。
そして、完成までにかかる時間も重要だ。精巧な絵でも時間がかかりすぎてはいけない。セドリックと一緒にいられるのは一日一時間。何日も通い詰めることになれば、彼はいい顔をしないだろうから。
(まずは試す必要があるわね)
「そうだわ! まずはわたくしを描いてもらおうかしら!」
「お嬢様を、ですか?」
「ええ、その中から時間をかけず、技術も素晴らしい画家に依頼するのよ」
自ら試せば、どのくらいの時間をかけるのかも一目瞭然だ。
「アンジー、肖像画を描く画家に依頼状を送ってくれる?」
ミレイナは満面の笑みでアンジーに指示を出した。
続きは来週更新予定です。