34.パーティー3
「姉……さん……?」
「いくら従弟でも、わたくしをダシにみんなを呼ぶなんて間違っているわ」
ビルが男たちをどう唆したのかはわらない。
しかし、ミレイナと仲良くなることができれば、エモンスキー家やセドリックとの繋がりが作れるかもしれないと考えるのは、ごくごく普通のことだろう。
責任感の強い人間ならば、家のことを考えて遠路はるばるやってくることも厭わないかもしれない。
たとえ、ミレイナのことを好きでなかったとしても。
「でも、俺は姉さんのことを思って……」
「嘘。わたくしのことを思ってくれているなら、こんな計画秘密にしないはずよ」
紹介したい友人がいることは、以前聞いている。
しかし、わざわざ王都から片道七日もかかる場所に一同を呼び出すとなれば話は別だ。
馬車で七日。軽い気持ちでは決断できるものではない。往復で最低でも半月は家を空けることになるということだ。
ビルから招待された男たちは、王都で活躍する人ばかり。無理をしてここに来たに違いない。
「ごめん……。サシャが最近、俺と姉さんの関係を心配しててさ」
「サシャさんが?」
「うん。最初は『殿下と結婚するのでは?』って噂もあったからよかったんだけど、最近突然婚活を始めただろ? それで、余計サシャが心配しちゃって。……姉さんに婚約者ができれば安心するかと思ったんだ」
「それで、フレソンさんや他の方を紹介しようと思ったの?」
「ここ数年、姉さんを紹介してほしいって色んな人に頼まれててさ……。姉さんに婚約者ができればサシャも安心するだろうし……」
ビルの語尾はどんどん弱くなっていく。
ミレイナは彼のことはずっと弟のように思って接してきた。年が二歳しか離れておらず、同じ王都に住む従弟はビルだけだったからだ。
兄弟がいないビルはミレイナとウォーレンによく懐いていたし、悪い気はしなかった。
けれど、やはり従弟は従弟でしかない。いくら姉弟のように育ったとしても、二人は結婚可能な関係なのだ。
遠く離れた場所に住む婚約者が不安になるのも理解できる。
「俺、よかれと思って……」
「ビルは間違っているわ。あなただって本当はわかっているのでしょう?」
「姉さん……ごめん」
「謝る相手が足りないわ。行きましょう」
ミレイナはビルの腕を掴むとまっすぐサシャの元へと歩き出した。きっと、今だって不安になっているはずだ。
ビルはいまだに言い訳を並べていたが、ミレイナの耳には届かなかった。
(ビルのことを弟以上に見たことはないけれど、サシャさんからしてみたら不安よね。わたくしが考えなしだったわ)
ここ数年、ビルとの関わりが多かったわけではない。
元々引きこもり気質のミレイナは、夜会の参加も控えめだったし、ふだんビルを連れ回すようなこともしたことがなかった。
けれど、遠くに住んでいれば、認識はねじ曲がってしまっていてもおかしくはないだろう。
これを機に、ビルとはほとんど関わりがなくなっていることを伝えなければならない。
「サシャさん。今日は素敵なパーティーをありがとう。少し話があるのだけれど」
「ミレイナお姉様、ビルもどうしたの?」
「わたくし、サシャさんに謝らないといけないと思って。あなたの気持ちをもっと考えなければならなかったのに、ごめんなさい」
「えっと……。その……」
サシャは困ったようにビルを見た。けれど、彼は落ち込んでいるのか、黙ったままだ。
「ビルとは年の近い従弟だから、昔はよく遊んでいたの。でも、最近は年に数回しか会っていないから安心して」
「……本当ですか?」
「もちろんよ。わたくしは引きこ……あまり外出もしないから、ビルと会う機会もないわ」
「でも、ミレイナお姉さまはお身体が弱いから、よくお見舞いをしないといけないって……」
「お見舞い……?」
ミレイナはサシャの言っている意味がわからなくて、首を傾げた。
今まで見舞いなど来てもらったことがあっただろうか?
「ほ! ほらっ! 姉さんは寝込むと長いだろ!? いつも見舞いに行っても会えなくてさ!」
ビルは慌てたように言いつくろう。
(本当に? でも、そんな報告は受けていなかったわ)
アンジーは誰かがミレイナを訪ねて来たら、報告するはずだ。ビルのときだけ報告のし忘れをするとは思えない。
「ビルは婚約してからずっと、ミレイナお姉さまのことばかり。こっちに来るって約束していた夏のバカンスだって、ミレイナお姉様に用事をお願いされたからって……」
「夏? わたくし何かお願いしていたかしら?」
年がら年中、セドリックの元に足繁く通っている身としては、まったく記憶になかった。何かをお願いするにしても、夏のバカンスの予定をなしにするほどのことなど頼んだ記憶はない。
ミレイナが首を傾げると、ビルの頬が引きつった。
「……ビル、どういうこと? 夏に来られなかったのはミレイナお姉様の用事だって手紙に書いていたじゃない?」
「そ、それは……。何かの手違いでなくなったというか……」
ビルの声は尻すぼみになっていった。
「つまり、ビルはわたくしを理由にして、サシャさんに会いに来ていなかったということね」
「それは……! その……ごめん」
「わたくしに謝られても困るわ。これはあなたとサシャさんの問題でしょう?」
誤解が解けたのであれば、これ以上の介入は不要だ。
人の恋路に口出しができるほど、ミレイナは経験豊富ではなかった。
「わたくしは帰るから、二人で話し合ってね。サシャさん、ビルのことで何かあればエモンスキー家が助けますから、いつでも連絡してちょうだい」
ミレイナはサシャの手を握りしめ、笑みを浮かべた。
ビルの婚約はエモンスキー家には関係がない。しかし、ここまで関わって「何も知らない」と突っぱねるほどミレイナは冷徹にはなれなかった。
「待ってよ、姉さんっ! 俺のためにももう少しパーティー会場にいてよ……」
ビルはミレイナの腕を掴んで、弱弱しい声で言った。
みんなにはなんと言ってこの場所まで呼び出したのだろうか。
ミレイナは苦笑した。
悪さをしたあとの子どもみたいな顔だったからだ。
「もう大人なのだから、後始末は自分でつけなさい。きっと、叔父様と叔母様もそう言うと思うわ」
ビルは目を見開いた。