33.パーティー2
「フレソンさん。ごきげんよう。まさかこのようなところでお会いするとは思いませんでした」
「驚いても無理はないでしょう。ちょうど近くに来ていたものですから」
彼は人のよさそうな笑みを浮かべた。
(外に女が三人、婚外子は二人……。人は見かけによらないものね)
以前、セドリックからもらった情報を反芻する。
ふだんのミレイナなら、アンドリューの言葉をそのまま鵜呑みにしだろう。しかし、この状況はで「そうなのね」と納得するほどミレイナも馬鹿ではなかった。
(名前は覚えていないけど、ほとんど王都で見たことがある男性ばかり。……わたくしと結婚してエモンスキーと繋がりたい人かしら? もしかしたら、セドリックと仲良くなりたいのかも)
両親は社交的な性格なので、夜会に足繁く通えば仲良くなる機会は得られるはず。けれど、セドリックは別だ。彼は仲良くなろうとして簡単に仲良くなれる相手ではない。
彼の周りには従者が一人いるだけで、他の訪問を許さないのだ。ミレイナと結婚したところで、セドリックとの繋がりが持てるとは到底思えないが。
彼らにとってはミレイナが一縷の望みだと思っている節はある。
それでなければ、ミレイナに近づく理由がわからないのだ。
「ミレイナ嬢、よろしければ、一曲いかがですか?」
「ごめんなさい。まだこちらに到着したばかりで疲れてしまっているの」
「ミレイナ嬢は身体が弱いですから、無理はいけませんね」
白い歯を見せて笑ったアンドリューに、ミレイナはぎこちなく笑みを返した。なんでも知っているという雰囲気を出されると、あまり気分のいいものではない。
ただ、少し引きこもりで体力がないだけだというのに。
アンドリューは笑みを浮かべたまま、ミレイナの前から離れなかった。
「わたくしにはかわまず、他の方をお誘いください」
「せっかくですから。少し話しましょう。前回はゆっくりお話しできませんでしたから」
彼はサッと給仕からシャンパンを二つ受け取ると、一つをミレイナに手渡すのだ。
ダンスを断ったくらいで引くつもりはないらしい。
アンドリューは自分の経歴がいかに素晴らしいかをミレイナに語って聞かせた。その大半を聞き流していたので、何がすごいのかはわからない。
ミレイナはオーケストラに合わせて踊るみんなの姿を見ながら、相槌を打っているだけだった。
ふわりと花が香る。ミレイナはその香りの正体を探して、あたりを見回す。
「あら……?」
「どうかしましたか?」
「花の香りがしませんか?」
「この城は花畑に囲まれてますから」
「そうですわね」
確かに花畑に囲まれている。花の香りがするのは普通のことだ。
(なんの花の香りだったかしら?)
記憶にある花だ。けれど、どこでかいだ匂いかまでは思い出せなかった。
屋敷の庭園だっただろうか。
悩んでいると、ミレイナの周りに数名の男性が集まってきた。シャンパンを片手に「ご一緒してもよろしいですか?」と問われれば、「いや」と断ることもできない。
パートナーとして来ていた護衛騎士が、男たちを威嚇するように睨んだ。
(歓迎会だなんて嘘ね)
ミレイナは小さくため息を吐く。
視線だけでビルを探してみれば、彼は遠くからミレイナの様子を見ていた。
最初からミレイナの婚活のためのパーティーを企画していたのだろう。
ビルはミレイナと目が合うと、視線を逸らした。
「……さすがに失礼だわ」
ミレイナは小さく呟く。側にいた男たちにも聞こえないくらいの小さな声だ。
二人が頑張って準備したというから、来たのに。これでは疲れ損ではないか。
「ミレイナ嬢? いかがされましたか?」
男たちがミレイナの顔を覗き込む。
ミレイナは息をゆっくりと吐き出すと、満面の笑みを浮かべた。
「そろそろ帰ろうかと思いまして」
「え!? まだ来たばかりではありませんか」
一人の男が大きな声で言った。それに続いて他の男も同意する。
「せっかくのパーティーなのですから、もう少しお話をしませんか」
「お疲れでしたら、椅子を用意させましょう」
「私たちはミレイナ嬢のことをもっとよく知りたいのです」
親を求めるひな鳥のように、男たちは口々に引き留めるための言葉を口にする。ミレイナはその男たちの顔を一人ずつ見て、肩を竦めた。
「わたくし、今日はいつもとは違うパーティーを期待して――……」
「ええ、そうでしょうとも。この歴史が刻まれた城と美しい景色。王都とはまったく違いますね」
「ミレイナ嬢、よろしければ美しい景色を見に参りましょう」
「それでしたら私と――……」
ミレイナの言葉を聞き終える前に、男たちは新しい言葉を口にし手を差し伸べた。
言いたいことの一つも言えやしない。
セドリックはいつも面倒そうにしていても、ミレイナが言い終えるまでは待っていてくれた。
返事は「ふーん」や「へぇ」と言った簡素なものが多かったが、ミレイナの言った言葉は一語一句覚えていてくれたのだ。
(彼らと殿下を比べるのは酷よね)
ミレイナの推しは少しツンケンしたところはあるが、とても紳士的なのだ。
誰の手も取らず、眉尻を下げる。
「顔ぶれが王都と変わらないのでは、新鮮味はまったくありませんわね。美しい城も景色も堪能しましたので、わたくしは帰ります」
ミレイナは淑女の礼をすると、護衛騎士の手を取る。そして、男たちに背を向けた。
「ね! 姉さんっ! 待って……!」
出口に向かうミレイナを追いかけて来たのは、ビルだった。慌てた様子でミレイナの腕を掴む。
「せっかくだしさ、もう少し……」
「ビル、歓迎会ではないのなら、そう言ってちょうだい」
強い口調で言うミレイナに、ビルはたじろいだ。しかし、すぐいつもの笑顔を浮かべる。
「ほら、姉さん婚活するっていうから手伝おうかと思って。王都だと殿下がいてなかなかうまくいかなかっただろ?」
「そんなことお願いしていないわ」
ミレイナはただ、夜会でエスコートをお願いしただけだ。
「それは悪いことをしたかもしれないけどさ、こんなところまでみんなを呼んで、数分で終わりなんて言えないよ! 一時間だけでいいんだ!」
ビルはミレイナの腕を強く掴んだ。護衛騎士が引き剥がさなかったら、痛みで叫ぶところだっただろう。
「姉さ――……」
ビルが言い終える前に、ミレイナはビルの頬を思いっきりひっぱたいた。
パンッと痛々しい音が古城に響く。