32.パーティー1
ミレイナは二人が帰ったあと、セドリックへの手紙の続きを書いた。
田舎に来てもパーティーに参加すること。少しだけ憂鬱なこと。
書きながらセドリックの社交デビューの日を思い出し、何度も筆を置いた。ただの罰ゲームだというのに、あの時の感触がいまだ忘れられない。
ミレイナは手紙を書き終えると、アンジーに手渡した。
「これを荷物と一緒に送ってほしいのだけれど」
フリック家の領地へ遊びに行くことを、両親に報告したときにお使いを頼まれたのだ。その中には急ぎ必要な物もあったため、今日の夜のうちに出発するのだという。
地元の郵便局に出しても手紙は届くのだが、早く届くのであればそれに超したことはない。
「お嬢様ったら、殿下とは帰ったら毎日会えますよ?」
「いいのよ。旅先で書くというところが大切なの」
手紙一枚で逃げるようにここまで来てしまった。手紙を送るくらいしか、この後ろめたさを払拭する方法が思いつかなかったのだ。
結局手紙には謝罪の一文も入れられなかったのだが。
アンジーは苦笑を浮かべつつも、荷物の中に手紙を入れてくれた。届くのは早くて七日後。ミレイナが帰り支度を始めたころくらいだろう。
「そうだ。明日、パーティーに参加することになってしまったのだけれど、よそ行き用のドレスはあったかしら?」
ミレイナは着飾ることには興味がない上、服装に拘りはない。しかし、あまりにも適当なドレスはエモンスキー家の迷惑になることも知っていた。
流行りである必要はないが、上等の物を身につける必要がある。幼いころから耳にたこができるのではないかと言うほど聞かされてきたことだ。
ミレイナの服飾関係はすべてアンジーに一任しているため、心配はない。しかし、今回は「ゆっくりする」という予定しか伝えていなかった。
「もちろん、どんな状況にも対応できるように用意してありますから、ご安心ください」
「さすがだわ。わたくし一人だったら、ドレスがなくて困っていたところよ」
「お嬢様をサポートするのが私の役目ですから。明日はご安心ください」
アンジーは得意げな顔で笑った。
◇◆◇
パーティー会場はエデンの丘がある公園にある古城で行われるようだ。
かつては王族の持ち物だったという古城は、いまではフリック家が引き継ぎ、手入れをしているらしい。こうして、ときどきパーティー会場として使うのだそうだ。
花と星屑に囲まれた古城はとても幻想的で、パーティーも悪くないと思った。花に興味がないセドリックも、歴史的な建物であれば話は別かもしれない。
(この世界にも写真があったらよかったのに)
そうすれば、この幻想的な建物を見せてあげられたのだ。
主催だからと言って、ビルとサシャは先に会場へと行ってしまった。
ビルに「ミレイナ姉さんはゆっくり来て」と言われたので、焦らずに来たのだ。
今日は護衛騎士の一人がパートナーを務めてくれる。引きこもりのミレイナには専属の騎士はいない。
こうやって時々遠出するときに、エモンスキー家の騎士が数名同行してくれるのだ。
騎士の中に爵位を持っている者がいたため、パートナーを頼んだのである。
すぐに帰るつもりでいたので、パートナーなど必要ないと思った。しかし、アンジーが「知らない場所ですから、盾はお持ちになってください」と言ったので、素直に従うことにしたのだ。
困ったら、彼を盾にして逃げるつもりだ。
ドアコールマンに名前を呼ばれながら、会場に入る。人の視線がミレイナに集まった。
それだけで、すぐにでも帰りたい気分だ。
王都だったら、人も多いからここまで注目されない。
ミレイナが入場してすぐ、ビルとサシャが駆け寄ってきた。
「ミレイナお姉様、今日はお越しくださりありがとうございます。お姉様の好きな物をたくさん用意したので、楽しんでいってくださいね」
「ありがとう。こんなに盛大なパーティーだと思わなくて少し緊張しているの」
「ミレイナお姉様がいらっしゃると聞いて、参加希望の方が大勢いらしたんですよ」
「まあ……」
サシャの言葉にミレイナは辺りを見回した。
みんな同じ世代の男女ばかりだ。出会いを求めた男女が多く集まる場というのは、王都でもよくある。田舎でも同じようなものなのだろうか。
「ビルからお姉様は婚活中だと聞きました。よかったら素敵な人を探してください」
サシャはミレイナの耳元で囁く。その言葉に目を丸めたが、サシャは他の参加者の元へと駆けて行ってしまった。
よくよく見てみれば、見たことのある顔ばかりだ。
目が合っては逸らされる。女性たちは見たことのない顔ぶれなので、この辺りで暮らす令嬢たちなのだろう。彼女たちは数名で固まって、遠巻きに参加者の男性を見ていた。
人の顔を覚えるのが得意ではないミレイナにだってわかる。男たちはふだん王都の夜会で見かける人ばかりではないか。
「ミレイナ嬢、お久しぶりです」
声をかけられて振り返ると、そこには見たことのある金の髪があった。――アンドリュー・フレソンである。
ミレイナは目を見開いた。