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03.金髪の美丈夫

 従弟のビルのエスコートで夜会に行ったのはそれから数日後のこと。


「ミレイナ姉様が結婚相手を探しているなんて知らなかったよ」


 ビルは笑いながら言った。彼はミレイナよりも二歳年下の二十一歳。彼には婚約者がいる。田舎に住んでいるため、基本的には王都の社交場には出てこなかった。


 だから、ビルは婚活のためとエスコートをお願いしたら、あっさりと承諾してくれたのだ。


「わたくしだってもう二十三だもの、結婚相手くらいは探すわ?」

「いや、だってさ。セドリック殿下がいるだろ?」

「なぜわたくしの結婚に殿下が関わってくるの? 殿下はこれから素敵な女性と出会うのよ」


 みんなはまだ知らない。あと半年もすれば愛らしい少女との恋がはじまるのだ。人嫌いの彼がヒロインに心を溶かされ、恋を知っていく。


(凍った心が少しずつ溶かされていくのよ。……楽しみだわ)


 美男美女の恋愛を想像して、ミレイナはうっとりと頬を緩めた。


「ま、いっか。ミレイナ姉様が本気を出したら一分で相手が決まるよ。どんな人と結婚したいのさ?」

「そうねぇ。誠実で優しい人がいいわ」


 大恋愛には興味がない。


 大恋愛とは惚れた腫れたと騒ぎ、カロリーを使う行為だと思う。そういうのは美男美女がやってこそ。ミレイナのようなエキストラは大人しく、条件のよさで決めればいいのだ。恋愛に使うカロリーをすべて物語を傍観するために使うつもりである。


「他には? 顔の好みとかさ」

「顔にこだわりはないわ。でも……わたくしみたいに普通の女でも尊重してくれる人がいいわね」

「ミレイナ姉様が普通って、それは謙遜がすぎるよ」

「はいはい。わかっているわ。ありがとう」


 ミレイナは従弟の優しい言葉に言葉に笑みを浮かべた。しかし、事実だ。ミレイナは物語にピックアップもされないようなエキストラ。普通でなければなんだというのだろうか。


 みんながミレイナを褒めるのは、ミレイナの容姿が本当に優れているからではない。家族や親戚はひいき目で見るし、他の貴族たちはミレイナが公爵家の令嬢だから褒める。


 つまり、すべてはお世辞というわけだ。ミレイナはお世辞を真に受けてしまうほどの子どもではなかった。


「ミレイナ姉様が結婚相手探しに本気なら、紹介したい奴が何人かいるんだ」

「それは助かるわ。知り合いもあまりいないし、どうしようか悩んでいたの」

「みんな今日参加してるから、一人ずつ紹介するよ」


 ミレイナとは違い、ビルは昔から社交的だった。


「何人もいるの?」


 ミレイナと年齢が合うとなると二十代の男性だ。二十代にもなると、結婚していなくても婚約者ができていてもおかしくはない。


 それなのに婚約者も決まっていない男性が何人もいるのだろうか。


 ビルはミレイナの言いたいことがわかったのか、にんまり笑った。


「ほら、まだ二人の王子が婚約もしてないだろ? だから、みんな様子をうかがっているらしい」

「そうなの?」

「だからなのか、恋愛結婚が多いみたいだよ」


 第三王子のセドリックは半年後には大恋愛をする。第二王子はたしか、ミレイナより一つ上だったか。原作ではセドリックの恋人となるヒロインに横恋慕する役だ。


(なら、慌てなくてもよさそうね)


 原作に深くかかわらなさそうな相手を探すだけ。


 ミレイナは辺りを見回した。


「今日はいつもよりも人が多い気がするわ」


 いつもよりなんて言ったけれど、ミレイナが夜会に参加するのは一年に数回だ。


 もしかしたら、その日が特に人が少なかっただけかもしれない。


 しかも、たくさん視線を感じる。


(もしかして、ドレスが流行に合っていないから笑われているのかしら?)


 ドレスなんて身体に合っていて、汚れていなければどれも一緒だと適当に選んで着ている。流行を調べて追いかけるのは大変なのだ。


 こんなに目立つのであれば、少しくらい流行を調べるべきだっただろうか。


「あ、いたいた。ミレイナ姉様、紹介するよ。こちらはアンドリュー・フレソンさん」

「ミレイナ嬢、ごきげんよう」


 アンドリューはミレイナの指先に唇を落とした。


 ビルはミレイナの耳元で、「フレソン侯爵家の若様で二十八歳」と告げた。ミレイナの五歳年上で侯爵家。つり合いが取れていると言いたいのだろう。


「それじゃあ、俺は他のところに挨拶でも行ってくるから、アンドリューさん、少しのあいだミレイナ姉様をお願いします」


 ビルはそれだけ言うと、ミレイナの返答も聞かずに行ってしまった。


「せっかくですから、ダンスでもいかがですか?」


 出会って三秒でダンスとは気が早い気もする。けれど、会話の内容も思いつかないので、ダンスをしていたほうがいくらかましかもしれない。


「あまり得意ではないので、足を踏んでしまうかもしれませんがよろしいでしょうか?」

「かまいませんよ」


 アンドリューに差し出された手を取る。


 彼は金髪の美丈夫だった。ダンスをしているあいだ、前世の記憶を辿ったが、アンドリューという名前の男の登場はなかった。つまり、彼もミレイナと同じエキストラだ。


「まさか、ミレイナ嬢とダンスをご一緒できる日がこようとは思いませんでした。遠くから見てもお美しいと思っていましたが、近くで見ると更にお美しいですね」

「まあ。お世辞がお上手ですのね」


 お世辞は慣れている。


(美しいっていうのはセドリックのような人のことをいうのよ)


 彼以上に美しい人のことをミレイナは知らない。そして、セドリックと比べたらミレイナなど足元にも及ばないことはよく理解しているのだ。


「ミレイナ嬢はセドリック殿下と親しいと聞きましたが。……長く教師をされていたとか」

「ええ。教師と言っても、殿下は才能のある方ですからただのお話相手ですわね」

「ご謙遜を。殿下は気難しい方ですから、ただの話し相手も難しいかと。何人もの人が彼と関わりを持とうとして失敗してきました」

「彼は少し人見知りなところがありますから」


 ミレイナは曖昧に笑った。


 ミレイナが毎日セドリックに会いに行くようになって、他にも同じことをして彼と仲を深めようとした貴族がいたと聞く。彼らは全員、セドリックに追い払われたとも聞いた。


(この人はわたくしを通して殿下と繋がりがほしいのね)


 セドリックは第三王子ではあるが、王族には変わりない。将来国王にならなくとも、王族として国政に関わっていくことになる。特に彼は生まれたときから様々な才能を発揮しているから、期待値も高いのだ。


 彼と繋がりを欲する人は山ほどいた。そして、そんな彼との繋がりを持っているのは今のところミレイナだけなのだ。


(わたくしの結婚に殿下の名前を利用するのはだめね。もっと身分が低い人のほうがいいのかも)


 王族との関わりが低い人。打算的でない人のほうが望ましい。


 前世の記憶があるからか、質素な生活にも慣れている。二十三年間で与えられたミレイナの予算のほとんどは残っていた。それがあれば、質素にであれば年老いるまで暮らせるだろう。


(でも、原作が終わるまでの期間は社交界にも顔を出したいのよね)


 できれば一番近くで物語を鑑賞したいのだ。そのあとは時折顔を見られれば安泰だろう。


(そうなると、王都で働く役人とか騎士もいいかしら)


 ミレイナはアンドリューに笑顔を返しながらも、頭の中は結婚の計画でいっぱいだった。気づけば、いつの間にか一曲踊り終えていたのだ。


「ミレイナ嬢はダンスもお上手なのですね」

「いえ、アンドリュー様のエスコートがお上手だったのでしょう」


 素直に言えば、ほとんど記憶にない。一度や二度、足を踏んでいるかもしれない。


 ミレイナは他の令嬢に比べて、ダンスの経験が少なかった。元々夜会にも年に数回しか参加しないうえ、最近では練習もおろそかにしている。


 たくさん踏んでいれば、次に誘われることもないだろうから気にすることもないだろうか。


「せっかくですから、向こうでゆっくりお話ししませんか?」

「でも、そろそろビルが迎えに……」

「まだ彼は話に夢中みたいですよ?」


 確かにビルはアンドリューの言うとおり楽しそうにおしゃべり中だった。


 このまま誘いを無下に断っても、あまりいいことはないかもしれない。ミレイナは「では、少しだけ」とアンドリューの手を取ったのだ。


 しかし、一歩を踏み出す前に後ろから腰を抱かれ、思いっきり後ろへと重心を崩した。


「きゃっ!?」


 驚いて振り返ると、見知った顔があった。――セドリックだ。


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