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28.ベスタニカ・ローズ1

セドリック視点です。

物語は少し戻って舞踏会の翌日。

 王宮の舞踏会を終え、社交デビューを果たしたセドリックを待っていたのは、山のような公務だった。


 早く大人の仲間入りをしたいと願っていたが、早計だったかもしれないと思うほどに。


 山のような書類をさばき、ラフな服装に着替えて、いつもの時間にいつもの場所に座る。


 扉の側に控えた従者に向かってセドリックは睨みつけた。


「絶対に変なことは言うなよ」

「変なこととはなんでしょう?」


 へらへらとした笑顔がいけ好かない。しかし、この口の軽い従者に釘を刺しておかないと心配だった。


「僕が忙しいとか色々だ」

「はいはい。わかりました。殿下が実はミレイナ様との時間を作るために早朝からお仕事をなさっていることも、暇なふりをするためにわざわざ服を着替えたことも内緒にしますから、ご安心ください」

「……おい」


 従者の笑顔にセドリックは顔を歪めた。そういうところが信用できないのだ。


「言えばいいじゃないですか。ミレイナ様ならわかってくれます」

「いやだ。絶対に『忙しいなら』って言って来なくなる」


 ミレイナはそういう人だ。強引に教師になったと思えば、そういうところはあっさりと身を引く。いつもセドリックは振り回されっぱなしだった。


 昨日の夜だってそうだ。


 セドリックは思わず、頬を指でなぞった。


 まだ感触が残っているような気がしたのだ。ミレイナの柔らかい唇の。


 何度も想像したけれど、あの唇がセドリックに触れたのは初めてだった。思い出しただけで胸が熱くなる。


 罰ゲームだったとしても、ミレイナが本当に口づけてくれるとは思っていなかったのだ。ただ、少しセドリックのことを男として意識してほしいと思っただけ。


「殿下、顔が緩んでおりますよ」

「うるさいな」

「そんなお顔でミレイナ様に会うほうが嫌でしょう?」


 これからミレイナが来る予定でなければ、追い出していただろう。


 セドリックは「これ以上おまえの話は聞きたくない」と言う代わりに本を開いた。


(早くミレイナに会いたい)


 その日、セドリックの期待を裏切るように、ミレイナではなくエモンスキー家から使いが現われたのだった。





 舞踏会から七日が過ぎた。体調を崩したミレイナと会うことは許されず、セドリックは悶々とした日々を過ごしている。


 ミレイナは子どものころから身体が弱く、時々風邪を長引かせていたからいつものことだろう。


 舞踏会の日、夜風に当たり過ぎたせいかもしれない。


 無理にでも会いに行きたい気持ちはあったが、わがままを通せばまた子ども扱いされかねない。ミレイナには大人の男として、恋愛対象として見られたいのだ。


 王宮の医師を引き連れてエモンスキー家に乗り込みたい気持ちをなんとか抑え、見舞いの花を送るだけにとどめておいた。


 公務を任されるようになってからというもの、忙しくない日はない。けれど、ミレイナとの時間になるとセドリックは休憩とばかりに執務室から逃げ出した。


 もしかしたら、今日はひょこり顔を出すかもしれない。そう思って。


 しかし、今日も従者は「まだ体調が戻られてないみたいですね」と現実を突きつけるのだ。


 セドリックはミレイナと二人で見て回った庭園を一人で歩いた。従者には「まさか殿下が散歩に出るなんて」と大げさに驚かれたが。


 あの夜。ミレイナは花に誘われる蝶のように、美しい花を見つけてはひらひらと飛んで行った。


 ベスタニカ・ローズ。王家の薔薇。花には興味がなかったが、ミレイナが楽しそうに語っていたので調べてみた。


 この庭園にしか咲いていない薔薇なのだというのは本当のようだ。


 王族はみんな、この薔薇でプロポーズをしてきたという。


(なら、薔薇が枯れる前に元気になってもらわないと、一年持ち越しになってしまうだろ……)


 結婚相手を探そうとしているミレイナが一年も待ってくれる気はしない。いつもセドリックの手からすり抜け、蝶のように空に舞うのだ。


 ベスタニカ・ローズのことを知って、セドリックはすぐにでもプロポーズしようと決めた。


 そう決めてからというもの、彼女は来ない。セドリックは彼女に振り回されっぱなしだった。


 今にでも薔薇の花束を抱えてエモンスキー家へと乗り込みたいというのに。けれど、嫌われたくないというそれだけの理由でセドリックはミレイナに会いに行けないでいる。


 セドリックの力を使えば、いつでも簡単にミレイナを誰にも見えないところにしまっておけるだろう。それをしないのは、偏にミレイナの心もほしいからだ。


 本当は誰にも見せたくない。艶やかなドレスなんて着て外に出ないでほしい。


 他の男の目にとまるたびにはらわたが煮えくり返る気持ちだ。


 ミレイナの瞳がセドリックしか写さなければいいのに。そう何度思っただろうか。


 婚約という形でいいから、ミレイナを縛る鎖が欲しかったのだ。


(もう七日も経っているし、もう一回くらい会いに行ってもいいか……?)


 薔薇を睨みながら一人で押し問答を続けていると、背後で気配を感じた。


 従者が腰に下げている剣に手を置く。


「……誰?」

「あ、あの……。すみません」


 弱々しい女の声が薔薇の向こう側から聞こえる。


 すぐに女が顔を出した。


(あのときの女か)


 仕方なくダンスの相手に選んだ女だ。舞踏会の時以上に粗末な服を着ている。


 名は知らない。興味もなかったから聞いてもいない。


「この庭園は許可がないと入れないはずだけど?」


 セドリックは冷たい声で言った。


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