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25.罰ゲーム2

 ミレイナは一人で会場の外に出た。まだ舞踏会は始まったばかりだからか、先客は一人もいない。ミレイナはゆっくりと息を吸い込み、大きく吐き出した。


「せっかく楽しみにしていたダンスだったのに……」


 がっくりと肩を落とす。転生に気づいてからのずっと、このダンスを楽しみにしてきたのだ。途中どころか全然見ることができなかった。


 見つめ合った二人を思い出す。それだけで胸が痛くなった。


(やっぱり興奮のしすぎかしら?)


 ミレイナは胸を押さえて、噴水の縁に腰を下ろした。


 会場から漏れ聞えるオーケストラの旋律。きっと、今ごろ二人は無言のまま見つめ合っているのだろう。


 原作を思い出す限り、この時、二人にはまだ恋心は芽生えていない。セドリックにとってシェリーは、ちょうど見つけた都合のいい女で、彼女にとっての彼は生涯縁のないと思っている王子様。彼女はセドリックのことよりも、まだ習ったばかりのダンスが失敗しないかと不安でいっぱいだろう。


(見たかったな……)


 ミレイナは空を見上げた。夜空に散らばる星を見ながらため息を吐く。


(でも、素晴らしいイベントはこれからですもの)


 これはまだ序盤。また盗み見る機会はたくさんあるはずだ。「次こそは!」と一人で気合いを入れていると、後ろから声をかけられた。


「ミレイナ姉さん、ここに居たんだ」

「あら、ビルじゃない。ごきげんよう」


 ビルは目を細めて笑うと、ミレイナの隣に腰掛けた。


「相変わらず姉さんは自由だね」

「そうかしら?」


 ミレイナは首を傾げる。ミレイナは今日の仕事をまっとうしたと思う。セドリックのパートナーという大役を果たし、ファーストダンスの相手もしたのだ。


 注目浴びても耐えたのに、「自由」と咎められるのは心外だ。


「みんな姉さんを誘いたがっていたのに、すぐ抜け出すから……」

「あら、そんな気を使って声をかけてくださらなくていいのよ」


 誰にも声をかけられないと不名誉だという人がいる。しかし、ミレイナはそうは思わなかった。気を遣うし面倒なダンスを「誘われなかったから」という理由でスルーできるであれば、幸いではないか。


 しかし、ミレイナは公爵家の令嬢だからか、夜会のたびに気を遣った数名が声をかけてくれる。


(くるくる回っていると目も回るし大変なだけなのに……)


 足を踏まないように注意し、会話もしなければならないなんて、特殊な訓練を受けなければ難しい。


「姉さんらしいけどね」


 ビルはカラカラと笑った。


「第三王子殿下はいいわけ? 放っておいてさ」

「殿下なら、今大切なダンス中よ」

「殿下が姉さん以外の人とダンスをするとは思わなかったな」

「それは、罰ゲームだから」


 ビルは目を瞬かせる。


「殿下と賭けをしたのよ。練習中に失敗したら、ダンスを二曲踊るって」

「へぇ……。殿下でも失敗することあるんだ」


 ビルは感嘆の声を上げる。ミレイナも同じ気持ちだ。セドリックは何をやっても完璧で天才的だった。


(そういえば、今日の失敗はカウントしなくてもいいわよね?)


 セドリックとの賭けを思い出す。脛を蹴ってしまったら、ミレイナからセドリックに口づけないといけないという罰ゲームだ。


 思い出してミレイナは顔を赤くした。


 自分からセドリックにキスだなんて、考えただけで頭が沸騰しそうだ。


「姉さん、寒い? 顔、赤いよ?」

「い、いいえ! ダンスをしたせいで火照っているみたい」


 ミレイナは立ち上がって、噴水の周りをそわそわと歩く。風に当たれば少しは火照りも抑えられるかと思ったが、更に熱が増したような気がした。


 手のこうで頬を抑える。


 グローブ越しにも感じる熱。熱が更に熱を呼んでいる気がする。


「変な姉さん。でもさ、姉さんはいいわけ?」

「な、なにが?」

「殿下が他の女性と踊っててさ」

「いいも悪いも、殿下はこれからたくさんの人と出会うのよ?」


 社交デビューを済ませれば、王族として王室の仕事をこなすようになる。国内の行事に顔を出すことも増えるだろう。


 セドリックは天才だから、国政に深くかかわることになる。そうなれば、今までどおりとはいかないのだ。


「姉さんは殿下と結婚するものだと思ってたけど、違うんだ?」

「馬鹿ね。わたくしと殿下ではつり合いが取れないわ。殿下にはもっと素晴らしい人がいるの」

「ふぅん」


 ビルは曖昧に相槌を打つ。


 五歳も年上で、ダンスもままならないミレイナが、王子妃になるなんてあってはならないことだ。


 そう考えて、少しだけ胸がチクリと痛んだ。


「ビル、あなたこそこんなところに居ていいの? 婚約者がいらっしゃっているんでしょう?」

「婚約者は体調を崩してこれなかったんだ」

「あら、それは残念ね。長旅は大変ですもの、仕方ないわ」


 ビルの婚約者の領地は、王都から馬車で七日はかかる。王宮の舞踏会に参加する以外はほとんどを領地で過ごすため、年に数回も会えないらしい。


 そのあいだは手紙のやりとりで仲を深めているようだ。


「せっかく姉さんに紹介できると思ったのに、残念だよ」

「そうね。わたくしも一度ご挨拶したいと思っていたの」


 話には聞くけれど、タイミングが悪くいつも会えないのだ。昨年の王宮での舞踏会はミレイナが熱を出して倒れてしまった。一昨年はまだ婚約前だったのだ。


「それならさ姉さん、婚約者の領地に遊びに行かない? 自然豊かで料理もおいしいし!」

「あら。勝手にお邪魔したら迷惑になってしまうわ」

「いやさ、婚約者もぜひ姉さんに会いたいって言ってるんだ。このままじゃ結婚まで紹介できそうにないし。姉さんなら大歓迎だと思う」


 会ったこともないのに、突然遊びに行くのは気が引ける。引きこもりのミレイナに初めましての令嬢と仲良くできる保証はない。


「そうね……。考えておくわ」

「絶対だよ!」


 ビルが嬉しそうな顔でミレイナの手を握る。


(まだ了承したわけでもないのに)


 苦笑を返すと、ビルの顔が引きつった。ミレイナの奥を見て口をパクパクとさせるばかりだ。


「……何が、絶対なわけ?」


 聞き慣れた声に振り返ると、そこには見知った顔があった。


「殿下……!」


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