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23.舞踏会3

 なぜ、セドリックの手を取ってしまったのだろうか。


 この手を取れば、彼と二人きりで踊ることになるということを知っていたのに。大勢が見守る中、会場の真ん中で。


 デビュタントがいる場合、一曲目はデビュタントが飾ることが慣習になっている。いつからのことなのかはわからない。少なくとも、ミレイナの両親が子どものころには当たり前にあったという。


 貴族たちがデビューするような他の夜会であれば、デビュタントは数名いる場合が多いから、何組もまとまって一曲目を踊るのだ。


 しかし、今日のデビュタントはたった一人。セドリックだけだ。


 彼のエスコートで中央まで歩く。視線が集まるのにも慣れてきたけれど、気を抜くと右足と右手を同時に出してしまいそうだった。


(オマケといえど、しっかりしないと!)


 ミレイナの失敗がセドリックの評価に繋がる。「こんな出来の悪い娘を八年も教師にしていたなんて」と言われたら大問題だ。


 優雅に……できているかはわからないけれど、礼儀作法の講師の言葉を頭で反芻しながらミレイナは歩いた。


「そんなに意識したら逆に失敗すると思うけど」


 セドリックが小さく笑う。彼は緊張などしていないようだ。いつもの涼しい顔でミレイナを見下ろす。


 デビュタントとは思えないほど落ち着いていた。


「これじゃ、どっちがデビュタントかわからないな」

「もうっ。普通はこんなに視線を集めないものなのよ」

「ミレイナだって公爵家の令嬢なんだから、もう少し慣れたほうがいいと思うけど」


 彼は肩を揺らして楽しそうに笑った。


「そんなに笑っていたら出だしを失敗するわ」

「大丈夫。毎日練習したから身体が覚えているさ」


 彼の表情は自信に満ちていた。毎日本番と同じオーケストラを使って一時間みっちり練習したのだから、彼の言い分はもっともだ。


 重ねた手も、腰を支える手も馴染んでいる。ピタリと身体をつけて向き合うと、周りなどどうでもよくなってしまった。


 目の前で笑みを浮かべる推しがいたら、周りなど些細な問題に過ぎないと思うのも仕方ないと思う。


 ここ一ヶ月で見慣れるかと思ったが、彼の麗し度は毎日記録を更新中だ。長い睫毛が数えられそうな距離にいることで心臓は駆け足になる。


 彼がダンスをしている姿を客観的に見たいと願ってひと月、結局まだ見ることができていない。


 チャンスは二曲目だ。


 セドリックはミレイナとの約束で、今夜はもう一曲ダンスをすることになっている。同じ人とダンスを連続して踊ることは、この国の社交界においてはマナー違反になる。なので、彼もミレイナに逃げることはないだろう。


「次は誰とダンスをするか決めているの?」

「いや。母上には断られた。……やっぱり一曲だけで」

「だめよ。賭けは賭けだもの」

「ミレイナはいいわけ? 僕がその辺の令嬢とこんな風にダンスして」

「ダンスってそういうものでしょう?」


 婚約者や恋人、結婚相手がいても他の男性とダンスを踊ることは多々ある。ダンスが趣味の人は一日で何曲も楽しむ場合もあるという。ミレイナの場合は二、三曲も踊れば足が子鹿のようになってしまうから難しいけれど。


「……僕はダンスが嫌いだ」

「こんなに上手なのに勿体ないわ」


 彼は不機嫌な様子で言った。笑ったり怒ったり忙しい。


 彼の場合、ダンスが嫌いなのではなく、人と関わることが面倒なだけだろう。ダンスには会話がつきものだ。その会話すら煩わしいと思っているきらいがある。


「さすがにわたくしとだけだと問題よ」

「なにが?」

「殿下を独り占めしたってみんなから嫌われるかも。ただでさえ少ないお友達がもっと減ってしまうわ」


 ミレイナは慣れたステップ踏みながら言った。今のところ失敗もしていないし、足も踏んでいない。練習の甲斐はあったようだ。


「ね? お願い」


 セドリックに抱き留めてもらいながら、ミレイナは上目遣いで言った。


 彼の眉がわずかにピクリと動く。


「……わかった。約束どおり一曲だけだ」

「もちろんよ」

「その代わり、その一曲が終わったら休憩に付き合って」

「わかったわ。付き合ってあげる。王宮の舞踏会の時は庭園が開放されているでしょう? 夜はランプが置いてあってきれいなの。それを見に行きましょう?」


 原作だとセドリックはダンスを一曲終えると、すぐに会場からいなくなったと書いてあった記憶がある。彼のことだから、「休憩」と言いながら部屋に戻ったに違いない。


 原作どおり部屋に帰しても問題ないとは思う。しかし、ミレイナの煩悩が勝った。


 夜の庭園は幻想的で美しいと聞く。そんな幻想的な場所にいるセドリックはさぞかし美しいと思ったのだ。


 シェリーとの物語が始まれば、セドリックの顔を間近で拝むことは難しくなる。あと数回と思うと、充分に堪能したいではないか。


「散歩? 二人で?」

「ええ、だめ?」

「いや、楽しみだ」


 セドリックが嬉しそうに笑う。その笑顔があまりにも麗しくて、ミレイナは足を滑らせた。


いつもありがとうございます。

身内に不幸がありまして、明日の更新は難しいかも知れません。

14日は更新できると思います。

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