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20.アメジストのイヤリング2

 侍従に促されセドリックが応接室に入ってくる。


 青の上着に、白いパンツ。左肩になびくペリース。金の装飾がふんだんに使われた正装だ。


 目の前に立っているのは、ミレイナがずっと思い描き続けてきたままのセドリックだった。


 太陽の光を浴びて、黒髪に紫が混じる。


 見惚れて言葉が出ないくらいだった。


「ミレイナ、綺麗だ」


 セドリックに見下ろされ頬に触れられてようやく、正気を取り戻す。


「あ、あら。大人の仲間入りをするとお世辞まで言えるようになるのね」


 それくらい、セドリックの褒め言葉は珍しい。いつもツンケンとしていて、それはそれで可愛いのだが大好きな推しに褒められるのは別腹だ。


(もしかして、今まで頑張ってきたことへの神様からのご褒美かしら?)


 あまりにも嬉しくて、頬を緩めた。


「殿下もとっても素敵よ。いつものラフな格好もいいけど、こういうカッチリとした正装も似合うのね」

「窮屈でいやだけど、ミレイナが好きって言うならこれからも着てやる」

「まあ! 嬉しい」


 首元のボタンまでしっかりとしめているせいなのだろう。セドリックは長い指を襟の中に入れると、息苦しそうに引っ張った。


「窒息しそうだ」


 セドリックはため息を吐く。そんな姿すら麗しくて目の保養だ。


 頬が緩まないように気をつけてはいるが、難しい。今日はずっと緩みっぱなしだと思う。


 八年前、この部屋で会ったときも少し息苦しそうに、不機嫌な顔をしていた。


 セドリックはミレイナの視線に気づいたのか、眉根を寄せる。


「顔に何かついてる?」

「感慨深いなーって。初めて会ったときはわたくしより小さかったのに……」

「……そんなに変わらなかった」

「あら、これくらいは小さかったわ」


 ミレイナは右手で自分の眉のあたりを示す。


 少し上目遣いで睨みつけるような紫の瞳が可愛らしかったのを覚えている。


 時は流れ、もう八年。セドリックとの毎日は長いようで短かった。


(今日で終わりなんて寂しいわ)


 一人で感傷に浸っている場合ではない。セドリックにとっては今日が門出となるのだから。


 ミレイナは右手をセドリックの頭の高さまでうんと伸ばす。


「それがこーんなに大きくなるんだもの。今日は感動して泣いてしまうかもしれないわ」


 社交デビューに特別な式典があるわけではない。それは王族も一緒だ。


 大人たちの仲間入りをするというだけで、基本は挨拶に回り、ダンスを踊るくらいだった。


 セドリックは王族だから挨拶回りすら必要ない。黙っているだけで自動的に来てくれる。


 彼は伸ばしたミレイナの手を掴むと、不機嫌そうにそれを下した。


「子ども扱いするな」

「怒らないで。そんなつもりじゃなかったのよ」

「次、子ども扱いしたら……。その口、塞ぐから」


 セドリックはミレイナの鼻先を犬のように甘噛みする。


「きゃっ! 殿下、そういうのはだめって言っているじゃない」

「ミレイナがずっと子ども扱いするからだろ。僕ももう十八だ」


 そういうところがまだまだ子どもなのだと言ったら、怒られてしまいそうだ。


 ミレイナは噛みつかれた鼻を撫でる。


「もうっ……。化粧がよれてしまったわ」


 側に控えていたアンジーが慌ててお粉をはたいてくれたおかげで、事なきを得た。もし、アンジーがいなかったら、ミレイナは鼻の頭だけ化粧が取れた間抜けな状態で舞踏会に出なくてはならなかったのだ。


「別にそのくらいでミレイナの価値が変わるわけじゃないだろ」

「わたくしは殿下のパートナーとして完璧な姿で参加したいの」


 推しの社交デビューにケチをつけたくない。最高のオマケとしてセドリックの引き立て役になるのが目標だ。


 セドリックがわずかに頬を緩ませる。ほんの少しで見逃しそうなほどだったけれど、とても嬉しそうだ。


 幼いころからセドリックは完璧主義なところがあったから、パートナーにも完璧でいてほしいのだろう。


(アンジーの言葉を聞いておいてよかったわ)


 ミレイナは嬉しくなって、イヤリングを触った。


 セドリックの瞳の色によく似たアメジストのイヤリングだ。


「そのイヤリング、初めて見たやつだ」

「殿下ったらそんなことまで覚えているの?」

「それくらい普通だろ?」


 十歳で王族が習うすべての勉強を終えたセドリックなら普通かもしれない。しかし、たかがミレイナのイヤリングまで覚えているものだろうか。


 似たような色や形のイヤリングはたくさんある。正直、ミレイナですら把握できていないほどだ。


「素敵な色でしょう? いただいた物なのよ。お気に入りなの」


 ミレイナは満面の笑みを浮かべたが、セドリックは身体を硬直させた。


「殿下?」


 突然のことに首を傾げる。


「だ――……」

「殿下、ミレイナ様、そろそろお時間です」

「まあ! もうそんな時間? 殿下、会場に向かいましょう」


 ミレイナはセドリックの手を握った。言いかけていた話はあとで聞こう。今は何よりも、彼が社交デビューを華々しく飾ることが大切なのだから。

いつもお読み頂きありがとうございます。

明日まで忙しいため、もしかすると更新ができなかもしれません……!

遅くとも10日の夜には21話を更新するつもりです。


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