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18.ダンスの練習2

 セドリックとミレイナのダンスの練習は毎日、一時間続いた。最初は三、四曲でバテてしまっていた身体も、少し曲数が増えても大丈夫なようになった。


 一回の夜会でそんなにダンスをしたいとは思わないが、体力がついたことは素直に嬉しい。


 そして、ほんの少しだがダンスが上手になったような気がする。セドリックの足を踏む回数は減ったし、ステップを間違えることもあまりなくなった。


 ミレイナにとって大きな進歩だ。


 練習三十日目。舞踏会は明日に差し迫っている。オーケストラのメンバーも気合いが入っているように思う。


 幸い、ミレイナはセドリックの脛を蹴っていないし、彼も一度も間違えていなかった。


 会話を楽しむ余裕も生まれたように思う。セドリックとの会話は思った以上に楽しくて、つい会話に集中してしまって失敗することは時々あったが、他の人なら大丈夫だろう。


 ふだんミレイナと一緒でも彼は本を読んでいることが多い。そんな彼の横顔を堪能することがミレイナの幸せだったので、寂しいと思ったことはなかった。


 同じく空間で過ごすことのできる一時間を感謝こそすれ、ミレイナにつれない彼に負の感情をいただいたことはない。


 しかし、ダンスの時間だけ、セドリックは積極的に話してくれるような気がする。少しぶっきらぼうなところはあるが、聞けば答えてくれるのだ。


 元々口数が多いほうではないから、なんだか不思議な感じだ。きっと、会話もダンスの一環だと諦めているのだろう。


「先日、王都に新しくカフェができたらしい」

「まあ! そうなの? あいかわらずセドリックは情報通ね」

「それくらい勝手に耳に入ってくる」


 セドリックは今も昔もほとんど王宮からはでないという。従者が楽だと零していたのを覚えている。しかし、彼はなにかと王都の流行のものや新しいものの情報を手に入れて、ミレイナに教えてくれる。


 彼はミレイナよりも情報通だ。


「どんなカフェかしら? 最近は色々な趣向を凝らしたカフェがあるらしいの」


 料理以外、内装にも趣向を凝らし店内の雰囲気を楽しめるカフェが増えたと、義姉から聞いたことがある。


 そういう洒落たカフェを好む夫人や令嬢が多いからか、貴族が出資しているという話も聞くようになった。


(明日の社交デビューでシェリーと出会ったら、ここには来られなくなってしまうから、カフェでも行ってみようかしら?)


 カフェに一緒に行ってくれるような友達はいないが、母や義姉なら付き合ってくれるかもしれない。


 雰囲気が素敵な場所なら、セドリックも興味が湧いてシェリーを連れ出してくれるだろうか。原作の中で彼は、終盤まであまり積極的ではなかった。どちらかといえドライなほうで、読者の多くが「第二王子と結ばれてほしい」と言っていたほどだ。


 ミレイナ自身はセドリックの素直になれないところが好きだったし、あまり表に見せない嫉妬や執着も推せるポイントではあったが。


 近しい友人となった今なら、ミレイナのおすすめに従ってシェリーをデートに誘うことだってあり得るかもしれない。


「行ってみたい?」


 セドリックの質問に、ミレイナはターンをしながら頷く。


「ええ。行ってみたいわ。今度行ってきたら、どんなところか教えてあげるわね。――きゃっ」


 返事をした瞬間、セドリックがミレイナの手を取り損ねて体勢を崩してしまう。転びそうになったが、間一髪のところでセドリックが抱き留めてくれたから尻餅をつかずに済んだ。


「もうっ! びっくりしたわ」

「……ごめん」

「セドリックでも失敗することがあるのね」


 ミレイナはずっとセドリックが完璧な王子様だと思っていた。けれど、少し抜けたところもあるようだ。少しだけ親近感が湧く。


 ミレイナは肩を揺らして笑った。


「賭けはわたくしの勝ちね」

「あれはただ少し驚いただけで……」

「はいはい。でも賭けは賭けよ。ファーストダンスの他にもきちんと踊ること」


 ミレイナはセドリックに小指を突き出す。彼は忌々しそうにミレイナの小指に自身の小指を絡めた。


「……最悪だ」

「あら、本当ならもっとたくさん踊ったほうがいいはずよ。それを二曲で済ませられるならいいじゃない」

「まったくありがたみを感じない」


 本人は一曲で逃げようとしていたのだからそうだろう。彼は大きなため息を吐いた。


「で、誰と行く気なんだ?」

「……どこに? 今日は何も予定はないわ」


 セドリックの言葉にミレイナは首を傾げた。


「今日じゃなくて、カフェ」

「カフェ?」

「行ったらどんなところか教えてくれるんだろ?」

「ああ……。誰とって……。お義姉様か、お母様か……。もしかして、わたくしにお友達が少ないからって揶揄っているの?」


 たしかに友達は少ない。少ない上に、一緒にカフェに付き合ってくれるような親しい関係となるとほぼ0に等しかった。


 そんなミレイナを心配して両親が年の近い子と仲良くなれるような機会をつくってはくれているが、気の置けない仲になるほどまでは進展したことがない。


「揶揄うつもりはなかった。ごめん」

「いいわ。お友達が少ないのは本当のことだもの」

「誰もいないなら、僕が連れてってやる」

「セドリックが? でも、社交デビューしたら忙しくなるでしょう?」

「そんなのどうにでもなる」

「なら、時間ができたら連れて行ってもらおうかしら」


 ミレイナは「楽しみだわ」と笑った。


 しかし、セドリックは満更でもなさそうに笑っている。


 きっと、この約束は果たされることはないだろう。明日には少し早い原作が始まって、セドリックの中心はシェリーになる。


 そう思うとなんだか少しだけ、悲しい気がした。



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