14.パートナーの誘い
14話からミレイナ視点に戻ります
ミレイナは招待状を見て目を丸めた。
セドリックとのデートから帰って来て三日後のことだった。
彼がいつもいる部屋に入った途端、渡されたのだ。
「舞踏会?」
「そう、ひと月後に開催することになった」
「でもなぜこれをわたくしに?」
王宮で開催される舞踏会ならば、いつも屋敷に届くはずだ。直接渡されたことはなかった。
「当日、パートナーとして参加してほしい」
「パートナー?」
ミレイナは首を傾げた。まだセドリックは社交デビュー前だ。基本的に王族でも社交デビュー前は舞踏会には参加しないはず。
セドリックが合わせ鏡のように首を傾げた。
「もしかして?」
「そう。早めてもらった」
「まあ! 本当に?」
「嘘をついても意味はないだろ?」
「そうよね。でも、こういうのってたくさん準備があるのでしょう?」
ミレイナの社交デビューのときも大変だった。ドレスの準備やパーティーの選定。王族は王宮の舞踏会を開催する必要があるから、大変さはミレイナの比ではないだろう。
「それくらい大したことない」
「でも、パートナーは普通、家族が務めるものでしょう?」
例外はある。既に婚約者がいて、その婚約者が社交デビューしている場合だ。けれど、ミレイナは家族でも婚約者でもなかった。
「殿下のお姉様になれたら絶対にパートナーに立候補したわ」
「セドリック」
「……え?」
「セドリックって呼べと言っただろ?」
「あれは変装していたからでしょう?」
「またすぐ変装して遊びに行くから、慣れておいて。二人きりのときはいいって言ったのはミレイナだ」
彼の紫色の目で見つめられると嫌だと言えなくなる。ミレイナにとって大切な推しのお願いを聞けないわけがない。
「わ、わかったわ。セドリック。これでいいのでしょう」
「ああ。あと、ミレイナは姉ではない」
「わかっているわよ、そんなこと。ただ、お姉様として生まれていたらパートナーも引き受けられるしいいと思ったの」
こんなモブの中のモブではなく、セドリックの姉である第一王女に生まれられたらどんなに幸せだろうか。
たしか原作では他の兄弟たちとセドリックはあまり仲がよくない。いがみ合っているというわけではないようだが、母親が違うため互いに距離を置いていると書いてあった。
現実、セドリックから他の王子や王女の話は聞いたことがない。
しかし、もしミレイナが王女として生まれ、セドリックの姉だったら原作など関係ないとばかりに毎日可愛がったに違いない。
セドリックが結婚しても姉として仲良くできて最高ではないか。
「姉じゃなくてもミレイナはパートナーになれる」
「どうして?」
「ミレイナは先生だから」
「あら……。すっかり忘れていたわ」
多くの貴族が家族内の誰かがパートナーを務めるから、記憶から抜けていた。家族や婚約者以外に教師を務めている者もデビュタントのパートナーとして認められるのだ。
過去に実例がなかったわけではないから、批判されることもないとは思う。
「王族は全員参加だろう? 王妃である母に頼むわけにもいかないし、姉上は兄上と行くはずだ」
セドリックが少し悲しそうに眉尻を落とす。
(原作ではどうだったかしら?)
セドリックのパートナーのことは書かれていなかったように思う。田舎から出て来てデビューしたばかりのヒロインと舞踏会で出会ってダンスを踊るのだ。
(一人で参加したのかも)
原作に描かれるセドリックならあり得なくもない話だ。彼は人嫌いで、周りに人を寄せつけないところがあった。
ヒロインとのダンスも一番無害そうだという理由で選んでいたはずだ。
(あ! 今のセドリックにとってわたくしが一番無害だと感じているのね)
「わかったわ。陛下やお父様の許可がもらえたら一緒に行ってあげる」
「ありがとう」
「いいの。わたくしだってあまりモノだもの」
ミレイナはセドリックの手を取って満面の笑みを見せた。
王宮主催の舞踏会ともなると、田舎の貴族も集まってくる。いつもエスコートを頼む従弟は婚約者と行くだろう。
公爵家の騎士の中から一人選べば事足りるのだが、セドリックが一人で寂しいのであれば話は別だ。
(初めての社交場で一人は心細いわよね)
原作でも本当は寂しかったのかもしれない。ただ、甘えられる存在がいなかっただけなのではないだろうか。
こういうときこそミレイナの出番だ。
(そうだわ。パートナーとして一緒にいれば、ヒロインの元まで誘導もできるし、特等席で二人を見ることができるじゃない!)
物語の始まりに立ち会える可能性がある。
ほんの少し時期とシチュエーションは変わってしまうかもしれないが、二人は恋に落ちる運命なのだから、問題ないだろう。
「セドリック、舞踏会が楽しみね」
ミレイナは嬉しさのあまり、セドリックの手を握りしめた。