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入道雲のその向こうへ

作者: たのけん

初めての作品です。拙い文章ではありますが、是非読んでいただけると有難いです。よろしくお願いいたします!!


 太陽が照り付けるあの夏。何よりも高く聳え立っていた入道雲————————————

 俺は小さな町で生まれ育った。石川県は能美市、人口六万にも満たない小さな市だ。

 小学校に入って少しすると、俺は野球を始めた。きっかけは同郷のプロ野球選手、松井秀喜だった。ホームランを打とうがサヨナラ打を打とうがニコリともせず、常に泰然自若としている。かの頃の俺はそんな彼のプレースタイルに憧れた。日夜研究を続け、フォームまで真似し、元々右利きだったものを左打ちに変えたぐらいである。毎夜の巨人戦は欠かさず視聴した。憧れや目標があると人は目を瞠るほどのスピードで成長するもので、実際俺は胸を張って「大活躍した」と言える程度には活躍できたと思う。それは高学年に上がっても変わらず、スタメン発表など聞いてすらいなかった。「挫折」などもちろんある筈はない。しかし、その活躍を支えたのはもちろんセンスやら運動神経やらではない。血の滲むような弛まぬ努力のお陰、という他ないのである。

 俺の野球に対する情熱は中学校に上がっても変わらなかった。唯一つ、人生で初めて、野球に対する挫折を味わった。

 中学校は金沢にある強豪校、星稜中学へ進んだ。星稜といえば高校が、春十五度、夏二十一度の甲子園出場を果たす強豪校であり、その甲子園こそが俺の一番の目標であった。松井と同じ星稜で、松井の果たせなかった“優勝”を果たすことこそが俺の目標だった。

 しかし、「挫折」というものは自分の思っている以上に早く訪れる。

 中学の新人戦のスタメン発表。そこに俺の名前はなかった。つまるところ、人生で初めての「スタメン落ち」だった。今まで味わったことのないような「挫折」であった。しかし立ち直りは早いもので、新人戦が終わった次の日には今まで以上に練習を重ねた。野球で味わった挫折は野球でしか取り戻すことはできないのだ。邪念を捨て、バットと、ボールと、向き合う。

 中学に入って二度目の公式戦。監督が一人ひとり名前を読み上げる。心臓は未だ嘗てないほどに跳ね上がっていた。

「四番・サード、中村。」

俺の名前が呼ばれていた。安堵したが、これからだ。試合でヒットを打たなければまたあの「挫折」を味わう。

 しかし、その不安は杞憂に終わることとなる。いざ試合が始まってみると五打数のうち四安打と三打点。チームも五点差をつけての大勝となった。やはり、野球というものは楽しいのである。そうして次の試合も次の試合も俺は試合に出続けた。もちろん四番・サードで。

 いつの間にか中学校生活は終わっていて、いつの間にか高校に上がっていた。高校でも俺は一年ながらスタメンで、まさに大車輪の活躍といえるほどにはチームに貢献していた。監督にも、先輩にも称賛されていた。しかし、この俺にはひとつだけ心残りがあった。それは、「甲子園出場」だ。一,二年の間はいつだって惜しいところで敗退していて、心にモヤモヤが残ったままであった。

 時は流れ、いつの間にか女郎花月。つまるところ七月である。このころになると部の中に異様な空気が張り詰める。説明はするまでもないが、甲子園の予選が始まるからである。

 球場に、青い空に、乾いたサイレンの音が響く。夏の甲子園、県予選の開幕である。石川随一の強豪校である我が星稜は、一回戦、二回戦、それから準決勝と難なく突破していく。しかし、俺の中にはひとつだけ、心残りがあった。四番でキャプテンの俺が未だ一安打しか放てていないところだ。監督は辛抱強く俺を起用し続けてくれる。しかし、その監督の辛抱強さが仇となり、重圧となり、俺の前に「挫折」として現れる。決勝前夜、俺の心は折れかけていた。それでも、立ち止まることはできない。進み続けなければならない。俺は「絶対にやってやる」というやる気と自信を胸に床に就いた。

 太陽は昇る。俺は目覚める。なんだかいつもより体が軽かった。現地集合であったため、朝の八時半に家を出た。球場に着くともう既に何人かメンバーが集まっていて、それぞれの、思い思いの顔で、唯その時を待っていた。まだ一〇時だというのに、太陽は俺たちに燦燦と照り付けている。

 時間が過ぎるのはあっという間で、もう既に試合開始のサイレンが鳴っていた。俺はベンチからのスタートだった。

「大事な場面で絶対出すから」

と監督に言われていた俺はまだかまだかとその時を待ち構えていた。試合が動いたのは三回。ノーアウトからの連打で二,三塁のチャンスを作り、ライト頭上を越えるツーベースで先に二点を先取した。しかし、流石は決勝まで進出した相手で、ここで引き下がらない。四回の表にはあれよあれよとヒットを重ね、蓋を開けてみればこの回に三点を奪われ、逆転を許してしまったのである。

 そのままゼロ行進が続き、二対三で迎えた九回裏。四球と長打、三振と内野安打、そしてキャッチャーフライで迎えたツーアウト満塁、サヨナラの大チャンスで、場内にアナウンスが響く。

「バッター島本に代わりまして、代打・中村」

無感情な音声と共にベンチから出てくる。緊張はピークに達し、素振りをしてみてもどこか身体がぎこちない。しかし、泣いても笑ってもこれが最後だ。やり切ろう。バッターボックスに立つ。初球を見送る。

「ボール」

五月蠅いぐらいに審判の声が響く。二球目をファール、三球目のボール球を見送り、四球目も際どいコースでボール判定。続く五球目を空振る。いつの間にか電光掲示板のランプは全て灯っていた。そう、ツーアウトフルカウントである。泣いても笑ってもこれが最後。ピッチャー大きく、大きく振りかぶる。今まさに右腕からボールが離れようとしたその刹那、総ての動きがスローモーションになった。ボールがゆっくりで、リプレイ映像かのようだ。回転だって丸わかり、縫い目の数だって数えられそうだ。俺は「好機到来」と思い ———迷いを捨て、高校三年間の総てを乗せ、万感の思いを込め、「挫折」を乗せ——— 振りぬいた。刹那、スロー映像が終わる。一瞬、自分でも何が起きたか理解できなかった。しかし、一気に耳の中へ、スタンドから入ってくる大歓声で現実へ引き戻された。つまることろ、どうやら俺は逆転サヨナラ満塁弾を放ったようだ。一塁ベースを通過しても、二塁ベースを踏んでみても、三塁ベースを凝視してみてもいまいち実感が湧かなかったが、ホームベースを踏んだ瞬間、仲間の輪へ飛び込んだ瞬間、俺は実感が湧いた。マグマのように湧き出た。今まで我慢していた感情が爆発した。俺の人生総てが爆発した。そうして、本塁上に集まり、敵 ———戦友と形容した方が良いのかもしれない——— と礼を交わす。太陽はほぼ俺たちの真上で輝いており、大きな入道雲は今までより、より一層大きく見え、俺たちを包み込むようだった。そう。俺たちは甲子園への切符を入手したのだ。

 さて、これからまた長い長い旅が始まりそうだ。

楽しかったですー

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