小鳥がやってきた
「運動不足だな。」
スキーシーズンを前にしたパパは自分の身体を省みる。齢36にして、ベルトの穴の位置は大学時代から2個以上変えたことはない。会社や駅でも、常に階段を使っているし、歩くスピードも速い。一般には問題ないだろう。
平成の都会からバスで出かけるスキー旅行などではなく、昭和の中頃に雪の季節はスキーを履いて登校するような地域、あるいは校庭に水を撒いてスケートリンクをつくるような地域で育った自分にとって、夏の体力維持はウインタースポーツの成績に直結する。
仕事に脂がのっている今、徹夜ドライブ→仮眠→ゲレンデでスキー→渋滞運転→出勤か3泊以上の出張、のループを家族連れでこなすには問題だ。
「よし、朝ジョギングに行くか!」
「私は自転車の練習したい。」
補助輪付きで自転車練習中の小1の一人娘と利害は一致した。
インドアな妻はもちろんスルーである。連休前の陽気がよい季節に週末早朝ジョギングが始まった。ピンクの補助つき自転車が伴走である。
ひと月くらいだったころ、家まで500mというところで近所の団地の緑地帯に差し掛かると、娘は「キレイな鳥がいる!」という。キレイな「石」の聞き違いかと思いつつ走るスピードを落として、娘が指す電話ボックス横の観察ポイントに近づいた。第一、娘の趣味は小石の収集である。キラキラしていない石ばかり選ぶので、団地の誰かが手放した漬物石など見つけると厄介だ。
自転車を芝生の出前に止めた娘がそっと様子を見ている。腹が減った生き物に不用意に近づいてはいけない、というパパの教えを忘れていないようだ。はて、石か鳥か?すっかり伸びた芝がそこだけ「カサリ」と揺れた。
「黄色いね。」娘がつぶやいた。
父は観察ポイントをのぞきこんだ。蛇の後頭部に黄色があれば、ヤマカガシかもしれない。
「インコだな。」
どこかで飼われていたに違いない、ふんわり黄色いセキセイインコだ。頭から背が黄色く、腹は緑色、閉じた翼は黒がアクセントだ。腹が減ったのか、うずくまっている。パパがそっと両手で包んでも暴れない。
「どうするのお父さん。鳥なんか拾ってきて。病気持ちかもしれないのに。1日眺めて放したら?」
ばあちゃんは清潔第一、動物反対である。羽根にツヤがあるし、病気は考えにくい。
「キレイねぇ、世話は誰がするの?」
妻は「キレイ」であることがすべての基準となる。
確かに、パパは平日は出張ばかりで家をあけているので、飼いたいならば日々の世話は娘がするしかない。インコは必死に米粒をつついている。いつまでも竹で編んだ野菜カゴをかぶせておくわけにもいかない。
結局、インコは家族の一員となることが決まり、鳥籠と止まり木、エサが用意された。黄色い胸から腹の緑色は唐三彩のように美しい。お名前は安易な「ピーちゃん」に決まり、夜は8時になると新聞紙をかぶせておやすみなさい、朝は6時に新聞を外すことになった。
飼い始めたら、ばあちゃんにも小松菜をもらったり、妻にトーストの耳をもらったり、案外家族に溶け込むものだ。娘に神様からのプレゼントかと思っていたが、我が家へのプレゼントだったかもしれない。
ピーちゃんは今日も熱心に新聞紙の端をかじっている。




