10.キューピット目指して
8話目からの続きの話になります。
あの誕生日パーティが終わってしばらく。
別邸に行く前から色々と、それはもう色々とあった訳だがひとまずオクシスについては「保留」になった。
直接連絡をもらうことも、クロさん伝いで何か言われることもなく。何もないが故に今すぐどうこうされはしないと理解出来た。正直、パーティの日から時間をおかず対面していたら殴りかねなかったので助かった。
勿論こちらは無礼をして申し訳ありません、と連絡をしている。たとえ簡単にクビを切れないとはいえ不可能ではないし、私達侍従の評価がダリア様の評価に繋がってしまう。
心底腹立つが、あれでも上司の上司にあたる。
社会人として……何よりダリア様の幸せを願う人間として。旦那様の機嫌を悪くすることは避けたいのだ。
と、まぁクソ旦那様の話はここまで。思い出しただけでひっぱたきたくなるので忘れよう。今重要なのはダリア様だ。
「……アイツ一人で頭ぶんぶん振って何してんだ?」
「ちょっとよそ見しないで」
「ぐえッッ!?お、おも……!」
実の父親に叩かれ、理不尽に怒られ、使えないと言われて。わかりきっていても娘を何だと思っているのか問いかけたくなる所業。両親の期待に応えるため積み重ねた努力は間違いなく芽吹いてるというのに、全然みようとしない。まったくもって度し難いクズ親である。
ああいや違う。ダリア様の様子についてだった。
誕生日パーティ前後だけじゃなく、今までの諸々があってどうしてもクズ親への殺意が湧いてしまうな。つい握りしめていた掃除用具を魔法で直す。
「……おい、バキッてスゲェ音したぞ」
「無言で壊して無言で直したわね」
あれ以降、気をつけて見ているがダリア様に特別目立った変化はなく。流石にあの日の夜は落ち込む姿がみてとれたものの、翌日から普段通り生活している。
そう見えているだけで、何も感じてないとは思えないけど無理しているようにも見えないのがまた難しい。
私に魔法の質問をしたり。
ロメリアさんに髪を編み込んでもらったり。
まだ新人のアンと交流したり。
オクシスを定期的に心配したり。
学園でも変わりなく勉強に励んでると聞く。屋敷内でのコロコロと豊かな表情も、やはりいつも通りだ。
「ウェンディ!」そう呼ぶ声色も、向けられる笑顔も相変わらず可愛くて最高の推し。私に知らない魔法を聞いて、それでそれで?と前のめりになる推しが眩しくて見えない。あまりに推しが光源すぎる。
今朝も会った時、ひょっこり寝癖がついていて。
「ダリア様おはようございます、失礼しますね」
私が軽く直せば恥ずかしがるダリア様。
「おはよう……ってやだ、ねぐせ?」
「ふふ、可愛らしい寝癖でしたよ」
「……ウェンディのいじわる」
「(照れた推しが愛しすぎてどうしよう)」
横目でチラ見するダリア様に死ぬところだった。
薄いピンクに染まる頬と、両手の袖で隠された口元、そしてベッドの横に立つ私へ不満そうな顔でチラ見のコンボ。
朝からいいものを見た。推しの専属メイドだからこその眼福だ。どうにかこっそり写真撮れないだろうか?
心配していた筈が、いつの間にか推しを思い浮かべている内にそっちへ思考が飛んでいた。社畜時代に培った表情を繕う経験が役に立ち、ニヤニヤとゆるみきった顔を晒すことはない。しかも有難いことに、元々ウェンディである私も表情が乏しいタイプなので簡単だった。
真剣な顔で、今度こそ真面目に考えよう。
「怖いくらい真面目な顔してるわね」
「機嫌悪いんじゃねぇの?」
「機嫌悪いようには見えないわ。むしろ楽しいことあったんじゃないかしら?最近のウェンディ表情豊かだし」
「はっ?アレが楽しい??」
パーティ後、私の心配をよそにダリア様は元気よく毎日を過ごしている。多少……魔法の勉強を頑張りすぎてる以外、これといって問題ないのが現状である。それも、勉強時間が少し長くなったかな?程度のものだ。
気になるのは──これがきっかけかどうか。
もしかしたら……原作に出てくる悪役令嬢たるダリア・スカーレットへと変わってしまうきっかけかもしれない。
今のダリア様がいきなりダリア・スカーレットのようなキツイ冷たい酷い悪役令嬢になるとは思えないのだ。
そうなるきっかけが必ずあるだろう、と推し始めた時からずっと考えていた。だからこそ今回の誕生日パーティでの出来事、特に終わった後旦那様に吐き捨てられた言葉がきっかけなんじゃなかろうか。と、思うのだが。
何となく違う気もしていた。
必要以上に頑張り、焦り、精神的な疲労を負う。変わるきっかけの一つならあり得なくはない。なのに私の本能がそうじゃないと訴えている。これではないんだと。
よく考えれば確かにきっかけとしちゃ弱い。悲しいかな、ダリア様は両親から受ける酷い扱いに慣れてしまっていた。ショックはショックだろう、けれどこれが原因で変わり果てるとはあまり思えない。
本当に悲しいしそんな強さ身につけて欲しくなかった。
……で、あるならばきっかけは何だろうか。
原作でそこまで過去が掘り下げられず、ただ最期に暴走した際主人公達が勝てないほど強く嫌な悪役令嬢だったキャラクター。私が見れていない二部や外伝で明かされていたとしても今更だ。無いものは無い。
「うわっ!更に顔が怖ェ」
「コレは……考え事してるみたいね」
「いや少し違うだけで同じ表情だろ」
「慣れればわかるものよ」
ハッキリと私はダリア様が推しになった。
キャラクター云々ではなく、とても愛らしく健気で人を誰より思いやれるダリア様を好きになったのだ。圧倒的美幼女な見た目も、豊かな表情も、伯爵令嬢としての優雅で凛々しい姿も全部ひっくるめて推し。
そして推しが原作通りの最期を迎えるなんて死んでも嫌に決まってる。防げるものなら全力で防ぎたい。
そのため、最近はきっかけについて色々と考えている。まぁ中々見つからないというか、誕生日パーティ以外で大した出来事がないというか。もうこれから起きる可能性に備えるのが一番いい気がしてきた。
何がきてもいいように、心の準備と物理的な準備。
心は大丈夫。いつだって推しのために動く準備万端だ。物理的な方は……治療道具や治癒魔法の特訓か?
とにかくダリア様に何か起きた時、素早く対処出来るようにしておかなくては。ダリア様は心優しい幼女、オクシス然り目の前で誰か傷ついてもショックだろうから防御方面もしっかりする必要がありそうだ。
あと他に予防出来ることはないか。
推しの幸せを守るための、何か。
仕事をする手は止めず頭を捻り……気づいた。
一人いたじゃないか、確実にダリア・スカーレットと関係ありそうな重要人物が。内心ガッツポーズをする。
「じゃあアレは?」
「考え事がスッキリしたんだと思うわ」
「えぇ……どれもムスッとしてるだけじゃん」
結局誕生日パーティには訪れなかった人物。体調不良と宣いながら、さらっと元気にみえる映像を渡してきた第三王子。セキチクとかいう不穏な花言葉もあるような、ダリア様が好きでもない花束を寄越しやがった──許嫁。
そう……一方的にダリア様を邪険にする、産まれた時からの許嫁であるアンダール・ペルシア第三王子だ。
数年前は幾分かぎこちないながらも、さほど不仲な訳じゃなかった。たまに話している姿があったしこれから仲良くなれたらいいな、と微笑ましく思ってたくらいで。
今では会うことが減り、会っても「何かようか」と冷たい態度ばかり。ダリア様が歩み寄ろうともその度睨まれてしまう。許嫁という建前上、周囲に人がいればあからさまな態度はとらないがそれでも不仲の噂が出るほど二人がうまくいってないのは明白だった。
原作においては少し違う。
嫌がるアンダール王子に何かしらの好意をもってダリア・スカーレットが近付いていたように思える。
最終的に暴走する少し前、アンダール王子は父親である陛下に話をつけ、二人は許嫁解消へと至った。
その以前から不仲なため変わる直接的な原因とはいえない。でも「暴走」するきっかけの可能性は、ある。
又、不仲が原因で問題発生しそれこそ大きなきっかけをつくる可能性だってあるのだ。主人公に嫌がらせするのもアンダール王子が理由なら、防いで損はない。
あれこれ述べたが、単純な話だ。
推しの幸せを守るため不穏な芽は摘む。
と、いうかあんなに可愛くて賢くてたまにみせるお茶目さが愛おしい推しを嫌うとは何事か。まぁ好みは人それぞれなのでアンダール王子もそうなんだろう。
とりあえず、二人のキューピットになるしかないのでは?
そうと決まれば──まずダリア様だ。
許嫁の二人、それも大事な意味合いをもつ二人がこのまま不仲でいいとは向こう側も決して思っていないだろう。ダリア様を説得し、スカーレット家とペルシア家で話をつければ話す場をつくれる筈。
さて……動きが決まったところで。
「オクシス、さっきから私を観察するのは別に構いませんが仕事をサボるのは駄目でしょう?」
「おぇ!?ロメリアサンがいねェ!」
「ロメリアさんも一緒に見ていたのは知ってます。ですが私から指摘される前に仕事に戻りましたので」
「うっそだろ!!?」
「はい、これもお願いいたしますね」
持っていく予定だろう荷物の上に同じ行き先の資材をぽん。次の仕事をしに2階へ続く階段に向かう。
「まっ……一応まだケガ人……!!」と、なにやら嘆くオクシスの声は聞こえないフリ。ロメリアさんが本気で放置していく訳がないし、おそらく戻ってくる。本人なりに考えてオクシスと接しているんだろう。
よし、キューピット頑張りますか!




