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ダイナル国の聖女④

  エミリアは癒しの力を授かった。それは誰の目から見ても明らかな聖女の力であった。

エミリアは力の発現以降、精力的に多くの人を癒していった。

 大きな傷は治せないが、わずかな傷であれば簡単に癒すことができる。

最初は日に一度しか力が使えないと限られてはいたが、日々を繰り返すことでその力は増さり、日に二十回程使えるようになっていた。


 ヘラルドは聖女の力を得たエミリアに魅かれていた。

それと同時に、リイナが聖女ではないということがヘラルドの中でも確信的になっていた。

 幼い時からの婚約者、己の立場を王太子まで押し上げてくれた完璧な令嬢リイナ。

ヘラルドはリイナとどう接して良いかわからなくなっていた。


 そして学園にはパルテド公爵家がエミリアを排するのではないかという懸念の声が上がっていた。

証拠がないだけで、今までにもパルテド公爵家は色々と裏で動き、聖女と認定されていたリイナの立場を守っていたという話である。


 ヘラルドたちは、そんなパルテド公爵家や悪意を持つものたちから、エミリアを守るようにいつでもエミリアを傍に置いた。二学年下で授業的には関わることは少なかったが、それでもできるだけ傍らにいた。

パルテド公爵の策略の噂とともに、ヘラルドや側近たちがエミリアを寵愛しているという噂が立ち始めたが、ヘラルドはそれを否定することをしなかった。


 ヘラルドの心は揺らいでいた。

公爵家を悪だと決めつける証拠もない以上、己の行動が公爵家と婚約者であるリイナへの裏切りになるとわかっていた。

決してリイナを恨んでいるわけではない。けれどリイナを裏切っていると同時に、ヘラルドも裏切られている気分だった。

結局、ヘラルドはリイナを避けるようになった。

 リイナはヘラルドたちやエミリアとも学年が違うため、こちらから会いにいかなければ会う機会が殆どないのは幸いだった。しかし、避けていても学園で出会ってしまうこともある。

その場合、常にエミリアと共にいるため、必然的にリイナとエミリアも顔を合わせることになってしまう。


 リイナは、何も言わなかった。

不意にあっても優雅に微笑み、それどころか形式的な挨拶を交わしてくる。

それ以上何も言わなかった。


 そんなリイナにヘラルドは困惑し、そして落胆した。

少しでも悲しそうにしてくれれば、少しでも気まずそうにしてくれれば違ったであろう。


 完璧な令嬢と言われたリイナは、こんな状況でも完璧であった。

聖女の座を追われるという恐怖はないのだろうか。王太子の婚約者の立場も危うくなっているのに、何故そんなにも優雅に微笑んでいられるのだろうか。

ヘラルドとリイナの距離は更に開いたような気がして、ヘラルドは半年に一度しかないお茶会の約束も反故にしてしまった。


 この間も、教会も公爵令嬢家も、リイナが聖女であることは覆さなかった。

リイナの聖女の力は選定の儀で証明されており、それは決して揺るがないという。


 エミリアも、平民として生活していた頃、同じように教会で選定を受けた。

その時は聖なる力の反応が見られなかった為、教会はエミリアを聖女ではないと断定した。

 もう一度選定を行えば証明されるのに、教会は選定の儀式は一人に二度行うことはないと告げた。

二度受けるということは、神を信用しないと同意なことになり、神への冒涜になりうるからだという。

そうして選定の儀は、再び行われることはなかった。




「リイナ様、なんだか怖いわ……」

 ある日、エミリアがそう言った。


「そんなことないよエミリア。パルテド公爵家は色々あるかもしれないが、リイナはそんなに怖いことはないさ」

「そうかしら……あたし、リイナ様に嫌われてるし……」

 不安そうに項垂れるエミリアを励ます。

「リイナは大丈夫さ。もし真の聖女として君が認められたとしても、リイナならわかってくれるよ」

 それはエミリアではなく、己に言い聞かせているような気持ちであった。

「リイナなら、きっと……」

 リイナのことを、ヘラルドはもうよくわからなくなっていた。




 しかし、ヘラルドは気づいてしまった。

エミリアを見つめるリイナの目が、本当に酷く冷たいものであることに。


 それは学園の創業記念パーティーで、リイナに伝えなければならないことがあり、中庭に彼女を呼び出したときのことだった。

「あ、ヘリー! 探してたのよ……あっ」

 ヘラルドに会いにきたエミリアは、リイナに気づかず、こっそりと許可していたヘラルドの愛称を思わず使ってしまったときがあった。

エミリアには皆の前では使ってはいけないと言っておいたのだが、うっかり出てしまったらしい。


 その時のリイナの瞳は、恐ろしいほど冷たかった。

もしかしたら、リイナがエミリアを傷つけるかもしれないと言う不安がよぎった。


 その不安はあたり、実際にエミリアに対する嫌がらせが増えていった。

高位貴族に目をかけられる、元平民の男爵令嬢エミリアを妬む貴族令嬢も多かった。

しかし癒しの力で人々を癒していくたび、エミリアに対する風当たりは変わっていった。

誰にも平等で優しいエミリアは、皆に慕われていくようになった。


 そして王太子に寵愛される男爵令嬢が癒しの力があるという噂は、学園だけではなく、王都全体へと広まっていった。

それと同時に、聖女の名誉を権力と金の力で手に入れたパルテド公爵家の黒い噂も広まることになる。


 十年もの間、リイナ・パルテドの聖女の資質を疑問視してきたものたちにとって、権力を振り翳すパルテド公爵家を糾弾する格好のネタにもなった。


 そうして、リイナ・パルテド公爵令嬢は、ヘラルド王太子とエミリア男爵令嬢の恋物語の最悪の悪役として位置づけられた。


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