迫り来る死の影
時系列がわかりにくかったため、25話目を30話目に挿入しました。ブックマークしてくださった方、読み途中の方、申し訳ございません。
誤字報告や、メッセージなど、ありがとうございます。
家庭の事情でまとまった時間が取れず、なかなか執筆できませんでしたが、また少しずつ筆を進めております。
更新を気長に待っていただければ幸いです。
今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。
――ダイナル国・国王――
「ゴホッゴホッ……」
病床に横たわる王は息苦しさに呻いていた。
王妃が亡くなったと聞いたのは幾日前のことであっただろうか。
眩い光は目に眩しく、窓を覆う布は一切の光を通さない。蝋燭のぼんやりとした灯りの中、時間の感覚を失った王は虚な目で豪奢な天井を見上げる。
――なぜ、こんなことになったのか。
ことの始まりは男爵令嬢エミリアを真の聖女として、ヘラルドが連れてきた時からだ。
エミリア・ドーパン男爵令嬢が真の聖女。ならば無理矢理息子の婚約者にしたリイナ・パルテド公爵令嬢と、挿げ替えれば良い。
下級貴族とて、聖女であり、貴族。その立場さえ挿げ替えれば、全てうまく行く話であった。
公爵令嬢は聖女に選ばれたといっても、何の力も持たぬ小娘であった。力が使えないのなら、力を持たぬのと同じこと。
そして、王はパルテド公爵家もろとも粛清することにした。
娘が聖女になったというだけで、王国だけではなく教会にも与するようになった裏切り者の公爵家。
だから、公爵家の罪をでっちあげた。人々も公爵家への不満から簡単に口裏を合わせた。そして、盛りに盛った罪状を掲げて、王は命じた。
「ヘラルド、リイナ・パルテドの量刑はお前が決めろ」
王は公爵令嬢リイナへの裁きを王太子ヘラルドに命じた。
何故なら、公爵家の娘は幼いころよりヘラルドに対し盲目的に熱情を寄せていたからだ。父親の王に裁かれるより、愛するヘラルドの手で裁かれたほうが、公爵家の娘をより強く毀傷することができるだろう。
裁判では実に見事であった。
絶望した娘の憔悴や動揺、絶望までも見て取れた。貴族の笑いものにされる娘を見て、王は公爵家に対する溜飲が下がるような思いだった。
しかし、ヘラルドは公爵に絆され、公爵家令嬢に温情をかけ、命だけは助ける選択をした。「知らなかったから許せ」などと、くだらない理由だったのに。
そのせいでパルテド公爵の長女と長男も、処刑を免れてしまった。
王は公爵令嬢共々、一家連座で全員死罪にするつもりであったのに。
甘い、と思った。切り捨てなければならない時に、切り捨てることができぬものなど、王には成れぬ。中途半端な温情を与えたところで何にもならない。だから、どうせなら徹底的に元公爵令嬢を追い詰めるようにと誘導した。
ヘラルドがリイナから公爵令嬢の身分を剥奪したのをいいことに、平民と同じ罰則を与えさせるようにした。
刑罰の最中も、民衆を煽り、刑罰を増やした。
王都からの追放も正式な者は使わず、粗野な冒険者に一時兵士の任を命じ、辱めを受けさせ死に至らしめるよう手配をした。
恋慕するヘラルドに裏切られ、断罪されたリイナの表情は無様であった。
これで公爵家は終わり、パルテド公爵と共に偽者の聖女を祀り上げた教会も、大きく権力を削ぐことになるだろう。
――全てうまく行くはずだった。
何もかも、全て。
「……ゴホッ」
眩暈がするような息苦しさは、もうずっと続いている。
王都に蔓延る病は王の体を蝕み、激しい苦しみを与えていた。
「父上、お話ししたいことがあります」
定期的に見舞いにくる息子のヘラルドは、その日はいつもよりも悲痛な表情をしていた。
「陛下、リイナこそ、リイナ公爵令嬢こそが本物の聖女でした。我らは選択を誤り、本物の聖女を追放してしまいました」
王都はリイナを追放してから雨が続いていた。
原因不明の病も流行り、体力がない女子供から次々と命を落とし、王妃までもがその病に倒れて、そして壮絶な最後を迎えた。
王都に蔓延る病の原因を、断罪された元公爵令嬢の呪いとして負わせようとした途端、王城に雷が落ちた。
その時には王は既に、己の過ちに気づいていた。気づかざるを得なかった。
何がいけなかったのか、歯車が狂い出したのは、目の前にいる息子が原因であったと、王は思い至った。
「……ゴホッ、お前が、お前が、公爵令嬢は聖女ではないと、申したではないか……」
腹立たしさを覚えながらも王はヘラルドを責める。
たった少し話すだけで息苦しさは増し、ゴホゴホと咳が止まらなくなる。
公爵令嬢が聖女だったことは最早間違いないであろう。
しかし、男爵令嬢にも聖なる力が宿っているのだ。もしかしたら、今世には聖女が二人いるのかもしれない。
「あの娘は……まだ癒せぬのか?」
名前を呼ぶのすら忌々しい、リイナの追放後、一切の癒しの力が使えなくなり、何の役にも立たなくなった無能な男爵令嬢。リイナの刑罰を見たショックで力が使えなくなったなど、ただの甘えでしかない。
今この国の国王が病の床にいるのだ。
癒しの力を持つのならば、今この時に力を使わなくてどうするというのだろうか。
王は鈍い動きで腕をあげ、息子の腕を掴んだ。
「……あの、娘を、よんでこい」
病床の王を見下ろすヘラルドの顔が、曇る。
そきてしばし口篭ったヘラルドは、それを告げた。
「……ドーパン男爵家は、魔道技師と手を組み、怪しげな魔道具を作っておりました。エミリアは、その技師が手掛けた魔道具の腕輪をつけ、それにより癒しの力を発動させておりました」
ヘラルドは深く頭を下げる。
「扱いは難しく、慣れれば日に二十回は発動できるものの……それで治療できるのは、せいぜいかすり傷程度が限界でした。リイナを追放後、その魔道具技師が手掛けた魔道具が一つ残らず使い物にならなくなりました」
まるでそれも、天罰であるかのように……。
それを聞いて国王の目の前は暗く歪んでいく。
「申し訳ありません、父上、国王陛下、私は判断を誤りました」
謝罪を繰り返すヘラルドに渾身の力を込めて怒鳴る。
「ふざけるでなっ……誤りだっ……ゴホッ……そん、な、ことが、許される、と思っのか……ゴホッ」
掠れた声と、息苦しさに眩暈がした。しかし沸々と湧き上がる怒りにまかせ、唾を飛ばしながら王は言葉にならない声を上げた。
「ぁあ……ああああ!!!」
どいつもこいつも役に立たぬ愚か者ばかり。
聖女信仰なんてクソ喰らえと思っていた国王は、激しく後悔した。
――天罰を受ける。
己も死ぬ。
王妃よりも長く苦しみ、
痛みにのたうち周り、
狂いながら死ぬ。
「男爵家は、全員、処刑……!! ゴホッああ……、男爵、の、娘は、火炙りに、しろ!!」
「そんな陛下!! お待ちください!!!!」
ヘラルドが声をあげ、今度は膝まずき、額を地面に擦り付けるように下げた。
「エミリアはこのことを知りませんでした! 魔道具はドーパン男爵から貰ったもので、癒しの力が発動したのは本当に己の力だと思っていたのです!」
王太子であるはずの息子は、惨めに娘の命を乞うた。その無様な姿は、己の娘の命だけはと懇願するパルテド公爵の姿と重なった。
「知らぬ、か……ゴホッ」
咳が止まらなくなった。慌てたようにヘラルドが水を差し出してくる。
怒りに任せて、声を張り上げようとすれば、余計苦しさは増す。苦しさで、怒ることも儘ならない。
口から水がこぼれるのも構わずに、水を含む。
飲み込む水は久々に喉を潤してくれたようだった。
まるでそれは、話の続きを促されているようであった。
「知らぬ、なら、罪に、ならぬ……とでも……?」
「ですが! 火炙りなどと……!」
王は声を抑えて話す。
「どうせ、公爵令嬢とて、冤罪で断罪されたのだ……。その男爵令嬢は冤罪のでっち上げにも手を貸している……。公爵令嬢以上の罪に、問わなくては、ならぬ……」
「……冤……罪……?」
「……フン。お前は、何も知らぬ……愚かな男よ……ゴホゴホッ」
「待ってください、父上、冤罪……とは、なんのことですか……?」
「パル、テド公爵令嬢は、あ小娘に、危害など加えては、おらぬ」
ヘラルドの顔は、みるみる蒼白になってゆく。
「なぜ……そんなことを……」
「私が、命じた。宰相も、宰相子息も……。お前が公爵令嬢を、偽者だと、言った……ゴホッ……だから、本物と結ばれるように……手を、貸した……。それだけだ……」
王の苦しみは極限にきていた。
「リイナは……冤罪……? それじゃぁ……」
呆然とするヘラルドに、沸々と怒りが沸いた。民衆の見世物にし、公爵令嬢を追放し、忌々しいパルテド公爵を断罪したと言うのに、蓋を開けてみれば本物の聖女は本当に公爵令嬢だったのでは、話にならない。
「お前が、あの小娘に、騙され、なければ……ゴホゴホッ……こんな、ことに、ならなかったっ! ゴホッ! お前が、きちんと、調べて、おればっ……」
王は自らを棚に上げて叫んだ。
苦しみで、最早正常な判断などとうの昔にできなくなっていた。
「お前も、役立たずだっ……! お前は、もう、王太子から、グァァアアアア!!!!」
突如王は身悶え倒れ伏した。
「父上!!」
必死にうつ伏せになろうとするその姿を見て、ヘラルドは察した。
王都に流行る病は、死ぬ前に十度の激痛を背中に受ける。
「ああ……父上……」
ついにこの国の国王にも、死のカウントダウンが始まったのだ。




