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全てを許した聖女様  作者: めるめる琉


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過ち②

「エミリア、ドーパン男爵を更迭することになった」

 久々に会ったエミリアには疲労の色が濃く現れ、幾分か頬が痩けていた。

記憶の中のエミリアと比べて、ずいぶんと儚げになったエミリアは、ヘラルドから告げられた言葉に驚き、首を傾げた。

「……お父様が?」

 その不安そうな姿はあまりにも無垢で、ヘラルドにそれ以上のことを口にさせるのを躊躇わせた。

「……それは、あたしが聖女として、失格だから、ですか……?」

 エミリアは声を詰まらせ、そしてその瞳は潤んでいく。

しかし、問いたださなければいけない。もう証拠は揃ってしまっている。


「君のその腕輪……母親の形見だと言っていたね? 本当にそうなのか?」

「……これですか?」

 エミリアは自身の右腕に嵌められた腕輪を大切そうに撫でた。


「これは、お父様にお母さんの形見だと言われて渡されたの。だからずっと大切につけているわ」

「そうか……」

 ヘラルドは少しだけ安堵した。エミリアは何も知らされず、腕輪を渡されただけなのだろう。

「これがどうかしたの……?」

 エミリアは何も知らなかった。男爵の思惑も、彼女を取り巻く陰謀も、何もかも。

「エミリア、その腕輪はおそらく、回復の魔道具だ。君の力は、その腕輪がもたらしてくれていたものだったんだ」

「え……」

 エミリアの瞳が驚愕で開かれ、みるみると顔面が蒼白になる。

「それじゃあ……あたし……」

 震える唇から、荒い息が漏れる。

「ああ……そんな……」

 純粋な彼女は、醜い強欲な貴族たちに駒として利用されていたのだ。

「あたし、あたしは……」

 ふらついたエミリアを、ヘラルドはそっと支えた。立っていることすらできなくなったエミリアは、ゆっくりと膝をつく。

「あぁ……ぁぁ……」

 顔を覆って嗚咽を溢すエミリアの背を、ヘラルドはゆっくりと撫で続けた。


 ドーパン男爵に捜査の手が回ることにより、エミリアも地下の一角に拘束されることとなった。

 これから魔導技師と男爵の取り調べが本格的に行われることになる。

魔道具を作るにあたり、そのための材として多くの命が代償として支払われた可能性が高い。

 それを持って聖女と偽り、ヘラルドの婚約者の座を狙い、真の聖女を追放させた。

知らなかったとはいえ、エミリアもかなり厳しい立場に置かれることとなる。

このことを父に伝えれば、間違いなく重い処罰が下されるだろう。王はエミリアを決して許さないだろう。


 ヘラルドは、ずっと思い悩んでいた。目の前の少女が聖女に祭り上げられた発端は己にある。

何故、彼女の力をきちんと調べなかったのだろうか。何故教会を信用せず、エミリアの力の証明をさせなかったのだろうか。あの時この事実がわかっていれば、エミリアが今、このように追い込まれることはなかったかもしれない。



◆◇◆



 エミリアが置かれたのは、鉄格子はないとはいえ、僅かな寝具があるだけの簡素な地下の一室であった。

これはヘラルドの采配によるもので、エミリアを罪人用の冷たい牢に入れるのはあまりにも哀れであると思ったからだ。


「すまない……エミリア……」

 明るく天真爛漫であった彼女を、こんなにも窮地に追い込んでしまったのは、ヘラルド自身なのだ。

「ヘリー……ああ……ヘラルド様……」

 愛称で呼ぶのをやめた彼女に、胸が痛んだ。

「ヘリーでいい。今だけは……」

「ありがと……」

 恐らく、こうして密やかに会えるのはこれが最後になるのだろう。

「ありがとうヘリー……」

 ヘラルドの胸に頭を寄せてきたエミリアを、ヘラルドはそっと抱きしめた。




「あたし本当は、怖かったの……」

「リイナさんの刑罰も、それから天候も荒れて病が流行ったことも、あたしの力が使えなくなってしまったことも……」

 思い出せばキリがないのだろう。

エミリアは叫ぶように訴える。

「もっと多くの人を救いたかった。病が流行って、でも力は全然使えなくて、結局誰一人救うことができなくて、たくさんの人が亡くなったわ」


 エミリアは語る。

「あたし、お父様のことも好きじゃなかった。お母さんとあたしを捨てた人だから。でも腕輪は……形見だからって……。だからあたし、きっとお父様とお母さんの思い出の腕輪なんだと思って……」

 腕輪は証拠として回収され、その腕にはもう何も嵌ってはいない。でもエミリアは、腕輪があったその場所を撫でた。

「形見じゃ……なかった……」

 ぽろぽろとこぼれ落ちる涙が、エミリアが牢に入るさいに着せられた簡素な服を染める。この服は、裁判の時にリイナが着ていた罪人用のものと同じだ。


「あたしが、偽物のなのね……。もう、一緒にいられないのねヘリー……。」

 二人だけの部屋に、リイナの啜り泣く声が響く。

「あたしも、リイナさんの……リイナ様のように……あんな風に、罰を受けるのかしら……」

 そのリイナ・パルテド公爵令嬢への刑罰は、ヘラルドの記憶にも、あまりにも鮮明に残っている。


 それはヘラルドが幼い頃から知っていた婚約者であった。

完璧な令嬢。人形のように、どこにも綻びがないような完璧な令嬢だった。

大勢の民衆の前で肌を晒された。貴族として、女性として、一体どれほどの屈辱でどれほどの恐怖であっただろうか。

幼い頃に憧れた聖女、己の婚約者である、まだ年若い娘であったリイナ。

完璧な公爵令嬢といわれた彼女の、傷一つない白い肌が陽の光を浴び、その異質な空気の中あまりにも美しく浮かび上がっていた。

十度しなる鞭の音。

触れたことすらない彼女の白い肌に、血の滲む真っ赤な鞭の痕が……。




「ヘリー」

 エミリアの足元に、着ていたはずのワンピースが落ちた。肌を晒したエミリアに、ヘラルドは言葉を失った。

「エミリア…………?」

「お願い」

 目の前に現れたエミリアの、〝傷一つない白い素肌〟に、ヘラルドの動機は跳ね上がった。

「貴方と、結ばれたいの……」

 涙ながらに訴えるエミリアに、ヘラルドは何も答えられなかった。

「貴方と結婚できると思ってた。聖女として、あたしはヘリーと一緒に、この国を支えていくんだって、ずっとずっと思ってた」


 でも思い描いた未来は、もう何一つ叶わないから……。

泣きながら訴えるエミリアに、ヘラルドの心は揺れた。


「きっと、これで最後だから……ヘリー。あたしに、温情をかけて……」


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