【幕間】男爵令嬢①
――エミリア・ドーパン男爵令嬢――
平民だったエミリアは、ある日突然父親だと名乗り出た男と出会った。
女で一人で育っててくれた母親が死に、葬儀が終わってすぐのことだった。ドーパン男爵と名乗ったその男は、昔母が勤めていたお屋敷の主人だった。
「あなたが、 あたしのパパなの?」
小首を傾げて問えば、父親と名乗る男は満面の笑みを浮かべて告げた。
「母親に似てなかなか器量の良い娘じゃないか。これは良い駒になるな」
エミリアは平民の中でも貧しい生活をしていたが、決して頭の悪い娘ではなかった。母親の客に貰ったお小遣いで本を買い、自ら字を学んだりしていた。
エミリアは父親と名乗る男の言葉の意味を理解した。そして理解したど同時に、憤った。
エミリアの母親は下町の酒場で働きながら、娼婦としての仕事もしていた。
他の女たちと違い、エミリアの母親は体を売ることに抵抗があった。それでも、女ひとりで子供を育てるのが難しかったら、仕方ないのだと母親は泣いていた。
苦労をしていた。とても裕福な生活ではなかった。いつでもお腹が空いていて、母親の帰りを待てず食べ物を恵んで貰いに外にいけば、襲われそうになって……。
それなのに、目の前には太って偉そうな男が急に現れ、「父親」だという。
そして、自分を「駒」にしようとしている。
この男が母親に手を差し伸べてくれれば、母親は病に倒れることはなかっただろう。自分はこんなに苦労をしなかっただろう。そう思うと男が憎くて仕方がなかった。
けれど、エミリアは笑った。母親を亡くしたエミリアには何もないのだ。意固地になって拒絶をすれば、エミリアも母親と同じようにいずれは娼婦として働かなければならないだろう。
目の前に差し伸ばされたこの救いの手を、エミリアに取らない選択肢はなかった。
「わぁ! すごいお屋敷だわパパ! エミリアこんな素敵なお屋敷初めて見たわ!」
男が持つ屋敷に連れて行かれたエミリアは、その豪華さに驚き、素直に感嘆の声を上げた。
「さすが男爵様! 本当に立派だわ! エミリアのパパがこんな素敵な人だなんて、うれしいわ!」
エミリアの口調に最初こそ不快そうに眉を顰めた男だが、かつて手を出した女に顔だちが似た若い娘が甘えてくるのだ。エミリアも下町の女たちを見て学んでいたことを真似て実行した。
品のない行為ではあったが、男爵は簡単に籠絡されることとなった。
「お前もこれから貴族の一員だ。男爵家に恥じないように、これからしっかり学びなさい」
「はいパパ。あ、お父様って呼んだ方がいいのかしら?」
エミリアは父親である男爵のことは嫌いだったが、この物語のような展開に胸を躍らせていた。
「これからあたしが、貴族のお嬢様になるのね……」
しかし、男爵家での生活はエミリアが思っていたようにはいかなかった。
父親である男爵の正妻は、エミリアを酷く嫌った。かつてこの屋敷のメイドだった実母は、正妻とも面識があった。
母親似のエミリアは当然恨まれ、憎まれた。
正妻が産んだ姉と弟もエミリアに蔑みの目を向けていた。
売女の娘、卑しい泥棒の娘と日々罵られた。
それでも、エミリアは前を向いた。
「寒くて凍えるのは辛いし、おなかが減って眠れないときも辛かった。だから、こんなの全然平気なんだから。それに……」
きっと物語のように、素敵な男性と結ばれる未来が待っているはず。エミリアは、そんな幸せな未来に、想いを馳せるのであった。
本日短編を投稿しました。
「わたくしの婚約者は阿呆ですから。」
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「全てを許した聖女様」とは違いコメディータッチですが……テイストはこちらと一緒です。
宜しくお願いします(^-^)




