累次する不穏
時系列がわかりにくかったため、25話目を30話目として挿入しました。ブックマークしてくださった方、読み途中の方、申し訳ございません。
――ヘラルド・ダイナル王太子――
史上例に見ない大雨、原因不明の病。
リイナ・パルテド追放後に起きた異変に人々は怯え、新たなる聖女、エミリア・ドーパンに猜疑の目を向けるようになってきていた。
「原因の調査は進まぬか……」
病の調査や治療をさせようにも、聖女を蔑ろにしたことの天罰だと恐れて皆王国には協力をしない。
「それと、殿下。農作物の不作の件なんですが……」
「長雨の影響が出始めているか?」
「はい。恐らく、今年の収穫は絶望的になると思われます」
「絶望的? 軒並みダメになったのか?」
「残念ながら、報告の限りでは全て枯れたと。確認できる範囲で調査しましたが、報告通りでした」
主食の麦も川が氾濫し流され、芋は長雨で根腐れしてダメになった。日の光が入らないから、野菜も全く育たない。
「雨除けを作っても、すぐ強風に煽られ壊れるそうです」
「そこまでか……」
そして、異様なのは雨や病だけではない。未曾有の災害の裏で隠れたもう一つの異変。それには一つの共通点が浮かび上がる。
「魔道具が使えない?」
ヘラルドは報告された書類に目を通し、そして眉を顰めた。
「はい。どうやらある魔導技師が使用する魔道具が全て使えなくなったようです。王城の廊下、人を感知して光る魔道具も、その技師が作った魔道具です」
「ああ……それは知っている……」
雷光が外を照らすたびに、薄暗い部屋が不規則に照らされる。
王国で魔導技師は希少な存在ではあるが、珍しいものではない。
力の差はらあれど多数存在し、また移住してくることも稀にあるが、その力の希有さゆえ、国や貴族から重宝されて抱えられることが大半である。
魔道具や装備品、宝飾品に力を増強させる魔力や加護、逆に呪いを付与することができる能力があり、このダイナル国でも欠かせない存在になっている。
「宰相……それで?」
ヘラルドの呼びかけに伏せた目を上げた男の頬は、ヘラルドが知るものよりも痩け、顔色も優れなかった。
「……ルイの様子はどうだい?」
ヘラルドは話の続きを促すことはなく、 己の友人を見舞う言葉をかけた。
「……ご心配ありがとうございます殿下。残念ながら、息子の状況も芳しくございません。ダント殿も状況は同じようです。エミリア様が定期的に見舞ってくださいますが……回復の兆しは一向に……」
宰相は表情の動かぬ顔で頭を下げた。
聖女を追放してまもなく、その病は王都で猛威をふるいだした。
原因は不明。ただその病を発症したものは、リイナの刑罰を目撃したものばかりだと聞く。
ヘラルドの側近であるルイとダントは、症状の出た最初の人間であった。当初は感染症を疑われており、また空気や接触では感染しないとわかった時には既に彼らの症状は重く、面会できるような状況ではなかった。
発症当初から、その症状は異例なほど激しく、厳しいものであった。次から次へと病に倒れる者の最期の苦しみを、この二人は常に味わい続けていると聞く。
「あれで、まだ死のカウントダウンが始まっていないのは……救いなのか……それとも……」
憔悴し切った顔で項垂れた宰相が小さく呟く。
宰相は、それ以上明確に言葉にはせず、固く口を引き結んだ。
「……父上の体調も芳しくない。解決策をなんとか見つけ出さなくてはならないな……」
窓の外を見上げても、曇天はどこまでも広がり、陽の光は姿を表しそうにもない。
ヘラルドは、絶望的な気持ちで溜息を吐いた。




