兵士①
――護送を命じられた男――
男たち三人に与えられた仕事は元貴族のご令嬢を辺境の地へ護送することだった。王からの勅命で命じられたのは、それだけ。
成人を迎えるかどうかの年頃の娘をどう扱うかは全て任せるし、途中娘に不幸があり亡くなったとしてもその身体を辺境の地に置き去りにしていくまでが仕事だと請け負った。
護送予定の元御令嬢は、街の広場で裸にされ鞭打たれていた。
刑罰用の鞭は痛みを与えるためのもので、男の罪人でも耐えられないような作りになっている。それに鞭打たれる年端もいかない娘は、元公爵令嬢としての矜持のためか、必死に耐えていた。
遠目でもわかる、白く滑らかであろう肌に振われる鞭と、広場に響く鞭の音。
「可哀想になぁ」そう呟いてみたものの、その声の端に嘲笑のような笑みが溢れてしまったことに、自分でも驚いた。
鞭打ちは観覧席にいた王の命令で十回まで増やされた。一度定められた刑罰を増やすなど聞いたことはないが、盛り上がる民衆も歓声をあげ、もっと強く打つようにと声をあげる。広場は異様な熱気に包まれていた。
定められた五回までは必死に耐えていた娘だったが、突如伸ばされた鞭打ちに心が折れたのか悲鳴を上げ始めた。
「あーあーあんなに叫んだら声が潰れるよ」
「それよかぶっ叩きすぎだろうに。あれじゃぁ道中楽しめないじゃないか」
下品にゲラゲラと、二人の男が笑う。
娘を護送するために付けられたのは、男を含め三人。
彼らは元傭兵あがりの冒険者と本人たちは言っているが、定かではない。
男同様冒険者の裏ルートでこの仕事を請け負ったのだろう。
「まぁ、死んでもいいって話だからな。気にせず楽しめばいいさ」
広場に響き渡る少女の悲鳴と民衆の歓声を聞きながら、男たちは元令嬢の刑罰が終わるのを待った。
「おお。上玉じゃないか」
薄手のボロ布を纏った姿を見た仲間が下品に笑う。
三人は表上の名目は一応、国から依頼を受けた兵士ということになっていた。誇り高い騎士や永住して家族を支える兵士とは違う、流れ者の男たちに任された元令嬢の護送。娘を道中、女として扱っていいという暗黙の了解も得ていた。
男も最初は気も乗らなかったが、実際娘を見ると悪くはなかった。
泣き腫らした目はピクリとも動かないように閉じられ、幾度も水をかけられた顔は蒼白で、娘の白い額や頬に、銀色の髪が張り付いていた。
「楽しい旅にしようぜぇお嬢さん」
本物の兵士から受け取った娘を手荒に馬車の中に押し込む。鞭打たれた痕すら処置されることもない。
御者はいないため、男たち三人で交互に御者の役割を代行することになる。
「俺は最後でいいさ」
最初の御者に名乗りをあげれば、二人は礼をいうこともなく、娘を陵辱する順番を相談し始めた。
いつの間にか降り出してきた雨は大粒の雨になっていて、馬が走りづらそうに歩みを緩める。
「それにしてもすごい雨だな……」
でもそのおかげで、馬車が民衆に囲まれることはなかった。石をぶつけられたりするのを覚悟してはいたし、民衆が罪人である娘に襲いかかるのを懸念していたが、その心配も杞憂に終わりそうだ。
「おい、そろそろ出すけど、準備はいいか?」
「おう。かまわねぇぜ」
「どうする? 女が起きるのを待つか?」
「そのうち起きるだろう。俺は別に寝てても構わねぇぜ」
「違いねぇ」
下世話な笑い声を背に聞きながら、馬車をゆっくりと北へと向かわせた。
城下をすぎ、王都を囲う城壁を過ぎた頃には、強まった雨と下がった気温で肌寒さを感じていた。
「北に行く前にこれとは、幸先が不安だねぇ」
男の呟きは、雨で後ろに声は聞こえないだろう。馬の体力も奪われる可能性がある。
途中幾度か休みを入れないといけないから、思ったよりも日程が嵩むことを覚悟した。
しかし、それは王都の城門をすぎ、しばらく進んだところで杞憂であったことに気づいた。
雨が、徐々に弱まっていったのだ。
正確には、 馬車の周りだけが、雨が止んだのだ。馬車の数メートル四方には変わらず大粒の雨が降り続けている。
まるでこの馬車だけが雨に濡れることがないというように、一滴の雨粒も被ることがない。
強いていうなら、水でぬかるんだ地が、馬や馬車の車輪で泥が跳ねる程度。
快適に走り続ける馬の立髪を見ながら、男は背筋が寒くなった。
こんな現象、本来起きるはずがない。
まるでこの馬車が何かの力によって守られ、辺境へと導かれているような気がした。
「なんで……」
どうしてこんな現象がおきてるのか、たいして良くもない頭で必死に考えた。
こんなことはありえない。まるで導かれるように北へ誘導されていく。
まるで……神の卸業のようではないか。
「おいおい、待て、あの娘はなんだった?」
元公爵令嬢で公爵が王家を憚った罪で断罪されたと聞いた。
令嬢自体の罪は王太子の思い人を虐げたという、幼稚な理由だったと知って笑った記憶がある。
でも違う。それだけじゃない。
元聖女、、偽りの聖女、聖女の名を語った悪女だと、断罪されていたではないか。
「聖女……」
そんなはずはないだろう。聖女は別にいて、本物の聖女が別にいたから、娘は裁かれていたのではないか。
「じゃぁ……これは……」
これはなんだ? 数十メートル先の道すら見えないほどの雨が降っているのに、進めど進めど雨に当たる様子はない。
「おい、なぁっ……」
馬車の窓からも、きっとこの光景が見えているはずだ。
「お前ら……」
馬車から返事はない。まさかもう娘の身体に夢中になって声が聞こえないのかと血の気が引いた。
もしかしたら、今運んでいる娘が聖女かもしれないと思うと、恐ろしくなった。
「聞こえないのか! 返事をしろよ!!」
しんと静まり返った 馬車の中。大声を上げたことで、不快そうにいなないた馬の鼻息だけが聞こえる。
「クソっ!」
馬を止め、窓を開ければその眩しさに目が眩んだ。
「うわっ、何だこれは」
慌てて御者台を降り、 馬車の扉を開ける。
「おい、どうしたっていうんだ?! なんだこれは……どうして……」
その中にいた娘は、僅かに浮かび上がり、光に包まれていた。
眩しすぎる光、温かいよりも、激しく熱くすら感じるその光は、裸の娘の背へと少しずつ吸い込まれていく。
まるで、癒しの光のように。
そのあまりの神々しさに、男の目から涙が溢れた。
「なんだよ、これ……」
しばしその光景を眺め続けていたところで、呆然と呆けている二人の男の姿を見つけた。
狭い 馬車の中なのに、光り輝く娘に目を奪われ、 二人の姿が目に入っていなかった。
一人は男と同じように涙を流していた。
もう一人は、まるで神に祈るかのように、手を合わせ祈っていた。
「聖女、さま……」
呟くその声に、男は己の予測が正しかったと確信した。




