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辺境の地①

――神官――


 ダイナル王国辺境の地ファーロン。

この国最北端の村にある小さな教会の神官ロダンは、窓の外を見て己の目を疑った。


 極寒の地と言われるファーロン山の麓にあるこの村は、一年を通して殆どが一面雪に覆われており、この時期は窓の外は白銀の世界が広がっているはずだった。

 それなのに、窓から見る景色には、茶色の土がちらほらと見えている。

「雪が、溶けている……」

 ロダンは確かめるように外に出た。村人たちもこの状況に驚いているようだ。


 未だ雨は振っている。しかしこのまま降り続ければ明日には雪は全て溶けるであろう。ロダンはそのまま村を見ながら歩いていく。


 そうして、村の端まできた時に、来訪者が来ていることをロダンは知る。

降りしきる雨の中、王国の兵士と思われる男たちに連れられて、一人の少女が佇んでいた。



 少女は深々と頭を下げた。

「リイナと申します。どうかこちらで身を寄せさせてくださいませ」

 家名を名乗らぬ少女。しかしその佇まいは、とても平民のそれとは思えなかった。

ただロダンが目を見張ったのは、少女は少女のものとは思えない粗野な服を何枚も着込んでおり、そして降り頻る雨の中、彼女だけは全く濡れていなかった。


「兵士さんたちが寒くないようにと服を貸してくださいましたの。でも……兵士さんたちが濡れてしまって……身体が冷えてしまっております。どうか彼らに暖をとらせていただけませんか」

 寂しげな微笑を浮かべた少女と、少女に服を貸し、この北の辺境には似つかわしくないほど薄着になった兵士三人も、深々と頭を下げた。




 訪れた少女の名前はリイナという。頑なに家名は名乗ろうとしなかった。

恐らくなんらかの罪を犯して追放の刑に処されたのであろう。しかし、とても罪人とは思えない立居振る舞いをするリイナに、ロダンは首を傾げた。

「ここは教会です。迷える人々を導く場でもあります。あなたが献身的に神に仕えるというのであれば、ここにいてくださっても結構です」


 暖炉の前で毛布に包まる三人の兵士をチラリと見る。

リイナを連れてきた彼らが何も言わないということは、ここが本来の追放先ではないのであろう。「辺境の村送り」なら、そう彼らが伝えれば良いのだから。

恐らく、この辺境の最奥、極寒の地への追放の形を言い渡された少女なのかもしれない。


 兵士たちに詳細を聞こうにも、彼らは殆ど口を開かず、リイナも何も語ろうとはしなかった。

何か訳ありであることをロダンは察した。



 翌日、兵士たちは、王都へと戻ることになった。兵士は 村の端まで見送りにきたリイナに深々と頭を下げた。

三人の兵士は長い時間、頭を下げ続けた。

困ったように微笑を浮かべたリイナは、「道中、お気をつけくださいませ」と、とても綺麗なカーテシーをした。



 昨日まで降り続いていた雨は、いつの間にか止んでいた。

この土地は雪が多く、一昨日までは雪が積もっていたはずなのに、昨日の雨でその雪も全て溶けたようだ。

今日はこの季節のファーロン地域で滅多に見ることのない快晴である。

珍しいこともあるのだと、ロダンは思った。


 リイナに見送られながら、兵士たちは泣いていた。屈強な兵士たちだ。子供もいてもおかしくないような年の、ガタイの良い男たち。

三人は、号泣といっても良い状態で馬車に乗り込んだ。

「神よ……どうか彼らにご慈悲を……」

 三人の兵士たちには聞こえないであろう、その優しいリイナの声色と、リイナに最後まで頭を下げ続けた兵士たち。リイナが兵士たちと道中で築いた絆を感じた。

それと同時に、この目の前の少女は、辺境の地に追いやられるような罪は犯していないのではないかという、疑問も沸き起こった。

リイナは馬車が地平線の彼方へ走り去るまでずっと見送り続けていた。



 リイナが来てから、辺境の地ファーロンでは雪が降らなくなった。

極寒の地と言われる国境の付近の天候も不思議と落ち着いている。

滅多に見ることのない青空は連日続き、夕方にサラサラと小雨が降り注ぐ程度。

一面雪に覆われていた大地は、数日で緑が生い茂っていた。


 リイナはよくぼんやりとしている娘だった。

しかし、小さな辺境の村で、リイナは輝く太陽そのものだった。

孤児の面倒をよく見てくれて、意外にも博識であった。この意外にもというのは、村の人々の意見である。

ロダンは、リイナの正体に薄々感づいていた。


 例え辺境といえど、教会に属する人間として、希代の聖女の名は耳にしたことがある。

聖なる力を宿した、されど、聖なる力を証明することができぬ聖女、リイナ・パルテド公爵令嬢。今は短く切り揃えられているが、銀色の美しい髪も、そして美しい容姿も、伝え聞くままであった。

ただ、人形のように完璧な令嬢と言われたリイナ・パルテド公爵令嬢と、時折りぼんやりとした表情を浮かべる今のリイナは随分と違うような気もして、確証は持てなかった。


 けれど、すぐにそれは確信に変わる出来事が起こる。

村を大型の暴れイノシシが襲ったのだ。

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