――プロローグ――
当作品は女性に対する厳しい刑罰・処刑の描写があります。R15ですので、苦手な方や不快に思われる方は回避して頂くことをお勧めします。
――ヘラルド・ダイナル王太子――
「リイナ・パルデト公爵令嬢。貴女との婚約は破棄させてもらう」
その日、私は最悪の選択をした。
「そしてこのエミリア・ドーパン男爵令嬢を真の聖女とし、私は彼女を新たなる婚約者とする」
そっと私の手に触れてきたエミリアの手は、とても温もりに満ちていた。
リイナ・パルデト公爵令嬢に並び立てられる罪状。エミリア男爵令嬢を虐げた数々の証拠、証人。発動できない聖女の力、パルテド家の教会との癒着。リイナの地位を守るために、陥れられた多くの人々。
リイナ・パルテドの氷のような冷たい表情が、僅かに歪む。
そこには、言い逃れなどできないほど、
の証拠が、全て揃っていた。
◆◆◆
「私は間違えたのか……」
重いため息を吐く男の声は、窓に打ちつける滝のような雨の轟音でかき消され、誰の耳に届くこともない。
男はぼんやりと外を眺める。
時折稲妻で、空が明るく照らされる。
豊穣の神に愛されたこの地はいつも穏やかで、緑豊かであったというのに。このような災害に見舞われることは今までなかった。
これではまるで終末のようだと、男は感じた。
稲光が消え去れば、薄暗い部屋の窓に、うっすらと己の姿が浮かび上がる。
王家の色である、黄金の髪に、同じ色の瞳。端正なはずの顔は憔悴しきり、生気なく疲れ果てていた。
「私が、リイナを追放したから……」
男はひと月前、学園の卒業パーティーで、己の婚約者である公爵令嬢リイナと婚約破棄をした。
リイナ・パルテド公爵令嬢。
リイナは男の幼い頃からの婚約者であり、聖なる力を持った聖女と謳われていた。
そのリイナを側近たちと詰め寄り、そして真の聖女、男爵令嬢エミリア・ドーパンを虐げ、殺害しようとした罪で裁いた。
男の持つ王太子の権限で、リイナは身分を剥奪され平民の身となった。そんなリイナに言い渡された罪状は、とても貴族ではありえぬような刑罰で、最後には北方の極寒の地へと追放された。
稲妻が光ると同時に、大きな雷鳴が轟く。
雨が降り出したのは、リイナ・パルテド公爵令嬢がこの地を離れた時からだ。
あれから毎日、空には一面を覆い隠すような分厚い雲がかかり、陽の光を遮り続けている。
ダイナル国の王太子である男は、虚ろな瞳で救いを求めるように天を仰いだ。
――ヘラルド・ダイナル――
偽りの聖女に惑わされ、真の聖女を追放してしまった男。
これは、一時の恋に狂い、選択を誤ってしまった愚かな男の、後悔の物語である。